雄弁は銀、沈黙は金。でも黙ってばかりじゃわからない。
うっとうしい…、今日は朝から雨だ。
そして、目の前のこいつ…、輪を掛けてうっとうしい。
こいつは雨の日しか出て来ない。
そしてほとんど動かない。
一つの行為の時を除いては。
俺は、昨日スーパーで仕入れてきた新発売のチョコチップクッキーの箱を開けたとこだった。
期間限定お試し価格でお買い得品だった。
(俺はどうもこの手の誘い文句に弱い…、へへ)
ファッション雑誌でも見ながら…、と思った時。
ファッションには縁遠いこいつが、のそっとやって来たのだ。
暗い碧の背中は、雨に濡れて滴を垂らしツヤツヤに光っているが、要らぬ親切心をおこして拭いてやろうものなら、この巨体で体当たりを食らう事になる。
こいつは、濡れたままでいたいのだ…、人んちのカーペットの上でも!
そして俺が、チョコチップクッキーに手を伸ばした瞬間……、消えた。
見たか? あんた見たか? 今の…。
こいつだ。
こいつの細長〜い舌が、シュシュッッと伸びて持ってった…、高速カメラでしか見えない速さで…、しかも箱ごと!
丸呑みしやがった。
唖然と見ている俺を尻目に、満腹になったのか、こいつはいきなり顎を膨らませ始めた。
「おいおいおいおい、やめろ…、やめろ…、やめてくれ、こんなとこで…」
こいつの顎が、パンパンに膨らんで、俺は咄嗟に耳を塞いだ。
「やめろぉぉー!」
「ブオー!! ブオー!! ブオー!!」
窓ガラスが振るえ、ピシッとひびが入った。
家ごとが揺れ、飾り棚のマトリョーシカが床に落ちて散らばり、食器棚からは、グラスや皿が落ちて割れた。
(嗚呼! うっとうしい! だからお前は、牛蛙なんて呼ばれるんだぁ!)
付き合いは長いが、こいつの名前は未だに聞いてない。
謝ろうとしているのだろう、又こいつの顎が膨らみ始める。
「わかった! いいよいいよ…、気にするな…、じゃあ又な!」
俺は、ドアを開けて奴のケツを蹴飛ばしてやった。
奴は、ブオブオ言いながら帰ってった。
「何しに来たんだ…」
俺は、毎日てるてる坊主を吊ろうと決心した。