絶体絶命? 絶対安静! 病院内ではお静かに!!
始めは、やはり後ろめたさだったらしい。バッフィーが俺に顔を見せなかった理由。
しかし、俺が入院して三日目にバッフィーは偶然ナース達の話しを聞いてしまったと言う。
『茂吉さん、もういつどうなってもおかしくない状態ですって』
『そんな末期になるまで気付かなかったのかしら、お気の毒に…』
バッフィーはそれを自分の胸だけにしまい込んだものの、俺の前で平静を装う自信が無くて顔を出せなかったらしい。
泣き腫らして真っ赤になった目…、それを俺に見せたくなかったのだ。
バッフィーはさっきから俺の右手を両手で握りしめて離さない。ポトポト落ちる涙を拭おうともしない。
それが余りに悲しげで、俺は泣く事が出来なかった。俺が泣いたらバッフィーはもっと悲しむだろうから。
俺は込み上げる涙をごまかす様にふざけた調子で言った。
「思い残しの無い様にしないとな…。わがまま言うけど大目に見てくれよな…」
「茂吉ん、何でも言って! あたし、ずっと側に居るわ!」
以前なら鳥肌ものだったバッフィーのこんな言葉も今は心強い。
「あたしも居るわ…」
いつの間にか美沙子が立っていた。悲痛な表情ながらも涙は見せない、その気丈さが彼女らしい。きっと、夜一人になった布団の中で、そっと枕を濡らすのだろう。そんな女なのだ、美沙子と言う女は…。
俺は彼女との楽しかった日々をふと思い出した。
俺は再び外へ出て行く事が出来るのだろうか…、自分の足で歩く事が出来るだろうか? 健康って素晴らしい! 失くして気付く大切なもの!!
と、その時、ドアがノックされバイエルンが入って来た。
「おひさ〜! って言うか、重っ! この部屋の空気重たな〜い?」
突然のハイテンションには誰もついていけない。バイエルンは無言の俺達を尻目に喋り続けた。
「うちらなぁ、そろそろ故郷に帰ろう思てんねん。バッフィーはどうするん?」
「う〜ん。あたしは、茂吉の最期を見取ってからにするわ」
さ、最期を…見取…って?
俺は我が耳を疑い、思わずバッフィーを凝視した。
バ、バッフィーお前…、何かサラっと酷い事言ってんぞ! 本人目の前にして言う事かっ!?
デリカシーってもんが無いのか、お前には!?
そしてバイエルンと美沙子はと言えば…、やっぱりガンつけ合ってるしぃ。
「ほんならうちら先帰るでぇ。ジョバンニも戻って来たし。又、どっかの泥棒猫に狙われんうちに連れてかえりたいねん」
バイエルン…、それは挑発と言うものだ…。
「ちょっと待ちや〜」
ほらぁ、美沙子が“極妻”見た後みたいに肩いからせてるよ…。
「あんたぁ、泥棒猫てわての事言うてまんのかぁ? わては猫ちゃいまっせ〜、犬でんねん」
皆知ってるし…、そう言う意味でもないし…。
「ハハハ〜美沙子はん、ジョバンニが言うてたでぇ…。あの女は強情でいけずな可愛いげの無い雌ブタやってなぁ〜!」
「あのイ〇ポ野郎! 何言うてくれてんねん!?」
「ちょっと! ジョバンニはイ〇ポやあらへんっ! 早いだけや…」
嫌だよ〜、何の話しだよ〜。暴露大会になってんじゃんかよ! どっちだっていいよ、そんなの!
ここは末期患者の病室だぞ…。
しかし男を巡って敵対する二人は、そんな俺の気持ちなど知ったこっちゃない様だ。
「カマ野郎のあんたにはお似合いよ! 知らないでしょうけどね、あいつ、あんたの城の権利書売りさばいて、その金全部パチンコですってたわよ! 一文無しになって戻って来たんじゃないの〜?」
「嘘っ!? 又!? 帰るとこのぉなったやん!」
バイエルンはガックリ肩を落とし、不毛な罵り合いは美沙子の勝利に終わった。
その夜、ドッと疲れて何も考えられなくなった俺は、消灯を待たずして深い眠りに引き込まれた。
しかしそれは束の間の安らぎに過ぎず、間もなくやって来る深夜の訪問者達によって、俺の穏やかな眠りは無惨にも打ち砕かれる事となるのだった。
ちなみに俺は絶対安静です…。