風邪はひき始めが肝心! 骨折は治りかけが肝心!? くれぐれもお大事に…。
さっきまで見えていた青空は、いつの間にか暗い雨雲に覆われ消えていた。
この窓から他に見える物と言えば、コンクリートの壁とエアコンの室外機や屋上の貯水タンク。何だか殺伐としていて気が滅入る。
ここは二人部屋だが、隣のベッドはずっと空いたまま。始めのうちは個室みたいで得した気分だったが、こんな天気の日には話し相手が欲しい気もする。
バッフィーは一度も顔を見せない。そうちょうど今頃、毎日午後3時にナースステーションに洗濯した着替えや雑誌なんかを預けに来ているくせに…。バイエルンの話しでは、俺に怪我をさせた責任を感じ、かなり落ち込んでいるらしい。合わせる顔がないと思っているのか?
もう少し動ける様になったら、ナースステーションで待ち伏せしてやろうと俺はひそかに企んでいる。
奴に悪気がなかった事は分かっている。俺を思う余り、我を忘れたってとこだろう。いかんせん、腕力は男だからことの外ダメージは大きかったが…。
益々暗くなる空模様と、低く微かに唸るエアコンの運転音が俺を眠りに誘う。
肋骨を気遣いながら欠伸を一つした、その時だった。
ドアがスーッと静かに開けられ、俺は一瞬で目が覚めた。そこに彼女が立っていたからだ。
「み…美沙子…?」
しかし次の瞬間、
「アチョーー!!」
どこからともなく聞こえた甲高い雄叫びと共に美沙子の姿が消えた。って言うか吹っ飛んだ。
そして廊下に響き渡る怒号。
「いきなり何すんのよ!? このカマ野郎!」
「あんたこそどの面さげて戻れたのよ!? 尻軽淫乱女!!」
「キィーー!!」
「ウキキィー!」
開いたままのドアの向こう側をがっぷり四つに組んだ美沙子とバッフィーが蟹の様に横走りしていった。
「キャ〜! 喧嘩よ〜!」
「君達! やめなさ…ギャッ!」
何? 壁の向こうで何が起こってるんだぁ!?
動けない俺は耳をそばだて聞こえてくる音や声に神経を集中した。
ガラガラ! ドシャーン! ガシャン!
「あぁ! 心電図がぁっ!! 酸素マスクも!?」
心電図!? 酸素マスク!?
やばい! 早く止めなければ死人が出るぞっ!
今、奴らを止められるのは俺だけだぁっ!!
「待ってろ美沙子! バッフィー!! 喧嘩をやめて〜、俺の為に争わないでぇ〜!!」
俺は痛む体で起き上がろうと必死にもがいた。額にはうっすら汗さえ滲むのに、体は微動だにしない。
己のふがいなさに涙で視界がぼやけた。
「美沙子…、バッフィー…」
「…キー、モッキー? 大丈夫?」
「美沙子…」
静かな病室の入り口に微笑む美沙子がいた。
どうやら俺は酷い夢を見ていた様だ。額と肉球に汗をかき、頬には涙が一筋零れていた。
「あぁ…、夢でよかった」
俺はホッと胸を撫で下ろし、美沙子に目を向けた。と、その時どこからともなく…。
「アチョー!!」
やめろーー!!
思わず動いた瞬間、俺の肋骨はポキッと小さな悲鳴をあげた。
もう、やだっ!! ホントに…。