嗚呼、鐘と共に去りぬ! そして今年も…。
『私達、結婚しま〜す!』
その書き置きだけを残し、美沙子と白執事が姿を消した。
大晦日、除夜の鐘が厳かに響き渡る頃、美沙子は俺の最悪の年と共に去っていったのだ。
そして、余り期待は出来ないものの、とりあえず新しい年が幕を上げた。
つけっぱなしのテレビからは、暢気な明るい声が『おめでとうございま〜す!』を連呼する。
俺の傷心も知らずに!!
何がめでたいものかっ! 美沙子がいないんだぞ!
めでたいのはその浮かれきったお前らの脳みそだっ! 現実を見てみろ! 長引く不況、底無しのデフレスパイラル、政治家は皆同じ穴のムジナだし、地球は温暖化、経済は氷河期…、一年の計が元旦に有ろうが無かろうが、2012年に人類は滅亡するのだぁーっ!! と、マヤの先人達は言ったとか言わないとか…。
前にも誰かがこんな事言った様な……。
そう! 忘れもしない、あれは1999年7の月、俺の親父はノストラダムスの予言を信じ、生きているうちに出来る限りの贅沢をしてやろうと考え、あちこちで制限枠一杯一杯の借金をしまくった。彼が翌8の月を微妙〜な心境で迎えた事は言うまでもない。
ちなみに、その借金の返済は今もコツコツ続いている。
そんな親父を見て育った俺も実は今、すご〜い悩みを抱えている。2011年7の月、テレビのアナログ放送が終了すると言う。
今も我が家のテレビ画面の右隅には嫌みったらしい『アナログ』の文字がうっすら刻み込まれ、『このままじゃ見れなくなるよ〜』みたいな脅迫めいた文章が画面の下の方を流れていった。
しかぁしっ! 2012年に人類が滅亡するなら、その前年の完全地デジ化には何の意味が有るのか? 地デジコールセンターは何も答えてはくれなかったが?
まぁ、まだ若干時間の余裕は有る、“来年の事を言うと鬼が笑う”とも言うし、再来年の事ともなれば爆笑の渦になるのは必至。
「超〜ウケるんですけど〜」みたいな?
と、言う訳で…、何だったかな…??
オォッ! そうだ美沙子だ!
去って行く美沙子の姿が思い出した様に脳裏に浮かび、俺はその背中に向けて叫んだ。
「美沙子ぉ、カムバーーック!! トゥーミー!」
「「うるっさいっちゅうの!!」」
双子のメイドにハモって怒鳴られた。既に本性丸出しの奴らは、すっかりこたつが気に入った様で出ようとしない。
「チッ…。お前らのご主人様はどこ行ったんだ?」
「詣で」
見向きもせず、しかも初詣でを略しやがった。奴らの俺に対する態度は、美沙子が去ってから豹変した。女を寝とられた駄目ダメ男だと小バカにしている様だ。
ムカつくし説教の一つもたれてやりたい、が俺は大人なのでここはグッと堪えよう、最近の若いもんは…、と心でぼやきながら。
『こちらの神社も初詣での人達で大変混雑しております』
ふとテレビ画面に目を向けると、いつの間にか漫才番組は終わり、どこかの神社の風景が映っていた。天気もいい様で、リポーターの後ろのガキ達が押し合いへし合い、携帯片手にピースしたり手を振ったりして俺を苛つかせる。
チャンネルをチェ~ンジ! と思った次の瞬間、俺は画面を二度見してしまった。
『こちらに外国からお越しの方達がいま~す。日本のお正月の印象を尋ねてみましょう』
マイクが外国の方達に向けられた。
『美沙ぢゃ~ん! 帰ってぎてあげでぇ~! 茂吉が可哀相よぉ~~!』
『ジョバンニ~! あたしが悪かったわぁ~! 早く戻ってあたしを抱きなさ~い!』
そのバッフィーとバイエルンにくりそつな外国の方達は、正月とは無関係な事をダミ声で叫び、涙でズルズルの見苦しいオッサン顔でカメラに寄って来た。どアップすぎて鼻息が画面を白く曇らせる。
その瞬間、映像はパッと花畑の静止画に変わった。BGMはビバルディの『四季』だ。
『そのまましばらくお待ち下さい』
生放送の恐怖!? 今のは何だったのか…、あの外国の方達は正月の真昼間の全国放送で何をしでかしてくれたのか?
白執事はジョバンニって名前だったのか…、そうか…、ジョバンニねぇ…、ふぅ~ん。
幸い双子のメイドはイビキをかいて眠ってしまっている。
俺は何も見なかった事にして、テレビを消しソファに寝転んで目を閉じた。
知らない…、あんな恥ずかしい人達なんて知らないっ!!
きっとこれは悪い初夢だ…。早く覚めてくれぇ!