川に映った自分に吠えて骨を落とす犬の話。その教訓は? 1.欲張るな! 2.物をくわえてうろちょろすな!
今の俺に指一本でも触れようものなら、何をするかわからねえぜ…、気をつけな。
今日は朝からすこぶる機嫌が悪りいんだ。
いや、正確に言うと、朝は至って爽快な気分だったんだ。
奴を見つけるまでは。
空は青く晴れ渡り、少し冷ややかな秋の風に、日差しの温もりが心地よかった。
俺はブレックファーストを庭でとろうと考え、こんがり焼いたジャムトーストを歯でくわえて、テラスから芝生の庭へ出た。
ふと振り返って驚いたね。
今、出てきたばかりの家の中に何者かが居るじゃねえか。
情けねえ事に、俺は一瞬固まっちまった。
(玄関の鍵をかけわすれたか…? いや、昨夜就寝前に確認した時は、確かに鍵がかかってた。
今朝は表に出ていない…。じゃあ、いったい奴は何処から…)
俺に見つかって、奴も驚いたんだろう、微動だにしねえ。
しかも、奴もトーストをくわえてやがる。
俺は一言怒鳴り付けて、トーストを取り上げてやろうと考え、口を開けた。
「わっ…」
トーストを落とした。
しかも、ジャムの面を下にして。
大きな喪失感と共にそれを見下ろした後、ハッと奴を見ると、何と奴もトーストを落としたのか、ポカンと口を開けて俺を見ていた。
(ふふっ…、お前もやっちまったか…)
同じあやまちをしでかした奴に、一方的な親近感を覚えた俺は、冷静さを取り戻して奴の観察を始めた。
(なかなかのイケメンだ……、うん、悪くない)
ライトブラウンのヘアーに、形のいい耳をしている。鼻は、程よい湿り気を帯びて…
「モッキー、何してんのよ」
俺の彼女、美沙子だ。
駐車場の車の脇をすり抜けて来た。
いつもそうだ、彼女は、まともに玄関から入って来たためしがない。
「来るな! 怪しい奴が居る」
「どこにぃ?」
暢気な女だ。
次の瞬間、奴に目を戻した俺は心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた。
「い…いつの間に…」
奴の隣にも女が居た。
「ネェ…、何処に誰が居るのぉ?」
美沙子は、眩しいくらいに真っ白なヘアーを風になびかせ、愛くるしい瞳を俺に向ける。
いい女だ。
しかし…
美沙子と奴の女は、よく似ている。
純白のヘアーに、ピンクのリボン、ダイヤとエメラルドの首輪まで同じじゃねえか。
「ネェってば、誰もいないよぉ?」
美沙子は、呆然とする俺の視線を追った。そして…。
「ねえ、これ似合う? おNewなんだ」
と、奴に向かって歩み寄っていく。
「ま…」
待て、と言うつもりの俺は、その光景に更に呆然とした。
頭のリボンを直す美沙子と奴の女は、全く同じ動きをする。
「どう言う事だ…」
俺は美沙子の隣に立って、その肩を抱いてみた。
奴も同じ事をする。
「今日は天気が良くてガラス窓が鏡みたいだネ」
美沙子は、美しい自分自身に満足した様な笑顔になった。
(何てこった…、そんな事があるのか…。
ふっ…、いい勉強させて貰ったぜ。
トースト一枚は安い代償だったよ……。
ただ…、お前とはいい友達になれそうな気がしたのに…、少し残念だ)
俺と奴は、どちらも少し淋しげな笑みを浮かべて、暫く向き合ったままで呟いた。
「しっかりしろよ…、柴犬・茂吉…」
この物語は、動物達を擬人化しております。
生態や形態は、作者のイメージであり実態とは異なります。御容赦下さい。
不確定更新です。