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気持ちの良い朝には美味しい朝食を②




お肉は焼く以外にも美味しく調理する方法がある。

もっと美味しいお肉を想像した人間が編み出した方法だ。

朝食がもっと豊かになる方法もある。

獣人とは違ってすぐに疲れてしまう人間が自らを鼓舞するために施した工夫だ。


そんな知識と、特別な調理器具が少々有れば。


……と思ったのだが。


キャロンが魔法で具現ができたのは小さな泡立て器具一つのみ。

本当は食材を滑らかにするために裏漉し器も欲しかったし、計量スプーンもあったら良かったのに、魔力不足で出す事ができなかった。


「あの、裏漉し器がないようなのでザルで代用したいのですが、ザルをお借りできませんか?」


「裏漉し?」

「ザル?」


おかっぱの男の子二人は声を揃えてキョトンとした。


「うーん。竹籠ならあるけど、これでいいかい?」


キャロンは目の荒い竹籠を手渡された。

これでうまく裏漉しできるだろうか。


獣人は人間のように繊細ではなく大雑把だと聞いていたけれど、確かにそうなのかもしれない。


「で、では、計量カップはありませんか?」


「計量?」

「カップ?」


キャロンが再度尋ねると、男の子二人はまたも顔を見合わせて声を上げる。


「カップが欲しいのなら、そこのマグカップやティーカップでいいかな?」


そもそも、獣人は食材を計量することもないようだった。


獣人は力も体力もあって、人間より遥かに五感が優れている。

だからいちいち数値を測って機材に頼らねばならない人間のような料理はしないらしかった。

厨房を見渡してみても、調理器具は必要最低限のものしかないようだし。


キャロンは少し迷ったが、手元にある調理器具で調理に取り掛かることにした。


伊達に何年も毎日毎日家事をこなしてきたわけではない。

美味しい朝食を作りたいと決めたのだから、気合いで頑張ってみよう。



魔法で具現化した泡立て器で、混ぜ合わせる。

竹籠を使って、なんとか食材を滑らかにする。

お手製灰汁取り機で、灰汁を取る。

深い鍋をすり鉢がわりに、調味料を混ぜ合わせる。


煮て、焼いて、和えて、固めて、こねて。


テキパキテキパキ。

物凄い手際で働くキャロンを少し遠くから見つめて、二人のおかっぱの男の子たちは、首をかしげていた。


「新入り君、何作ってるんだろうね。手品で出したおかしな器具を使って卵をアワアワにしているようだけど。オメロン、君には見当がつくかい?」


「いいや、さっぱりだよ。それにしてもあの器具すごいね。あれで混ぜるだけでフワフワの泡になるみたいだ」


「ああ、驚きだ。それに新入り君には小麦の粉とかミルクはあるかと聞かれたけれど、あんなものを何に使うんだろうね」


「まったくだ。そしてもう一つ驚くことと言えば、新入り君の手先の器用さだ。まるで手品のようじゃないか?」


「全く同意だよ、アレキス。それにマグカップなんてなにに使うのかと思ったけど、あんな風に使うなんて。マジックみたいだ。やっぱり新入り君は手品師の経験もあるようだね」




……



「なんだこれは」


広い食堂の大きなテーブルの席についたエルフリートが首を傾げた。

目の前にあるものは、見慣れたいつもの朝食のメニューではない。

白く輝くスープのようなものに、見目麗しく寄せ集まった肉。上品なペーストと、それから何か黄金色のおかしなもの。


人間が見たら、それはホワイトコーンのポタージュとお肉たっぷりテリーヌとパテ、それからこんがり麗しいクロワッサンだとわかるはずなのだが、獣人と人間の食文化はあまりに違っていて、グリシスにもそれらの料理の名前がわからなかった。


「なんでしょうね」


グリシスはクンと鼻を鳴らした。


「体に悪いものではなさそうですが」


「ああ。むしろ良い香りがする」


エルフリートはゆっくりと黄金色に輝く食べ物に手を伸ばした。

どれも魅力的で不思議な匂いだが、一番香ばしく鼻に麗しい匂いを放っている食べ物がそれだったからだろう。

エルフリートは手に取ったそれをサクッと小さく齧った。


フサッ。

エルフリートの大きな銀色の尻尾が揺れた。


感情の起伏が激しくはないエルフリートの尻尾が揺れるのは珍しい。

ということは、その珍しい食べ物は余程美味しいらしい。


サクサクサク。

エルフリートは朝食はあまり食べないのに、黄金色の料理には齧りついて無言で食べていた。



「そんなに美味しかったですか?」


「グリシスも食べてみるといい」


エルフリートの尻尾がまた揺れたのを、グリシスは見逃さなかった。


グリシスは厨房に声をかけ、料理のお代わりを貰って詳細を聞く事にした。

今日は体調不良で料理長も副料理長も休みなので、厨房から出てきたのは見習い二人だ。


「黄金色のそれはクロワッサンって呼ばれていましたね」


「呼ばれていた?二人が作ったのではないのか?」


「ああ、それを作ったのは僕たちではなくて、今日入った新入り君だよ」


料理人見習いの一人、オメロンの言葉を聞いて、グリシスはエルフリートの方を振り返る。

新人など雇っただろうか。

いいや。記憶にはない。

エルフリートも首を振っている。

では料理長が雇ったのだろうか。

そうかもしれない。


「あの新入り、仕事が早いのなんのって。手先も嘘みたいに器用だし、見たことない小さな調理器具をどこからともなく出して来たりしてね」

「うんうん。新入り君はカモシカの一族でド田舎出身、そんでもって前職は手品師だと思いますよ」


「その新人は何処へ?」


「ああ、次はどこどこの掃除をしなければなんて言って、使った調理器具をピカピカに磨き上げた後に、すたこらさっさと厨房を出て行きましたね」


「そうか。もうここにはいないか」


だが急ぐこともない。

この家の使用人なら直ぐに挨拶する機会も来るだろう。

そう思いながら頷いたグリシスは、厨房で貰って来たクロワッサンをつまんでサクッと齧った。


軽快で香ばしい歯ざわり。

ふわわんと甘い乳の濃厚な香り。

幾層にも重なった小麦の薄衣。


うまい。

こんなもの、食べたことがない。

巻いた尻尾がパタパタと揺れてしまう。


夢中でクロワッサンなるものを齧っていると、隣で座っているエルフリートが視線を投げてよこして来た。

察したグリシスがエルフリートにクロワッサンが入ったバスケットを差し出すと、エルフリートはてっぺんにあった一つを取って無言でサクサクと食べはじめた。


食べ方は優雅で気品があり、顔は冷静そのものだけど、尻尾がフサッと動いている。

エルフリートも二つ目のクロワッサンと、テーブルに並べられた美しい食事を平らげて大変満足なようだった。



「不思議な朝食をありがとう。今日も頑張れそうだ」


「それはなによりです、エルフリート様」

「まあ、それを作ったのは新入り君で、僕たちは下拵えを少し手伝ったくらいなんですけどね」


エルフリートは料理人見習いの二人に礼を言い、白いナフキンを畳んでテーブルの上に置いた。


「ところでこのクロワッサンとやら、屋敷の皆に分けた後の残りは軍の部隊の皆にも持って行ってやってもいいだろうか」


「勿論良いですよ。新人君は物凄い勢いで量産していってくれましたから、たくさん持って行ってあげてください」


「ありがとう。皆きっと喜ぶ。その新人の料理人にもこの場で礼が言いたかったな。私は仕事に行かねばならないが、感謝していたと伝えておいてくれ」


エルフリートは小さく微笑んで、2人の料理人見習いが包んでくれた大量のクロワッサンを持って席を立った。

仲間想いのエルフリートは、共に魔族と戦う自分の部隊のメンバーにも、このクロワッサンをおすそ分けするつもりのようだった。






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