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結婚式のその日には③




声のする方見れば、キャロンの姉のエイルが盛大に吐いていた。


「気持ち悪い……獣人ばっかり……うぐっ」


エイルは毛嫌いしていた獣人に囲まれて気分を悪くし、更に昨晩は一睡もせずに遊んでいたから体調も万全ではなく、とうとう耐え切れなくなってしまったらしい。


エイルは獣人たちから距離を取ろうと、よろよろと移動しながら口を押えていた。


何事か何事か。

会場がどよどよとざわめきで溢れかえる。

エイル、それから人間の王の代わりに出席した宰相と担当官の3人ぽっちの人間はただでさえ会場で目立っていたというのに、そのうちの一人が盛大に吐いたのだから、獣人たちは流石に距離を取り始めた。


「このような場で吐くとは何たることか。獣人の機嫌を損なえば魔族から国を守る盾を失うことになるのだぞ」と呟いて眉間を抑える宰相と、顔を青くしている担当官。

どちらもエイルを慮って行動しようとはしない。

確かに結婚式で吐くなんて前代未聞かもしれないけれど、誰もエイルの元へ駆けつけようとはしない。



(私が、お水を)


会場の中央付近にいたキャロンだけがすぐさま動いた。

エイルに渡すための水を探して、視線を走らせる。


水。

エイルの元へ持って走る水。

だが水は見つからず、横を移動する影に先を越された。


盛大に吐いて汚いエイルの元にキャロンより先に到着し、迷いなく手を差し伸べたその影は。

エルフリートだった。


「大丈夫か」


エイルは差し伸べられた手をフラフラと掴み、辛そうに顔を上げた。

そして差し出された手の主を見た瞬間、驚いたように目を大きく見開いた。


「大丈夫ですわ…… っえ……!?」


エルフリートの整った美術品のような顔を間近で見て、エイルは一瞬で吐き気の事など忘れたようだった。

あれほど嫌がっていた獣人もエルフリート程美しければ、エイルも驚かずにはいられなかったようだ。


「めちゃくちゃタイプ……」

何かをつぶやいて頬を染めたエイル。


だが健康そうな顔つきに戻ったのも一瞬で、すぐにまつ毛を伏せた。

エイルは辛そうにエルフリートに枝垂れかかる。


「ごめんなさい、吐き気に加えて眩暈も」


エイルを助け起こしたエルフリートに引っ付いたエイルが、薄く目を開けてにんまりと笑ったのを見た者は多分、この会場には居なかっただろう。



「吐いたものが……すごいにおいですのに申し訳ありません」


「いや……ぐ、確かに私の鼻にはきつ過ぎるが、大丈夫だ。 誰か、彼女を救護室へ」


エイルを支えるエルフリートの呼びかけに、屈強そうな獣人が何人か真っ先に反応して前に出た。


熊の一族だったり、猪だったり、大鷲の一族のように見受けられる。

きっと彼らはエルフリートの友人達で、友を助けんと名乗り出てくれたのだろう。


だが彼らを見たエイルは露骨に嫌そうな顔をして、エルフリートにさらに強く引っ付いた。


「申し訳ないのですけれど、このまま貴方が救護室に私を連れて行ってくださらない?」


「えっ?」


「うっ!また吐きそうですわ!早く、お願いいたします。皆様に再び迷惑を掛けないうちに!」


おえええ!と今にも吐き出してしまいそうな迫真の演技を見せたエイルに驚いたエルフリートは、反射的にエイルを抱えた。

そしてなし崩し的に立ち上がって、足早に救護室へ向かって行った。


エルフリートの腕の間から見えたエイルは、心なしか笑っていたように見えた。


エイルはもしかしたら、いやもしかしなくても、エルフリートを気に入ったようだった。

エイルは男性と毎晩あそんでいるけれど、男性が結婚している場合はどうするのだろう。

いや、この前普通に既婚者の男性と仲良くしていたか。

では、男性が人間ではなく大嫌いな獣人の場合はどうするのだろう。

しかも男性が妹の結婚相手で、一度自分が結婚を嫌がった相手なのだけど、そのあたりのことももう彼女の中ではなかったことになっているのだろうか。


彼女の考えていることは、良く分からないけれど。

でも、エルフリートも順当にエイルと結婚することになっていたら、エルフリートもキャロンなんかと結婚させられるよりは幸せだったかもしれない。



ようやく手に入れた水を入れたグラスを手に、ただ何も言わずに立っていたキャロンは、後ろからポンと肩を叩かれた。

振り返ると、腕を後ろで組んでちょこんとした司祭がいた。


「お水、いただこうかの」


「あ、はい、どうぞ」


キャロンは、いきなりで訳も分からないまま水を差し出す。

水を受け取った司祭はんぐんぐとおいしそうに喉を鳴らし、水を一気に飲み切った。


「長い祝詞をあげるとな、喉が渇くんじゃよ」


「そうなのですね」


「ふむ。それにしてもおぬしの魔法の味はどうも、澄んでおるのに底が見えん湖に似ておるの。今見えているのは、小さな小さな湖面の一角だけじゃな」


ほっほっほと笑う司祭が去って、キャロンは首を傾げた。

またおかしな言葉遊びだろうか。


司祭の言葉の意味は良く分からなかったけれど、キャロンは握り締めていた片手のひらをゆっくり開いた。

何も描かれていない小さな紙きれ。


水をどうしても見つけられなかったキャロンが、懸命に水を描いてどうにかこうにか具現化させた紙だった。


キャロンの魔法では、両手のひらに収まるようなささやかなものしか具現化できないけれど、エイルを助ける為に頑張って描いたのだ。

結局それは当初の目的を果たすことなく、司祭のお腹に消えて行ってしまったけれど。






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