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意地悪な姉に代わって結婚したら「くさい。酷い匂いがする」なんて言われてしまいましたが、今日も元気に生きています!  作者: 木の実山ユクラ


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24/32

そのころキャロンは



時は少し遡り。


この日のキャロンは午前中に厨房で料理人見習いの二人に料理を教えて、午後はポプリが窓ガラスを割ったのでその後片付けを手伝って、その間に今日やろうと決めていた屋敷の書庫の掃除を済ませていた。


うん。予定していた時間には十分間に合いそう。

時計をちらりと確認した今日のキャロンは、イクルと共に街の外へ散歩に行く予定を立てていた。

いつも店番をするばかりだが、たまには散歩や違うことをして気分転換をするのも悪くない。




時間を守っていつもの街角に行けば、イクルが真っ先にキャロンを見つけて嬉しそうに手を振った。

キャロンもイクルが嬉しそうなのが嬉しくて、つい急ぎ足で駆け寄ってしまう。


「イクル、変わりありませんか?」


「はい。変わりありません。絵ももう全部きちんとしまってあります」


「ありがとうございます。イクルは立派な店主さんですね」


まだこんなに小さいのにしっかりしているイクルを誉めるつもりで頭を撫でてやると、彼はくすぐったそうに照れた。


「もう撫でるのはいいですから、早く出発しませんか」


照れているのを隠すように身をよじって、イクルは小さな手でキャロンの手を握った。

そして早く移動しようとばかりにキャロンを引っ張る。

キャロンだけでなくイクルもまた、今日の散歩を心待ちにしていてくれたらしかった。



キャロンはイクルと手を繋ぎ、街中を歩き始める。

人通りが少なくなったところで、イクルが空を見上げた。


「今日もとってもいい天気なので、もう芽が出ているかもしれません」


「そうですね、連日とってものどかな日ばかりでしたから、芽くらいは出ているでしょうか。獣人の国の植物は育ちが早いですし」


実は今日の散歩には、ただの散歩以外にもう一つの目的が二つあった。

それは、イクルが埋めたモモスの種の様子を二人で見に行くというものだ。


あの軍人さんから貰った果物の絵本には果物の種を埋めて育てる描写も載っていて、イクルはそれに影響されたらしい。

以前キャロンがおすそ分けしたモモスの果実の種を大事に持っていて、街を抜けて東へ行ったところの雑木林に地面にそれを埋めたのだと先日イクルが教えてくれた。



「モモスが獲れたら、キャロンにあげます」


「いいのですか?ありがとうございます。楽しみにしていますね」


「はい」


イクルはコクリと頷いた。

そういえば、いつの間にかイクルはキャロンの事を名前で呼ぶようになった。

良く喋ってくれるようにもなったし、最初は遠慮がちに巻き付けていた尻尾も今ではぎゅっと巻き付いてくるようになった。

どうやらキャロンは、最初よりも随分イクルと仲良くなれているようだ。


「キャロンはモモスが一番好きですか?」


「果物の中でですか?そうですね、食べたことの無い果物はたくさんありますが、食べたことのある果物の中ではモモスが一番好きです。イクルはどうですか?」


「僕もモモスが一番好きです。キャロンがくれたのでモモスが好きになりました」


尻尾をフワフワと振って、イクルはちょっぴり照れたようだった。


キャロンが市場で買ったモモスを分けてあげてから、イクルもモモスが気に入ったようだ。

お勧めしたものを好きだと言ってもらえるのはとても嬉しい。

キャロンはふふっと顔をほころばせた。


「私も今畑を作っていますから、野菜が取れたらイクルのモモスと交換しましょうね」


「はい。ありがとうございます。キャロンは何の野菜を作っているんですか?」


「今はパパ芋と青人参ですよ」


「そうですか」


「そうなのです。作り方を教わったり手伝ってもらったりしていても、初めてなので上手くできるか少し不安はあるのですけれど」


「キャロンが作ったものなら全部美味しいと思います」


「ふふっ。そうだといいのですけれど。イクルは優しいですね」


頭を撫で撫でしてやると、イクルは耳をパタパタさせて嫌がった。

「子ども扱いしないでください」と言うけれど、キャロンから見ればイクルは可愛い狐耳の男の子なのだからつい可愛がってしまうのは当然である。




そんなふうに野菜や果物、絵本について他愛のない事を楽しくおしゃべりして、二人は歩く。


てくてくてくてく。

見慣れた景色が横を通り過ぎていく。

次から次へと、見慣れない景色が目の前に広がっていく。


大きな街を横切り、湿った雰囲気のスラムを駆け抜ける。

町はずれの神殿の横を通り、もっと町はずれの虫獣の牧場や流れる小川を過ぎて進む。



「キャロン、もうすぐ到着です」


「ふふ、たのしみですね」


二人の目的の雑木林は、細い小川の脇にあった。

雑木林のすぐ隣には、左右に無限に続く高く大きな国境の壁も見える。


(そうでした。私たちのいる街は国境に近いところにあるのでしたね)


キャロンは視界に飛び込んできた、獣人の国を守っている国境の壁を見上げた。

人間の国にもこのような壁があるから、何となく作りは分かっている。


国境に沿って聳える壁は、古くから大陸にある国と民族を分割してきた。

例外を除いて人が国を行き来するのは、壁の切れ目を通らないと不可能だ。

だがそのような場所は、関所や砦が作られて徹底的に管理されている。

獣人の国と魔族の国の国境の壁の切れ目には漏れなく獣人の砦があり、獣人の国は魔族の国内への侵入を断固拒否している状態だ。


そしてくるりと反対を向いて雑木林の向こう側を見てみれば、何やら巨大な建物も見えた。

その建物は城のように大きいけれど、城というには煌びやかな装飾が無く、その代わりに鋼色の装甲を纏っていて、いわゆる城塞のように見える。

あれがきっと、魔族の侵入を防ぐための砦だろう。


(では、エルフリート様が任務に就かれているのはあの砦かもしれないということですか……)


エルフリートから教えられたわけではなかったが、この砦は屋敷からそう遠くはないし十中八九的外れな予想ではないだろう。


仕事中のエルフリートと物理的に距離が近いと思うと何となく妙な気分になったが、忙しい彼が雑木林の中などに注意を払うこともないだろうし、勿論わざわざキャロンが挨拶に行くこともない。

今日は予定通りイクルとモモスの種の状態を確認して、終わったら散歩をしながら帰ろう。



キャロンは雑木林の中をイクルに案内されて、日当たりの良い一角までやって来た。

そこにはかき分けられた茂みと少し掘り返された地面があって、小さな新芽が二つ顔を出していた。


「あ、芽が出ています!」


「えっ、これですか?!」


「はい!」


イクルが嬉しそうな声を上げて新芽を指さした。


「すごいです。昨日はなかったのに」


「成長しているんですね。なんだか嬉しいですね」


「はい」


地面に膝をついて新芽に顔を近づけたイクルの尻尾は、パタパタと揺れている。

そういえばキャロンも、厨房の裏の畑でパパ芋の芽を発見した時は、嬉しくてつい見入ってしまった。

そんな微笑ましい気持ちでイクルと眺めていると、突然。




どごおおおおおおお!!!!


雄叫びのような爆発音がした。

岩が崩れるような破壊音も轟く。

そして駄目押しに、地面がひっくり返らんばかりに揺れた。


「!!!!」


キャロンは悲鳴を飲み込み、咄嗟にイクルを庇うように抱きこんだ。

しかしイクルを腕に抱えた拍子にバランスを崩し、うっそうと茂った草藪にドシンと尻もちをついた。


……いや、そこに尻もちをつく地面があったならまだよかった。


実際は、そこにあったのは地面では無くて蓋だった。

経年劣化で脆くなった木製の蓋。

それがわさわさと生えた茂みの下に隠れていて、キャロンがお尻でぶつかった衝撃で壊れた。

蓋が壊れたので、倒れたキャロンを支える物は無くなってしまった。


キャロンとイクルは、あっという間にその蓋が隠していたものの中に、吸い込まれていく。


「ひ、ひゃあああああ!!」

「わああああああ!」


宙に投げ出されて嫌な浮遊感を味わった後、引力に引っ張られてキャロンとイクルは下に落ちた。



ばっしゃー--ん!!!!


大きな水音。

幸か不幸か、キャロン達が落ちたのは水の中だった。

落下の衝撃は水が受け止めてくれたので、キャロン達はまだ生きている。


そしてキャロンがカナヅチではなく、ある程度泳げることも不幸中の幸いだった。

藻掻くようにしながら、アップアップと浮いているイクルに近づく。

互いに手を伸ばしてなんとかイクルを回収し、水から上がった。


ぼたぼたと水滴を滴らせ、ハアハアと肩で息をする。



何が起こったのだろうか。

ここは何処だろうか。


暫く息を整えて頭がクリアになってきたところで、キャロンは当たりの様子を探るべく顔を上げた。


見回せば、キャロンがいるのは大きなトンネルの中のような場所。

トンネルの真ん中には、明らかに人工の大きな川。

キャロン達が落ちてきたらしい穴はアーチ型の高い天井の上。

灯は乏しく、数メートル間隔に小さな光が一つあると言った具合。

真ん中をゆっくり流れる水は、自分で全身浸かったから分かるがヌメヌメとしていて、なんだかとてもくさいにおいがする。


(なるほど……)


全身からくさい水を滴らせ、キャロンは納得した。

どうもここは、下水路の薄暗いトンネルのようだ。


先ほどの揺れと爆発音が何なのかはさっぱり見当がつかないが、この場所が下水路と分かったからには、どちらかに歩いて行けばいつか出口に辿り着ける。

キャロンはそう算段をつけて、尻尾と耳をプルプルさせて水を払っていたイクルの方を振り返った。


「イクル、大丈夫でしたか?」


「はい。キャロンが助けてくれたので無事です。キャロンは大丈夫ですか?」


「私も大丈夫です」


「怪我もしてないですか?」


「大丈夫ですよ。イクルも怪我はしていませんよね?何かあったら言ってください」


「……えっと」


そう言いながらじっと見つめるキャロンに対して、イクルは少し言いにくそうな顔で言葉を続けた。


「……怪我はしていないですけど、くさい、です」


「それは、確かですね!!」


キャロンは首がもげんばかりにウンウンと頷いた。

このにおいは、流石のキャロンでも顔をしかめるくらいのくささだ。

でも、下水の水に頭から突っ込んだのだから当然だ。


キャロンはまあ元々くさいから百歩譲っていいとして、イクルをこのままにしておくのは可哀そうだ。

早くこの下水路から出て、街に戻ることにした方がいい。


「街に戻ったら私がお世話になっているお屋敷に行って、お湯を貸してもらいましょう。石鹸もありますからきれいに洗いましょう。くさいのはそれまで少しだけ我慢できますか?」


「はい」


「いい子ですね。ではなるべく早く街に帰りましょう」


キャロンはイクルの頭を優しく撫でて、手を引いて歩き出した。


トンネルの一本道の真ん中に放り出されて、右か左、どちらが正解の道かテンで分からなかったがとりあえず進むことにした。

進めばやがて出口に着くだろうし、地上に戻ってしまえばあとは人に聞くなりなんなりして街へ戻ればいいのだから、そう難しい事ではないと思っていた。

ただちょっとしたアクシデントがあっただけ。この時はそう思っていたのに。



……思っていたのに。



急ぎ足で前に進むこと数十分。

無事に下水路を抜け、外気を吸う。

雑木林に向かう途中で見たのどかな芝の匂い、ではなかった。


肺に入ってきたのは燃えたような嫌な煙と、灰のかけら。

細かい粉塵が喉に入って咽た。


(な……なんでしょうかこれは。ここは……どこでしょうか)


キャロンは目を見開いて空を見上げた。

声が出なかった。


さっきまでのどかで良いお天気だったのに、この空を覆う黒煙は何だ。

薄暗い空気の中を漂う灰と、舞う砂塵は何だ。

耳は澄まさずとも武具が擦れる音や、大勢が忙しなく移動する足音が少し遠くで聞こえる。


ここはどこだ?

ここで、何が起こっている?


この時のキャロンたちは、まだ理解し切れていなかった。

下水路から這い出して来た自分たちが混乱の真っただ中にある、東の城塞の中に佇んでいたことを。







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