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意地悪な姉に代わって結婚したら「くさい。酷い匂いがする」なんて言われてしまいましたが、今日も元気に生きています!  作者: 木の実山ユクラ


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同じ街角




それから数週間後のあくる日も、街にやって来たキャロンは飛び跳ねるイクルを発見した。

足早に駆け寄ると、待っていたイクルは小さな拍手でキャロンを出迎えてくれた。


「また売れたのですね?」


「売れました!」


「どの絵が売れたのですか?」


「大きな満月の絵です」


大分絵のストックも増えてきた店に飾られている絵を確認すれば、たしかに数日前に描き上げた筈の大きな満月の絵が無くなっている。

この前の夜空に浮かんでいた満月があまりにも綺麗で、そこから着想を得て描いた絵だった。

満月の日は獣人にとって更に力が強くなる特別な日だというけれど、たしかにこの獣人の国で見る満月は人間の国の満月とどこか違って、とても大きくてとても明るくて思わずゾクリとして描いてみたくなるような魅力があった。



「どのような方が買ってくれたのですか?」


「優しい軍人さんです」


「え?もしかして、以前と同じ方ですか?」


「そうです」


「また来てくれたのですか?」


「はい。前の絵を気に入ったのでまた見に来たと言っていました」


なんと、軍人さんがまた絵を買ってくれたらしい。

それはキャロンの絵をとても気に入ってくれたということなのだろう。


二人は「やったー」と手を取って喜んだ。

キャロンは思わずイクルを引き寄せて頬ずりしてしまったし、イクルは抱きしめられて耳と尻尾をピコピコさせてやっぱり嬉しそうだった。


「またお金をたくさんくれました」


「良かったですね!」


「それから、僕とまたお話してくれました」


「そうでしたか!」


「僕が勉強をしたいと言ったので、軍人さんが本をくれました」


「え?わざわざ本もくださったのですか?!」


「はい」


頷いたイクルが背中に大事そうに隠し持っていた本は、新品の絵本のようだった。


「昔からある絵本だと言っていました」


服で両手を拭いてから、イクルが本を広げて中身を見せてくれた。

獣人の国に古くからある絵本とのことだったが、内容は主人公の獣人が様々な木の実を探すというようなものだった。


「可愛らしい本ですね」


「はい」


「では早速この本を使わせていただいて、店番しながら勉強しましょうか」


「はい」


勉強をした事が無いイクルと、獣人の国の言葉を書けるようになったばかりのキャロンはその日、二人で並んでその本で勉強をしながら店番をすることにした。


二人で寄り添うようにして一つの本を覗き込み、時々他愛ないお喋りを挟みながらページをゆっくりとめくっていく。


キャロンもよく知っているモモスの果実がページに登場した丁度その時、イクルが思い出したように顔を上げた。


「お姉さん、今日は何時までいられるのですか?」


「そうですね……もう少しいられますよ」


「そうですか」


キャロンがまだ帰らないと分かったからなのか、イクルは安心したように小さく笑った。

ちょっぴり照れたようなそれがあまりに可愛かったので、キャロンも釣られて笑う。

でもその拍子に、キャロンは自分の腕に何かフワフワしたものが巻き付いていることに気が付いた。


「あら」


見て見ると、柔らかくてフワフワしたイクル狐の尻尾が腕に巻き付いていた。


「しっぽでしたか。ふわふわですね」


「ごめんなさい!嫌でしたか?」


キャロンが尻尾について言及すると、イクルはハッと顔色を変えて謝った。

それと同時に尻尾もパッと引っ込んでしまう。

イクルはずっと出来損ないと言われて皆に避けられてきたことが原因で、キャロンも触れられて嫌だったのではないかと思ってしまったようだった。


しかし、キャロンはゆっくり首を横に振った。


「全然嫌なんかじゃないですよ。ふわふわで気持ちいいなと思っていました」


「ほんとうですか?」


「ほんとうです」


キャロンが微笑むとイクルは少し照れたようだったけど、尻尾をちょこんと巻き付け直してきた。

うん。やっぱりフワフワで可愛い。




それから、キャロンの絵は思いがけない頻度で売れ始めた。

常連の優しい軍人さんをはじめ、どこかのおばさんや、肉屋のおじさんなんかも買ってくれたらしい。


「嬉しいですね」


「はい」


「また絵を描いてきますね」


「ありがとうございます」


「こちらこそ、いつも店番ありがとうございます」


「とんでもないです」


イクルはあれから必ずと言っていい程キャロンの腕に尻尾を巻き付けるようになって、今日も会話の途中でも気づいたらしっかりそれが巻き付いていた。


イクルは表情が豊かなわけではないし、子供にしては落ち着いているけれど、こうして甘えてきてくれるところはなんとなく年の離れた弟みたいだ。

キャロンはこの日もそんなことを考えながら、時間が許す限りイクルと小さな街角の店で店番をしていた。




……




エルフリートは、この日の任務を終えて帰路に就いていた。


まだ遠くの空に、落ちきっていない夕日が見える。

普段ならば任務が終わるのは、早くて陽が落ちて月が出てからなのに、ここ一週間ほどは毎日帰り道であの橙色の夕日を見ている。


今日のようにエルフリートがかなり早い時間に帰路に就く訳は、砦に行っても兵の訓練と書類整理くらいしかやることが無いことが原因だった。


訓練と書類仕事しかする事がないと言うのは要するに、魔族との戦線が安定している。

砦に魔族が攻めてこない。

少し前まではワラワラと湧いて来ていたのに、今は異常と言える程に静まり返っている。

魔族の斥候もいなければ、影すらもない。


敵がいないことは、普通に考えればいい事だ。

新人たちの訓練に取れる時間も増える。

被害が増える心配をすることもない。


しかし、一抹の不安が残る。

いきなり魔族がパタリと出現しなくなるなんてこと、あり得るのだろうか。

魔族たちはこれまで欲望に任せて獣人の国を攻めてきていた。

時にまばらに、時に大群で。

でも砦がこんなに静かだった日は、これまでにあっただろうか。

いいや、少なくともここ三年程はこんなことはなかった。


魔族が攻めてこないことはいい事なはずなのに、何故だか胸騒ぎがする。

何となく、嫌なことを思い出す。


これが嵐の前の静けさだなんて、考えすぎだろうか。


(……そうだ。きっと考えすぎだろう)


エルフリートは頭を振って、その変な考えを追い出した。

明日にはまた、魔族が何事もなかったように砦に攻めてくるに違いない。

魔族は理不尽で、到底こちらの常識が通じない相手だから、小さなイレギュラーに振り回されすぎるのも良くない。


エルフリートは気持ちを切り替えて、チラリと時計を見た。

時間はある。


(ではまた、下町にでも行ってみようか。あの露店にも新しい品が入っているかもしれないしな)


そんなことを考えて、下町エリアを訪れることに決めた。

実は数日前にも訪れていたが、また足を向けてみたくなったのだ。


エルフリートはついて行こうかと提案するグリシスを先に屋敷に帰して、一人で目的地まで向かった。


到着した下町のエリアは確かに雑多で汚いところもあるが、面白い場所だとエルフリートは思っている。

金はなくとも才能のあるアーティストが露店を出していたり、何処からか流れ着いた不思議な骨董品や、遺跡から出てきたのではないかと疑ってしまうような珍しい古本に出会えることもあるからだ。



そしてそれだけでなく、下町の街並みは、まだ幸せだったころの記憶の中の両親と兄、家族皆で遊びに来たあの日の街並みのままの姿だから好きだ。


仲のよかった両親は、幼かったエルフリートと兄を休みの度に街に連れ出してくれていた。

下町にも素敵な場所がたくさんあるからと、色々な場所をみんなで訪れた。

小さなエルフリートは、夕日が落ちかけて帰らなくてはならない時間になった時、いつも寂しかったのをぼんやりと覚えている。

父と母は、エルフリートと、その兄がじゃれ付合うのを見て微笑ましそうに笑い、喧嘩して仲直りするのを見守ってくれていた。

そして、大好きだった兄はいつも手を引いてくれたのだ。


エルフリートは目的の街角までゆっくり歩きながら、橙色の光に照らされた街角を見て、そんなことを思い出していた。



少しだけ目を細めたエルフリートの銀色の髪が小さく揺れる。

帰路に着く人や買い物を終えた人たちが行き交う夕暮れの街に、ふわりと風が吹く。


心地いい風に吹かれて、人混みの向こうを誰かが歩き去った時、エルフリートはふと足を止めた。

大きな尻尾が微かに揺れる。


(気のせいか?……いや)


何故か一瞬だけ、花のような香りがした気がした。


屋敷の中でほんの時々嗅いだ事がある、あの不思議ないい匂い。


小さな花のように微かで、でも太陽をめいいっぱい浴びて笑っているような心地いい匂い。

つい足を止めてしまうような良い香り。

懐かしいような胸がはずむような、新しいような落ち着くような不思議なにおい。

もう少し嗅いでいたいと思っても、いつもすぐに他の匂いにかき消されて消えてしまう本当に微かなもの。


屋敷の中でしか嗅いだ事がなかったから、屋敷の中の何かの匂いなのかと思っていた。

しかしこうして外でも香るとなれば、やっぱり花か何かなのだろうか。


しかし、あたりをキョロキョロと見回してみたが、それらしい花屋は結局見つからなかった。


(本当に、なんなのだろうな)


解決しないこの匂いについては少し気になるものの、エルフリートはその日の下町散策を自分なりに楽しむ事ができた。




エルフリートがこの花のようなにおいの正体を知るのはもう少し後になってから。

すぐに来る一つの大きな危機に直面してからになる。










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