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意地悪な姉に代わって結婚したら「くさい。酷い匂いがする」なんて言われてしまいましたが、今日も元気に生きています!  作者: 木の実山ユクラ


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狐の子と絵のお店




先日出会った狐の男の子と、街の小さな一角で向き合うキャロン。

狐の男の子は慎重に観察するように、大きな目をさらに大きくしてキャロンを見つめている。


キャロンは持って来ていた荷物袋をいそいそと開け、中身をそっと取り出した。


「描いてきました」


キャロンは、数日かけて小さな絵を完成させていた。


題材はこの獣人の街の街並みだ。

エルフリートに買ってもらった鮮やかな絵の具とキャンバスを使って描いた。

丁寧に描いた。



「ど、どうでしょうか」


「きれいです……」


狐の子は小さな口に両手を当てて、感動してくれているようだった。


それから狐の子には「本当にこれを売ってもいいのですか?」と何回も聞かれて、キャロンはその都度頷いた。

狐の子は「ありがとうございます」と小さな声で呟いた。


キャロンは温かい気持ちになった。

絵を描くのはずっと好きだったけれど、いつも自分の寂しさを紛らわすために描いていた。

だからこうして人のために絵を描いて、絵を人に見せたのは初めてだ。

そして絵を喜んでもらうのも初めてだ。


狐の子は小さなお店の台の上に、慎重な手つきでキャロンの絵を飾った。

そしてその横にちょこんと座る。

店番を始める気のようだった。


(では、これからお客さんが来るかもしれない、私の絵を見に来るかもしれない、ということですよね……)


その様子を見て、喜んでいたキャロンは急に不安になった。


「……頑張って描いては来ましたが、人の為に絵を描いたのは初めてで……。絵、売れるといいのですけれど」


キャロンの絵がいくら上手に描けているからといっても、やっぱり売れる保証はどこにもない。

いやむしろ、絶対に売れないのではという気もしてくる。

先日は勢い余って絵を売ればいいなんて提案をしてしまったけれど、キャロンは店に飾られた自分の絵を見て急に不安になってきた。


「大丈夫です。僕だったら、お金があったらこの絵かいたいとおもいます」


眉をハの字に下げてしまったキャロンを見て、狐の子は小さな声でそう言った。


「そうですか……?」


「はい」


狐の子がやけにしっかりと頷いたので、キャロンは少しだけ気持ちが軽くなった。

狐の子を励まそうと思ったのはキャロンなのに、今度は逆に励まされている。

キャロンは小さく笑って、この優しい店員さんの為にも絵が売れて欲しいなと本気で願った。




キャロンはそれから狐の子の隣に座って、時間が許す限り一緒に店番をした。


店の前を通る通行人は少なくない。

時々店に目を向けてくれる人もいる。

街にこうして露店が出ていることは珍しい事ではないから、興味を持ってキャロン達の店に近づいてくる人もいる。

しかしキャロンの隣の狐の子に狐の耳があるのに気が付くと「出来損ないの子か」と舌打ちをして去っていってしまう。

狐の子はそのたびに申し訳なさそうに耳を垂らしていた。


キャロンには耳がある事の何がそんなにいけないのか分からない。

見た目は確かにみんなと違うけれど、ぴょこぴょこ動いて可愛いのに。

そんなことを考えていると、キャロンの隣に座っていた狐の子がキャロンを見上げた。



「お姉さんは、なんで僕にやさしくしてくれるんですか?僕、出来損ないなのに」


「私はあなたが出来損ないだとは思いませんから」


「でも僕、耳がおかしいんです。僕みたいな変な耳の獣人、いないんです。だから気持ち悪いってお母さんに捨てられました」


やっぱり他の人と見た目が大きく違うから、狐の子が出来損ないという認識なのだろうか。

でも先祖返りをする獣人の強い英雄は皆大きな獣の姿で戦うと言うし、キャロン個人の意見としては、耳が獣であることは劣った事ではないような気がするけれど。


しかし狐の子は首を横に振って益々項垂れた。


「それに僕の耳、変な音が聞こえる事があるから普通の獣人よりも聞こえないんです。出来損ないなんです」


今にも消えてしまいそうな元気のない声だったので、キャロンは狐の子の両手を握って、ぎゅっと力を込めた。


「実は、私も出来損ないと呼ばれていました」


「お姉さんも?」


「はい。だからあなたの大変さも想像できます。辛くないわけがないですよね」


「はい」


「でも、一緒に頑張りましょう。環境を変えることは難しいし頑張るのにも限界があるかもしれないけれど、それでもいつかどこかで何かが変わるかもしれません。もう駄目だと思っていた私でさえ、少しづつ変われているのですから」


キャロンは狐の子の頭をヨシヨシと撫でた。

頭を撫でられて少しだけ笑った狐の子を見て気を良くしたキャロンは、そのまま狐耳も撫でてやった。


「くすぐったいです」


表情の変化が大人しめの狐の子が、少しだけ頬を膨らませた。


「ふふっ」


狐の子の表情がおかしくて、キャロンは思わず笑ってしまった。





キャロンはそれから、次の日もまたその次の日も街に来ていた。


「イクル、今日も変わりありませんか?」


「はい、ないです」


イクルと呼ばれて振り返った狐の子は、キャロンの顔を見て嬉しそうに頷いた。

先日、狐の子に呼び名をつけて欲しいと言われたキャロンは、人間の国にいた頃に時々訪ねていた神殿の名前から取って彼をイクルと呼ぶことにした。

「その神殿には昼の神様がいると言われているのですよ」と教えてやると、イクルは喜んでいた。



「イクル、今日もお弁当を持ってきました」


キャロンは店番をしているイクルの隣に腰かけ、肩に下げていたポーチから包みを一つ取り出した。

ここ最近のキャロンは、ほとんど毎日イクルの様子見を兼ねて昼食をここで摂っている。

人間のキャロン用に用意された昼食を包んでお弁当にして、ここで二人で食べているのだ。


「やっぱり、こんなにおいしいもの食べたことありません」


「そうですよね。とっても美味しいのですよね」


きっとイクルももっと小さい頃に両親に捨てられて、今までまともな食事を食べてこなかったのだろう。

キャロンだって似たようなものだったから、イクルがこうしてちゃんとした食事に感動する気持ちが痛いほど分かる。


美味しい食事を食べながら、キャロンは色々なことをイクルと話した。


ボルト爺やポプリと過ごすような時間とはまた違うけれど楽しい。

そして楽しいに加えて、帰ろうとするとイクルが悲しそうにするので、キャロンはついついイクルのところに長居してしまいがちだった。





そしてある日。


キャロンはこの日も仕事を早く終わらせてイクルに会いに街に出かけていた。

角を曲がってイクルのいる店を見ると、それよりも早くキャロンの姿を見つけていたイクルがぴょんぴょんと跳んで手を振っていた。

早く来てとばかりに勢いよくジャンプしている。


どうしたのだろう。


慌ててキャロンが駆け寄ると、イクルは万歳の姿勢のままキャロンに報告をした。


「絵がうれました!」


「絵、絵が?!」


「はい!」


流石のイクルも今回ばかりは興奮しているようだった。


「誰かが、私の絵を買ってくれたということですよね!」


「はい!優しい軍人さんが買ってくれました!」


「軍人さんですか!すごいですね!」


「はい!」


キャロンとイクルは手を取り合って喜んだ。


(私の絵を良いと思ってくださった人がいらっしゃるのですね。それはその人にとって価値ある絵を、私が描けたと言う事なのでしょうか)


そういう事なのだろうか。

誰かの心を打つような絵が、キャロンに描けたという事なのだろうか。

自分を支える為だけに描いてきた絵だったけど、それはいつしか誰かの支えにもなれたのだろうか。


こうして見ず知らずの人にまで認めてもらえたことは、キャロンにとって嬉しいことだった。

美味しいご飯をお腹いっぱい食べれた時くらい、友達ができた時くらい、とてもとても嬉しい事だった。


「……お姉さん、大丈夫ですか?」


「らいじょうぶれす」


キャロンはズビッと鼻水を啜った。

なんだか、堪らなくなって少しだけ泣いてしまった。


出来損ないのキャロンは大した魔法が使えなくて、いくら絵を描いても意味がないと言われてきた。

人間の国では、キャロンの絵になんて価値はなかった。

でもキャロンが好きで続けてきた絵は、本当は無意味なんかではなかったと言われた気がして、嬉しかったのだ。



かちり。

またキャロンの中でピースがはまった音がした。

友達ができた時とはまた違う、ずっと欲しかったものが手に入った時ともまた違う、別の嬉しいという経験によって、キャロンの中で押し込められていた何かがまた解放されたような気がした。


もっと自由に描いていい。

まだ全てが解放されたわけではないけれど、すでに途轍もなく大きくなった大きな魔力のうねりがキャロンにそう語りかけた気がした。



「ありがとうございます」


キャロンは思わずイクルを抱きしめていた。


「僕も、ありがとうございます」


イクルは小さく返事をしてくれた。

彼はキャロンがいくらきつく抱きしめても腕の中で大人しくしていて、耳も尻尾も嬉しそうにパタパタさせていた。


そしてキャロンの腕の中で、第一号のお客さんが来たときの様子を語ってくれた。


「軍人さんは、お姉さんの絵をとても気に入ったと言っていました」


「懐かしい感じもするって言ってました」


「それから、多めにお金をくれました」


「軍人さんは、僕が話しかけても嫌そうにしませんでした」


「僕の頭もなでてくれました」


キャロンは「そうでしたか、そうでしたか」と噛み締めるようにしか返事が出来なかった。


(気に入ったと言ってもらえて、よかったです。それに絵を買ってくれた人が良い方そうなのも嬉しいです)


頑張って描いた絵だから、大切にしてもらえると、製作者みょうりに尽きる。


ようやく落ち着いたキャロンが腕の中にいたイクルを解放してやると、イクルはそのままの位置でキャロンに笑いかけた。


「お姉さんと似ていました」


「誰がですか?」


「お姉さんと軍人さんが似ています」


「え?何がですか?」


「わかりません。なんとなく似ています」


「そうなのですか?」


キャロンは首を傾げた。


そういえば、キャロンの絵をいいと言ってくれたその軍人さんはどんな人なのだろうか。

自分と似ていると言われれば、少しだけ気になってしまう。


軍人さんだというから男性だろうか。

いやいや、そうとも限らない。

獣人はその先祖によって多少の違いはあるが、男性も女性も平等に力が強いので男性軍人と女性軍人の比率は半々なのだ。

だから性別は不確か。


(でもイクルが私と似ていると言うのですから、男性ではなくて女性である確率が高い気がしますね……?)






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