結婚式のその日には
(ほんとう、私なんかがお嫁に行ってエルフリート様には申し訳ないです)
キャロンはやっぱり、申し訳ない気持ちで結婚式の当日を迎えていた。
獣人の国と人間の国の国境付近にある、大きな礼拝堂での結婚式だ。
そこでキャロンは、エルフリートが手配をしてくれたらしい獣人女性のメイドに、生まれて初めて化粧をしてもらった。
髪だって、人に結ってもらったのは初めてだ。
望まれてもいない嫁の為に申し訳ないと思いながらも、実はキャロンはとてもドキドキしていた。
実は、綺麗なドレスを着て、繊細なアクセサリーをつけて、キラキラ輝くパーティ会場に一度でいいから行ってみたいと昔から思っていた。
折角女の子に生まれたのだから、一度でいいからこうやってお洒落をしてお化粧をしてみたいと思っていた。
姉のように、可愛く綺麗に着飾ってみたいと思っていた。
それが叶ったのが望まれない結婚の式の日であったとしても、今だけは感動せずにはいられなかった。
「はい、できましたよ」
「あっ、ありがとうございます!」
獣人のメイドがキャロンに手鏡を手渡してくれる。
キャロンは再び笑ってお礼を言って鏡を受け取った。
(エルフリート様には感謝ですね。気の進まない結婚相手にもこうしてお化粧を手配してくださって)
エルフリートが化粧係のメイドを用意したのは、人間の国の王宮から派遣されてきた担当官との取り決めがあったからだろうけど、キャロンは純粋に感謝した。
こんな体験、きっと人生で一度きり。
今日という日にエルフリートの手配で実現した。
感謝してもしきれない。
キャロンは、手渡された手鏡を恐る恐る持ち上げた。
自らの顔を映す。
意を決して鏡を見ると、そこには誰だか良く分からない女性が座っていた。
目がぱっちりとしていて、頬が艶やかで、唇が潤っている。
バサバサの髪は何とか綺麗にまとめられていて、いつもの長い前髪も無くておでこも目もしっかり出ているけど、おかしくはない。
(す、すごい!お化粧って、凄いのですね。一種の魔法かとも思えるくらい。顔が全然違います)
いつものボサボサヨレヨレのキャロンの顔と今のキャロンは全然違うので、思わず笑えてきてしまった。
獣人は魔法が使えなくて人間だけが使えるなんて言うけれど、獣人のお姉さんだってこんな素敵な魔法が使えるじゃないか。
キャロンの顔をここまで変えてしまうなんて、お化粧とは驚きの魔法だ。
キャロンがまじまじと鏡を見ていると、獣人のメイドから声がかかった。
「では、ドレスを着ましょうか」
「あ、はい!」
キャロンは手鏡を割ったりしないように丁寧に台に置き、立っている獣人メイドの隣まで移動する。
獣人メイドは首をかしげていた。
「キャロンさん、ドレスは持参されたと聞きましたが?」
「ありませんか? ……あれ、本当。無いですね。姉が用意をしてくれるという話だったのですけれど……」
衣裳掛けは空で、キャロンがきょろきょろと控え室内を見回しても、獣人の風習に倣った結婚式の青いドレスが見当たらない。
自分用のドレスを一着も持っていないキャロンが、人生で初めて買ってもらったドレス。
国から補助金をもらって姉が選んだドレス。
キャロンは試着もしていないし見てもいないけれど、それでもドレスを着られるのを楽しみにしていたのに。
「姉に、聞いてきます。姉も一応式には来る予定ですから」
「そうですか。では、時間には遅れないようにしてくださいね。今ドレスが無いのなら、私はこれで」
獣人のメイドはドレスがあれば着付け迄するようにとの指示を受けていたらしいが、ドレスが無かったのでさっさと控室を出て行ってしまった。
獣人のメイドはキャロンにあからさまな嫌悪を示してきたわけではなかったが、仮にも主人の嫁になる人間に対してなのに、態度は少々雑だった。
やれと言われたから一応やるけれど、やらなくてもいいのならもう我関せず。そんな態度だった。
それもやっぱり、キャロンが望まれていない嫁だからなのだろう。
うん、それは仕方がないことだ。
獣人メイドが出て行って、キャロンは姉のエイルを探しに行くことにした。
エイルはキャロンの控室には朝から一度も顔を出していないが、それでも体裁を保つために会場には来ているだろう。
人間の国の担当官にも出席はするようにと言われているだろうし。
勝手の分からない広い礼拝堂を手探りで歩き回りながら、エイルを探した。
出会う者は給仕もメイドも料理人もフットマンも来客も皆獣人ばかりで、エイルはおろか人間は誰一人として見当たらない。
これはエルフリートが結婚式の大部分を負担させられているということに他ならないし、エルフリートは沢山の友人がいるが、キャロンには結婚を祝ってくれる人が誰もいないということの証明でもあった。
(侯爵家で働き詰めでしたから、友人なんて誰もいないのは当たり前なのですが)
「友人、一人でもいたら素晴らしいに違いないのですがねえ」なんて呟きながら、キャロンはまだ確認していないホールにエイルがいるかどうか見にいく為に歩を進めた。
キャロンは一生懸命エイルを探して回ったが、エイルはとうとう見つけられなかった。
とぼとぼと控室に戻るしかない。
もう少しで、式も始まってしまうし。
(ふむ)
キャロンが控室に戻って、ドレスはどうしようかと考えていると。
いきなり。
バタンと扉が開いた。
力が強い獣人のメイドが扉を閉めたその音より、数倍大きな音だ。
扉を開けた人物は振り向いたキャロンの顔を見て、高い声を上げていきなり笑いだした。
「あははは、酷い顔ね。獣人の化粧品は粗雑で時代遅れだとは聞いていたけれど、貝の粉に紅花かしら。おままごともいいところ。でもあんたにはお似合いよ」
扉から派手に入ってきたのは、キャロンが探していた姉のエイルだった。
エイルがキャロンを馬鹿にするのは日常茶飯事だ。
でもエイルは侯爵家の当主と言う事で、キャロンの知らない苦労があるのだろう。
苛々することもあるはずだ。
だからキャロンは何を言われても、何も言い返さない。
少し悲しいなと思うことは有るけれど、傷む心は見ないことにして黙って聞き流す。
今回も、キャロンはそうして聞き流してた。
でも。
ふと、キャロンはエイルの腕の中にある物に目を留めた。
「あ、あの、それは……」
「ああ、これね。私がわざわざここに来たのはね、あんたにこのぼろきれを持ってきてやったのよ。はい。有難く受け取りなさい」
雑に放り投げられたそれを、キャロンは出来るだけ優しくキャッチする。
青い布地のそれ。
高級なドレスばかりを着ているエイルに言わせればぼろきれ同然かもしれないが、キャロンにとっては人生で初めての綺麗なドレス。
簡素だけど素敵なドレス。
キャロンのための、ドレス。
……だったはずなのだけれど。
ドレスは心なしかヨレヨレして、よく見るとところどころに染みや汚れがついていた。
「あんたには私のお下がりがお似合いだから、昨日の夜に着といてやろうと思ったのよ。あんたの分際で新品のドレスを着るなんて間違ってるでしょ?」
ドレスが無くなっていたのは、エイルが持って行っていたからか。
エイルの様子を見るに昨晩は寝ずに遊んでいたようだし、このドレスがこんなにくちゃくちゃになっている様子からまた男遊びも派手にやったようだ。
キャロンは何も言わずに腕の中のドレスに視線を落とした。
(これでも、幸運な方でしょうかね)
今着ているボロボロのワンピースで結婚式に出るより、ヨレヨレでも青いドレスがあるだけマシだから。
「じゃ、客席で見届けてあげるわ。あんたが不細工で気持ち悪い獣人と結婚するとこ」
汚れた青いドレスを腕に抱いてしょんぼりしているキャロンを見て高笑いしたエイルは、手をフリフリしながら去っていった。
バタンと扉を閉めてエイルがいなくなり、再び控室にいるのはキャロン一人になった。
汚れた青いドレスをハンガーにかけ、出来るだけしわを伸ばす。
丁寧にしわを伸ばす。
所詮誰にも望まれていない花嫁なのでがっかりする人はいないだろうけれど、少しでも綺麗にしておこう。
暫く無心でドレスのしわを伸ばしたり汚れを取る努力をしてみたりしていたが、ドレスはやっぱり少し汚かった。
もう何をしても元通りには出来ないだろう。
折角のドレス。
人生で一度だけ。キャロンがドレスを着られるのは多分今日だけだったのに。
(……今日だけ、でしたよね)
キャロンは少し考えて、ボロボロの小さなカバンに入れていたくちゃくちゃに黄ばんだ紙を取り出した。
それと一緒に、削られて小さくなった鉛筆も手に取った。
カリカリカリ。
小さな鉛筆を走らせる。
繊細な曲線。
優雅な直線。
それらを組み合わせて、キャロンは切れ端のような紙にドレスを描いた。
着るはずだったドレスを見て描いた。
最後の一線を加える。
そしてキャロンは力を籠めた。
体の奥から、小さなか弱い光。
弱弱しいけれど、キャロンはそれに誠心誠意お願いする。
自分の中の小さな力。お願い。
でもやっぱり、なにも起こらなかった。
(そうですよね……私の魔法では、ドレスなんて大きなものは出せません……)
キャロンは、描いたものを具現化させる魔法を持っている。
今回それを使ってドレスをどうにかできないものかと思ったのだが、やっぱり失敗に終わった。
キャロンの魔法は本当に弱くて、キャロンの魔力は本当に少ししか無いのだ。
魔法とは、人間の王国の貴族の血筋しか使えないもので、古の血が流れている人間にしか宿らない特別な力だ。
一応貴族の血が流れるキャロンはその力を持ってはいるのだが、落ちこぼれなので魔法を使っても本当に小さなものしか具現化できない。
姉のエイルは強力な召喚魔法が使えるが、キャロンはこのちっちゃな魔法しか使えない。
エイルは自分とキャロンでは価値がまるで違うのだと言っていた。
だけど、キャロンはこの小さな魔法が嫌いでは無い。
絵を描くことが好きだから、自分にピッタリの魔法だとさえ思っている。
綺麗なドレスを出すことはできなかったけれど、それも仕方がない。
キャロンは姉のお古の青いドレスの掛かっているハンガーを手に取った。
もう少しで式の始まる時間だ。