キャロンのちから
「新人さん、何をするつもりなんですかっ?」
昼の休憩が終わったところで、大きな瓦礫を持ち上げたポプリがキャロンに気づいて首をかしげた。
「手に持っているのは紙とペンかのう?」
倒れた柱をよいしょと起こしたボルト爺もキャロンの手元を見て、ふうむと唸った。
紙とペン。
これがキャロンの武器だ。
描いてみよう。
思い浮かんだ掃除の道具。
うんと便利で、これでもかと理想を詰め込んだもの。
キャロンの考える最強の掃除道具。
シャシャシャシャシャ。
キャロンは紙にペンを走らせた。
シャシャシャシャシャ。
細部を描く。
シャシャシャシャシャ。
思い描いて描く。
「描けました!いきます!」
最後の一線をビッと描き込んで、キャロンは紙に触れている指に魔力を込めた。
大きく膨らんだ魔力は任せろと言わんばかりに紙へ飛び込んでいく。
眼には見えないけれど、何となくそう感じることが出来た。
ぐわっ。
キャロンが紙から引き抜くようにして具現化したのは、へんてこで大きなものだった。
今まで具現化した物の中では一番大きい。
キャロンの踵から胸ぐらいの大きさはある。
「っすっごーい!手品ですね、本当に手品!オメロンが言ってたんですよ。新人さんは前職手品師だったって!」
ポプリは目を輝かせて、キャロンとキャロンが魔法で具現化した物の周りを手を叩きながらくるくると回った。
ポンポコポンポコと興味深げに具現化した物を観察している。
「それで、手品で出したこれ、なんですか?」
「これは名付けて、吸い込みシャベルクレーンマシーンです!」
吸い込みシャベルクレーンマシーン。
相変わらず名前を付けるセンスはないが、キリンのような見た目の道具の用途は名前のままだ。
伸び縮みするクレーンで瓦礫をどかし、大きなシャベルで砂を掻きとる。
太いチューブは吸引用で、埃を取るのに最適だ。
「吸い込みシャベルクレーンマシーン?変な名前ですねっ」
「う。ネーミングセンスは大目に見てください。でもこの道具、きっと活躍するはずです。この土埃と散らばった瓦礫をシャベルで片づけて、破片を吸い上げてお手軽に綺麗にするのです!」
キャロンには、この道具が正常に動く自信があった。
キャロンの想像上の産物だからこそ、キャロンの魔法で思うように動かせる気がするのだ。
以前は実在するものを寸分たがわず描写してやっと具現化できるだけの弱い魔法だったのに、随分と成長した。
「じゃあ、その道具を使ったら土埃をいちいち掃かなくてもいいってことですか?破片をチマチマ拾わなくていいってことですか?瓦礫を人力で動かさなくてもいいということですかっ?」
「そう!そういう事なのです!」
「わあ~!!すごいですっ!……でも、ちゃんと使えたらの話ですよね?その箱とチューブで本当にゴミを吸い上げることが出来るんですか?」
「はい。見ていてください!」
キャロンは道具の中心部分にあるコアに魔力を流し込んだ。
ブイーーーーーン!
大きな音が鳴り始める。
ポプリとボルト爺は顔を見合わせて驚いていたが、これは成功だ。
キリンのような見た目の道具は首のようにも見えるクレーンでテキパキと瓦礫を運び出し、足にも見えるシャベルで砂を集め、尻尾のように見えるチューブで砂と埃を吸い上げ始めた。
その道具が通るだけで、廃墟のようだったホールはみるみるうちに綺麗になっていく。
「すっご~い!もうこんなに綺麗になりました!これがあれば、床の掃除は半分くらいの時間で終わりそうですよっ!」
「この道具も面妖、なんとも面妖じゃ。手品とはすごいものよのう」
ブオンブオンと機嫌よく唸る道具を興味深げに眺めたり、飛び跳ねながら道具の後をついて行ったりしながら、ポプリとボルト爺は感心していた。
そして道具は特に故障したり誤作動したりする事なく、着々と仕事をこなしていく。
「よかった……良い感じですね」
キャロンは縦横無尽に自走する道具を見つめながら満足げに呟いた。
誰も見た事がないような自分の妄想上の道具が、こうして具現化されて動いているのを見るのはなんだか感慨深い。
以前のキャロンは出来損ないで、妄想上のものを魔法で具現化することはもちろん、大きなものも出すことはできなかった。
キャロンは姉のエイルとは違い、魔法の才能も魔力もなかった。
エイルは昔のキャロンとは違って、幼い時から侯爵家の名に恥じない強力な召喚魔法が使えていた。
彼女が翼を持った馬や魚の尾を持った獅子を召喚したりして、皆から一目置かれていたことを覚えている。
キャロンの魔力を測って「こいつは侯爵家にあるまじき出来損ないだ」と言った分家の叔父も、強い使役魔法の使い手だった。
彼は魔力至上主義者で、キャロンのことは侯爵家本家の人間とは最後まで認めてくれなかった。
けれど幸い彼はエイルには目をかけていて、両親が亡くなってから幼くして侯爵家の当主となってしまったエイルに色々なことを教えていたようだ。
そういえば、エイルは元気だろうか。
エイルは出来損いのキャロンが家名に泥を塗っていた事も気に入らなかったようで、時々キャロンを叩いたりしたのだけれど、少しだけ強い魔法が使えるようになったことを知らせたら、ちょっとだけでも変わってくれるだろうか。
今度、手紙を書こうか。
ちょっと、というかかなり意地悪で怖いけれど、それでもエイルは世界に一人しかいない血の繋がった姉だから、いつか仲良くできたらいいなとキャロンは思っている。
そんなことをぼんやりと考えつつも。
キャロンの道具によって効率も上がり、日が暮れるころには床が見え始めた。
どこか遠くの教会の鐘が鳴り、橙色に染まった空を背景にしてボルト爺が顔を上げた。
「よしよし。今日はこのへんにしておくかのう。もうすぐ夕餉の時間でもあるしの」
「ふう~疲れたっ」
「おなかもすきましたね」
道具と共に瓦礫の撤去と掃除をしていた三人はうーんと伸びあがって、手をぱんぱんと叩いて埃を落とした。
掃除と修繕の続きはまた明日だ。
「すみません」
ホール内を軽く片づけをしていると、後ろから声を掛けられた。
キャロンが振り向き、ポプリは対応するために声の主に駆け寄った。
「グレン・フォードの屋敷の者ですが、昨晩主がご迷惑をおかけしたとのことで謝罪に参りました。こちら、菓子折りです。お納めください」
声の主は眼鏡をかけてきりりとした男性で、手に持っていた大きな木箱をポプリに手渡していた。
「わ~い、お菓子箱。どうもご丁寧にっ」
「いいえ、この度多大なご迷惑をおかけしたのはうちの主です。明日は何人か人をやって修繕も手伝わせましょう……ああ、もうこんなに片付いているのですか?」
メガネの男性はポプリの後ろに見える壊れたホールの内側が既に半分程綺麗になっているのを見て、目を細めた。
「はい、もうこんなに片付いていますよっ」
お菓子の箱を抱いたポプリは、得意げな顔をして頷いている。
「エルフリート様はご自身が優秀なだけでなく使用人まで優秀なんですね。感服しました」
メガネの男性はスッと音も立てずに壊れたホールの中に入った。
細身の背中の後ろには、錦の鱗のついた大きな尻尾が見える。
余り見たことの無い種類の尻尾だ。
鯉か何かの獣人だろうか。いや、先端にフワフワがあるから魚ではないのかもしれない。
メガネの彼は中をきょろきょろと見まわして、あるものに目を止めた。
「おや。こちらは?」
「あ、これはですね、手品で出した凄い道具ですっ。名前はえっと、吸い込みシャーベットクレープマシーン?」
「ほう。面白い名前の手品ですね」
受け答えをしているポプリは「あれ?もっと別の名前だったっけ」と唇を尖らせていたが、メガネの男性は道具の横に立っていたキャロンの顔をちらりと見た。
「あなたが?」
「あ、はい」
「そうですか。なんとも凄い手品、ですね。さて、片付けをされていたようなので長々とお邪魔はせずに、私はそろそろお暇すると致します」
キャロンにニコリと微笑みかけて、男性はくるりと踵を返した。
そして丁寧にも門のところでもう一度キャロン達を振り返り、笑顔で会釈をしてくれた。
男性の背中が見えなくなるまで見送って、ポプリはそっと菓子箱の蓋を開けていた。
「高そうな箱だと思ったら、やっぱり高級そうなお菓子が入ってますよっ」
「こらポプリ。その菓子はわしらではなくてエルフリート宛に来たものじゃぞ」
中に入っていた高級そうなお菓子がキャロンにも見えたけれど、ボルト爺がポプリを一喝してふたを閉めてしまったので、詳しくは見えなかった。
(ふむ)
あのメガネの男性はグレン・フォードの屋敷の者と名乗っていたが、この来客用ホールの天井をぶち抜いたグレンの従者か何かだろうか。
なんだか謝りにきた割には堂々としていて、人の目をやけにしっかりと見て話す人だったけれど。
そして、その次の日からグレンの屋敷から何人かの人が手伝いにやって来た。
その中の一人が何故か再びお詫びにと言ってお菓子をくれたのだが、キャロン達は二個のお菓子は彼らの深い謝意を表したものだということで、謹んで受け取っておいた。
人手も増え、キャロンも道具を三台に増やし、修繕と掃除はものすごいスピードで終わりに近づいていった。
「もうこれならあと三日くらいで終わるんじゃないですかっ?」
「いやいや、この調子じゃと明日明後日で終わるじゃろう。ここまであっという間じゃったわい」
「どちらにしろ早いですね。皆さん頑張りましたよね」
大分元通りになってきた屋根を見上げながらポプリ、ボルト爺、キャロンが感慨深げに言った次の日にはもう、ホールの修繕が完了したのであった。
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