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意地悪な姉に代わって結婚したら「くさい。酷い匂いがする」なんて言われてしまいましたが、今日も元気に生きています!  作者: 木の実山ユクラ


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13/32

雑巾水とタヌキのポプリ



心機一転、今日は新しい一日。

新しい朝。

透明な空気。


キャロンは自室にいて、ペンでノートに絵を描いていた。


「ふるふるふるふるーん、ふるふるふふふーん」


つい、鼻歌が漏れてきてしまった。




そんなキャロンの一日のルーティーンも、そろそろ定まってきた。


先ず、誰もいない早朝に、少し仕事をする。

それが終わったら、キャロンの部屋の前まで様子を見に来るメイドと鉢合わせないように部屋に戻って、厨房が用意してくれた素晴らしい朝食を食べる。

侯爵家にいた時はいつもお湯のような食べ物を食べていたキャロンだから、たくさんを一気には食べられない。

朝食もゆっくりと食べる。

ゆっくりと食事を食べる時間があるという事もまた幸せだ。


朝食を食べ終わってからは、大抵自室で絵を描いている。

エルフリートが朝の支度をしている時間なので、キャロンは間違っても顔を見せたりしないように自室に籠っているのだ。

こうして朝の淡い日差しの中で絵を描いているうちにエルフリートとグリシスが屋敷を出る時間になるから、二人をこっそり窓から見送る。

無事に帰ってきますようにと祈る。


そしてエルフリートに鉢合わせる可能性がなくなった時間帯。

メイドがキャロンの部屋の前から離れたタイミングを見計らって部屋を出て、キャロンは仕事を開始する。


料理を手伝うこともあるし、アレキスとオメロンに料理を教えることもあるし、照明の埃を取ったり本の整理をしたり、ボルト爺を手伝って庭に花を植えたり、調度品を修理したり、解れたカーテンを繕ったり。

仕事はその日によって違うが、やっぱり掃除と屋敷の整備は欠かせない。

昼食を挟んで午前と午後、みっちり仕事をする。


そして夜、日が暮れてからエルフリートとグリシスは屋敷に帰ってくる。

軍の任務は当然戦況に左右されるので二人は一週間ほど帰ってこない時もあるが、帰ってくる時間は決まって日が暮れて暗くなってからだ。

だからキャロンは夕方までには部屋に戻っている。

そして夕食を食べ、お風呂に入ってさっぱりする。

そして大好きな絵を描く。

眠りたくなるまで描き続ける。

誰にも怒られない。

大きくて居心地の良い空間で、好きなだけ絵を描く時間。

キャロンにとって、最大最高の至福の時間だ。




さて。

今日のキャロンは、エルフリートとグリシスを窓から見送ったばかり。


扉の向こうのメイドは責任感が薄いのか、もしくはキャロンに敬意を払っていないのか、一日に二回ほどしかキャロンの様子を窺いに来ない。

しかも、チラリと一瞬だけ。

それは奥方のお世話を仰せつかったメイドとしては落第点だが、キャロンにとっては都合がよかった。

メイドがキャロンを気にかけないおかげで、キャロンは外でのびのびと仕事ができる。



キャロンは、今日も雑にキャロンの様子を確認してすぐに去っていったメイドの後姿を確認して、ポケットがたくさんついたエプロンを身につけて部屋から出た。


(今日は食堂でも磨き上げましょうか……)


そんなことを考えながら、トントンと螺旋階段を降りていく。


トントントン。

リズムを刻みながら下に降りていく。


しかし。

タタタタタ。

キャロンはトントンと階段を降りているのに、不意に全く違うテンポの足音が聞こえてきた。


「わあああああああ!避けてええ!」


突然、叫び声がする。


(え?)


キャロンは振り向いたが、それはすっかり遅かった。


宙に浮いたバケツがひっくり返る。


ばしゃあ。

キャロンは逃げる間もなく頭から水を被ってしまっていた。


「ひゃっ!」


冷たい。

そして、くさい。

キャロンの髪からぽたぽた垂れてくるのは、なんだか生臭い水。


「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!大丈夫ですか?大丈夫じゃないですよね、ごめんなさいっ!」


「あ、全然大丈夫ですよ。気にしないでください」


「本当に!本当にごめんなさいっ!」


バケツをこぼして平謝りをしてきた犯人は、愛嬌のある顔をした女の子だった。

獣人の年はよく分からないけれど、見た目年齢は多分、キャロンと同じくらい。

ぽてっと太った茶色の尻尾が印象的。多分、この女の子はタヌキの一族の獣人だ。


「本当にごめんなさい、何とお詫びをしたらいいか。ポプリ、いつもドジでおっちょこちょいなんです。今日だって雑巾がけした水を貴方にぶちまけちゃうし……」


「雑巾がけの水ですか……」


「ほ、ほんとにごめんなさいっ!」


「いいえ、大丈夫です!洗えばにおいだって多少は落ちる、筈ですから」


キャロンは笑って、大丈夫大丈夫と手を振る。

キャロンはエルフリート公認のくさい女だから、今更汚い水の一つや二つ被ったところでなんてことないのだ。

うん。全然大丈夫だ。



「ごめんなさ……う、くさ!」


ハンカチを渡してくれようとした女の子は、キャロンに近づいた瞬間に鼻を押さえて距離を取った。


「ご、ごめんなさい、ほんとにごめんなさい。ポプリ、雑巾のにおいってほんとに苦手で……そんな水を掛けちゃってごめんなさい」


「私こそごめんなさい。私、くさいですよね。今拭きますね!」


キャロンはぽたぽたと自分から垂れてくる水が女の子に落ちないようにもう一歩距離を取って、自分のエプロンの中に入れていた大きめのハンカチを取り出した。


フワフワのそれで、とりあえず顔にかかった水分を取る。


エルフリートがメイドに指示して用意しておいてくれたのか、キャロンの部屋のクローゼットにはハンカチやら靴下やら洋服やらが沢山あったので、そこから借りてきた一枚だ。

雑巾の水を吸ったらくさくなってしまうだろうから、後からしっかり洗っておこう。



あらかたキャロンの水けは拭けたけれど、階段に広がった灰色の水はまだ水たまりを作っている。


「あ、階段はポプリが綺麗にしておくので!あなたはお風呂に入ってきても大丈夫ですよっ」


ポプリと名乗った女の子は、そう言うなり階段に屈みこんで、手で水を掃いてはバケツに入れ始めた。


よいしょ、よいしょ。

うんしょ、うんしょ。

何というか、物凄く肉体的な掃除の仕方だ。

獣人だから力強くて、素手で何度水を触っても手荒れなんてしなさそうな丈夫な肉体を持っているようだけど、これでは効率が悪いかもしれない。


だが百歩譲って階段の大理石の部分はそれでもいい。

だけど、絨毯部分でそれをすると、汚れが絨毯に沁み込んでしまう。


キャロンはどうしても手伝わずにはいられなくなって、ポプリの傍に屈みこんだ。


「あの、ちょっと私に任せてみてください」


「え?ここはポプリに任せてお風呂に行ってきてもいいのに」


「絨毯に汚れがしみこんだらなかなか取れなくなってしまいます。今しっかり取っておかないといけないです」


せっかく綺麗な絨毯なのだから、汚してしまった時の処置も適切にしなくては。

侯爵家では家事全般を一手に引き受けていたキャロンは、この手の知識ならば豊富にある。


「固く絞った綺麗な布で汚い水を吸い上げます。こうして、こうです」


「こ、こう?」


「はい。こうして巾で水を吸って、バケツの上で絞って、というのを繰り返すのです」


キャロンはすぐそこにあった給湯室で綺麗めの布を拝借してきて、ポプリの前で実演していた。

巾を絞り、絨毯を濡らしている汚い水を吸ってからまたバケツの上で絞った。


これで汚れを無駄に広げてしまわなくても済むし、巾の方が手で水を集めるよりは幾らか簡単だ。


「おお〜!!」


ポプリはキャロンの手際に感心して、声を漏らした。


「まだ終わりでは無いですよ!雑巾のにおいが絨毯に残っては嫌なので、これを使います!」


更にキャロンは、描いてエプロンのポケットに入れてあったキャロン特製の掃除用石鹸を素早く具現化して取り出した。


「おおお~!!」


白くてツヤツヤと輝く石鹸を見て、ポプリはまたも歓声を上げた。


膝をついて作業をしているキャロンは石鹸を泡立てて絨毯を洗い、濡らした綺麗めの雑巾でゆすぐように拭き取った。


そしてまたしてもポケットから取り出したドライヤーで、濡れた絨毯を乾かした。

このドライヤーはキャロンの部屋にあったものだ。

エルフリートが気を利かせてメイドに頼んでおいてくれたものの一つなのだろう。



ふんわり。

ドライヤーで乾かし終わると、絨毯の毛が柔らかく起き上がった。


うん、なかなか良い仕上がりだ。



「すごい!絨毯が前よりいい匂いで綺麗になりました!ポプリ、濡れてもいつか乾くし、こういうのは適当でいいやって思って掃除してたんですけど、丁寧にやると全然違うんですね!」


獣人は大雑把な人が多いと聞いた事があったけど、ポプリはその中でも特に大雑把な性格のようだった。

でもそれ故におおらかな性格なのが感じられるし、素直に喜んでくれたポプリを見る事ができたのは嬉しかった。


「ポプリ、実は掃除嫌いだったんですけど、あなたの手際を見てたら少しだけ楽しそうかもって思いました。その石鹸、ポプリにもくれませんか?ポプリもあなたみたいに絨毯を綺麗にしたいかもです」


「石鹸が欲しいのですか?勿論です!はい、どうぞ!」


「ありがとうございますっ!」


キャロンが手に持っていた石鹸を手渡すと、ポプリは満面の笑みで喜んだ。

ポプリは笑った顔がとても可愛い女の子だ。

キャロンも幸せな気分になる事ができた。



「では、私はもう行きますね。お風呂に入らないとです」


絨毯は綺麗になったけど、キャロンはまだ汚くて臭いままなのだ。

早くお風呂に入って綺麗にしないと。


しかし、お風呂に入るために部屋に戻ろうと立ち上がると、ポプリに手をガシッと掴まれた。


「使用人用の浴場はこちらです。ポプリ、石鹸のお礼にあなたの背中流します!」


ポプリはそう言って微笑んだ。




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