ボルト爺と草むしり
その晩、キャロンは深夜になっても明りを消さず、一心不乱に机に向かっていた。
シャッシャッシャッシャッ。
鉛筆を上下左右、縦横斜めに走らせる。
シャッシャッシャッシャッ。
綺麗な曲線も真っすぐな直線も、描いては消し描いては消しを繰り返す。
紙を無駄にしないように、慎重に丁寧に。
仕組みもよく考えて。
シャッシャッシャッシャッ。
全てのパーツを描き終わり、鉛筆をコトンと置く。
「これで……やってみましょう」
何時間もかけて、何とかなりそうなものが描けた。
具現化させるため、それに魔力を流してみる。
指先に集中して、力を込める。
キャロンの魔力は雀の涙ほどのはずなのに、何故こんな無謀な挑戦をしているかというと、ただの予感だ。
何故かまだ今日は、体に魔力が残っている気がしたのだ。
静かな音を立てて。
キャロンの描いたものは、白紙に戻った紙の上に現れた。
具現化成功だ。
しかも、具現化できたのは小さなものじゃない。
キャロンは両手で持てないような大きさの道具を具現化させることに成功していた。
(出来る、ような気がしたからやってみましたが、驚きました。まさか本当にできてしまうなんて)
やはり、明らかな魔力の成長を感じる。
以前のキャロンだったら本当にか細い魔力で両手に収まるものを一日一回具現化するのだけで精いっぱいで、他の貴族からしたら平民とさほど変わらないくらいの落ちこぼれだったのに。
何故、魔力が大きくなったのだろう。
食べ物をお腹いっぱい食べれているからだろうか。
しっかり夜寝られているからだろうか。
毎日誰かに怒られることなく過ごせるからだろうか。
毎日、楽しいと思えるからだろうか。
分からない。
キャロンの魔力の成長の理由は分からないが、具現化できた道具はキャロンの想像通りの物だった。
それは、キャロンの妄想から生まれた草刈りに使えそうな道具。
いいや、もっと言えばこれは、キャロンの考える最強の草刈り用具。
ウンウン唸って想像力を限界まで使って、「あったらいいな」を詰め込んだ。
雑草を根っこから撲滅できるスコップのようなパーツ。
引っこ抜いた草を脇によけて積むためのアーム。
草が無くなった後の地面を平らにならすためのトンボも忘れずに。
この世界には影も形もないような奇天烈な道具。
小包ほどの大きさで、押しやすいようにハンドルが付いている。
そしてその箱部分からスコップだのアームだのが飛び出している、カニのような見た目。
キャロンは目の前に具現化された、おかしな見た目の道具をそっと撫でた。
「名前を雑草取る取るマシーンと名付けましょう」
……名付けのセンスはイマイチだったけど。
翌朝。
エルフリートが屋敷を出てから、キャロンは跳ねるように裏庭へ向かっていた。
昨日具現化した草刈り機を引っ張りながら。
「何じゃ、それは。蟹かのう」
キャロンが到着すると、もう既に裏庭で草を引っこ抜いていたボルト爺が顔を上げた。
「これは雑草取る取るマシーンと言います」
「ほう。草を刈る器具ということかの?そんな面妖なものがかの?」
「はい。昨日考えました」
「ひょひょひょ。お前さんはおかしな子じゃの」
ボルト爺は顎を撫でながら笑った。
それから、孫をあやすような口調で「どれ、見せてみい」とキャロンの草刈り機を指さした。
「はい。やってみます」
キャロンは草刈り機を押して雑草の根元に合わせ、深呼吸した。
えいや!
気合を入れて、道具のコアの部分に魔力を流し込んだ。
ブオンブオンブオン!!
けたたましい起動音。
「な、なんじゃあ?!」
ボルト爺は驚いてよろめいたが、キャロンはサッと手を貸した。
「大丈夫ですか?すみません、驚かせてしまいました」
「ひょひょ、長く生きてきたが、こんな奇天烈なもの見たことないわい。これも手品の一つかの」
「えっと、まあ、そんな感じです」
キャロンが小さく視線を泳がせていた間にも、ブオンブオンブオン!!と道具のコアは唸り声をあげ続けている。
驚いてしまうのも無理はない轟音だけど、これは成功だ。
こうして魔力で動くコアは草を毟っていくパーツを回転させるので、これを押して雑草の生えている場所を歩けば簡単に草刈りができる筈。
「コホン。ではいきますよ。いざ草刈りです!」
「ひょひょひょ。まあそれで草が刈れなければまた手作業で抜いていくわい」
キャロンが持ち込んだ道具について、ボルト爺は孫が道端でガラクタを拾って来たなあと言わんばかりの優しい笑顔だった。
ボルト爺が笑っているのはいいが、これで草が刈れるとは信じていないようでもある。
でも、キャロンにはうまくいく自信があった。
何故かは分からない。
でも昨晩、湧き上がってくる魔力の光が任せておけと言った気がした。
そして、これは成功だと教えてくれた気がしたのだ。
一週間前のキャロンだったら、自分の妄想で作り上げた機械が上手く動くなんて信じられなかっただろうけれど。
「よ、いしょっ!」
掛け声とともに機械を押す。
雑草の生えている場所に押し進める。
がががががが!!
蟹のような機械が忙しなく動く。
雑草が毟られていく音がして、道具が通り過ぎた道は雑草が消え失せてすっきり綺麗になっていた。
「ひょ?!」
ボルト爺が細い目を見開く。
それとは反対に、キャロンはパッと笑顔になった。
「やりました!」
「な、なんじゃいこれは。たまげたのう……」
「ふふ、この調子でどんどん押していきます!」
キャロンは意気揚々と草刈り機を押して裏庭を歩く。
がががががが。
キャロンが通った道は綺麗に整備され、伸び放題だった雑草が刈られて元々の地面が顔を出した。
「なんとも面妖、なんとも面妖じゃ……」
キャロンが雑草を刈ったあとの道を恐る恐る歩き、ボルト爺は顎を撫でながら呟いていた。
そしてキャロンは、何とほんの二時間足らずで裏庭の雑草を全て刈り終えた。
裏庭がすっきり綺麗になった。
爽やかな疲れが体を包む。
心地いい。
ボルト爺も大変喜んでくれたので、キャロンはその勢いで彼を休憩に誘った。
「ひょひょひょ。今日のじじいの仕事が無くなってしもうたわい。そんなお前さんにはじじいが特別に取っておいたクッキーでも振舞ってやろうかのう」
ボルト爺はゆっくり屋敷内にある自室へ戻り、大切に保管していたらしいクッキーを持って戻ってきた。
その間にキャロンは厨房へ行ってオメロンとアレキスに茶葉とお湯を分けてもらい、魔法で具現化したティーカップにお茶を注いで準備をしていた。
「ひょひょ、草刈り完遂記念じゃ。たんとお食べ」
雑草が全て刈られてすっきりした裏庭の端の木の切り株に座って一息つき、キャロンはボルト爺が勧めてくれたクッキーに手を伸ばす。
鈍色に光る銀の缶に入ったクッキーだ。
指でつまみ上げて見て見ると、小麦色の、シンプルな形のクッキーだった。
小さく齧る。
ガリっと固い。
サクッと粉っぽい。
だけど、ほんのりとした甘さが口に広がった。
キャロンの中にあるお菓子の記憶は、両親が生きていた時のものしかないから、もはや古すぎて曖昧だ。
でも、甘いものは好きだ。
だからたとえ硬すぎパサパサのドライクッキーでも、キャロンは甘くて美味しいと心から思った。
「美味しいです」
「そうか、そうかのう。よかったのう」
「お菓子を食べたのはとても久々です」
キャロンはオメロンとアレキスが「料理長には内緒だよ」と言って分けてくれた屋敷で一番高級な茶葉でいれたお茶もすすり、晴れやかな空の下で穏やかなティータイムを楽しんだ。
サワサワと緑の木の葉が揺れる。
刈ったばかりの草の青い匂いがする。
小麦の香ばしい味がする。
うん。今日も良い日だな。




