第一章 覚醒編 ブリッケン。お前は
道中休憩を兼ねてお昼を戴くこととなった。
パンに燻製肉と野菜を挟んだサンドウィッチ。
モソモソとした食感でこそあるけど、ソースとの相性が良い。
特性のソースはピリッとした辛さと塩気がありとても美味だ。
しょっぱいものを食べると欲しくなるのは飲み物。
炎魔法で湯を沸かして茶葉と道すがら採取した薬草を入れ飲む。
ツンとした刺激が鼻を抜け、シャキッとするような感覚になる。
溜まっていた疲労感を紛らわせる効果があるらしい。
そんな風に休憩をしていると、ブリッケンとベルトルッチが談笑している。
「お前さんのさっきの氷の奴。ありゃあ大したもんだ」
「へへへ。そりゃあ自分で術式構築してっからなぁ。練度が違うぜ」
ベルトルッチがネームレス・ミスト相手に使った魔術―氷柱砲―のことだ。
私は彼にこの魔術を教わっている。ただ私の能力値を見て少し難易度を落としたのが私の―氷塊矢―。
自分で構築した魔術が褒められるというのは、魔術師にとっては名誉だし何よりうれしいことはよくわかる。
「マオの槍さばきも驚いたぜ。まさか地面叩いて飛ぶとはな」
「身軽さが私の売りだからね!あれくらい余裕よ!」
マオの運動能力はギルド内でもトップレベルで、パワーを除けばヒロよりも上だ。
高い身体能力で戦場を駆け回り、宙にも舞う三次元的戦闘スタイルは、特に人種と武闘派の獣人に対して有効らしい。
「ジオ。お前さんの攻撃はほとんど何も見えないほど速かった。何か特別な魔法とか使ったんか?」
「赤の他人に手の内を明かすほど口は軽くない。俺はあんたを信用してないからな」
「……あぁ…そうかい…悪かったよ」
ジオに関しては私もほとんど知らない。彼が戦っている姿を見たこと自体少ないというのもある。
剣筋は残像を残すほどのスピードで、切れ味は凄まじい。
何か特別な魔術を有しているのか、素の力なのかは分からない。
他に知っているのはノリが悪いことと、ヒロのことを嫌っていること。
「ま、まぁまぁ。仲良く!ね?ブリッケンさんのお話聞きたいです!」
「お、おう…まぁいいけどよ。面白いもんじゃねぇぞ?」
気まずい空気を戻そうとマオがブリッケンさんに話を振る。
「俺は捨て子だったつうのは前言ったとおりだ。この森に捨てられたんだろう。
何歳で捨てられたとかは分からねぇ。遡れる一番古い記憶ではもう狩りをしてた。
なんとかその日食うもん探して、木の上で寝て、次の日も食いもん探す。そんな生活だったな」
遠い記憶をたどるようにぼんやりと語る。
「危険はいっぱいあったろうぜ。子を仕留めたせいで親に追い回されたり、崖から落ちたりな」
あまりにも昔のこと過ぎて他人事のようだ。
「で、彷徨ってたら森を出てあの村に行きついたってわけだ。優しく迎え入れてもらって。
初めて焼いただけじゃない肉食って感動してたぜ。それからは恩を返すために狩りをした。
そんでずっとあの村にいるのさ。でもまぁ結局生活水準が上がっただけだわな。
飯食って、狩りして、給料もらって、風呂入って寝る。でも充実してたんだ。
自分の力が他人の役に立って、必要とされているってだけでな」
かなりあっさりと語ってたが、最後の言葉に全部集約されているのだろう。
みんな黙って話を聞いていた。
……でも……この違和感は何だろう……記憶というカードを並べているかのような違和感は……
そう客観的すぎる気もする。
でももうだいぶ昔の話だし仕方がないのかな。
休憩も終わり再出発。
悪魔の遭遇場所はまだ先だという。迷いなく進んできたが、ここまででもかなりの距離だ。
悪魔に追われて必死で逃げたとはいえ、本当にこの距離を駆け抜けたのかと思うと疑問。
実はボケて道に迷っているのを誤魔化そうとしているのではないかと思ってしまった。
しばらく歩くと徐々に高低差の大きい地帯となって、移動速度が大きく下がった。
こんなところを悪魔から逃げるために通ったのか。
よく逃げれたなと思っていると開けた場所に出る。
かなり低い窪地のようで、四方を壁に囲まれている。
「いい加減にしろよ爺さん」
すると突然ジオが立ち止まり、冷たく差すような声で言い放った。
皆歩みを止める。
「なぜ迷わん」
「なぜって…そりゃ…俺が案内人だからだろ?」
「必死に逃げたにしちゃ随分とハッキリ道覚えてんだな?」
「…おうさ。案内人が迷っちゃ意味ねぇだろ」
空気が変わった。
それまでのマイペースなブリッケンの姿はなく、鋭い眼光をジオへ向けていた。
見ると剣の柄に手がかかっている。
みんなジオが突然何を言っているのか分からなかった。
だが彼の鬼気迫る表情に何かを察する。
道中のあの違和感に皆気付いていたんだ。
「どうした?…」
ヒュン!!
ブリッケンの立っていた場所を剣筋がきれいな三日月形の円弧を描く。
ジオが剣の抜きざまに切り上げたんだ。
全然目で追うこともできなかった。
しかしそこにはブリッケンはいなかった。
数歩後方へ移動して避けたようだ。
驚きのあまり目を見開いている。
「おいジオ!何のつもりだ?ふざけるのも…」
「…」
ベルトルッチの言葉を遮り、二連の剣筋がブリッケンに放たれる。
ズバッ
肉が切り裂かれる音。
うち一つがブリッケンの左腕を飛ばした。
「んぐぅ!!?」
言葉にならない悲鳴を上げる。
ベルトルッチとマオが止めようとするが、ジオが手を向け来るなと合図する。
「気になってたんだが」
ジオが語りだす。
目はブリッケンさんを捉え、戦意に燃えている。
「お前は森に魔物は出ないと言った。だが森のあちこちに魔獣の痕跡があった。あれは嘘か?」
「嘘じゃない!!少なくとも俺が狩りをしていた時には遭遇したことがない!!」
「あぁ。嘘を吐いたつもりは本当になかったんだろうな。じゃあなんで魔獣好みの森で一度も遭遇したことがなかったのか」
誰もジオを止めない。
気が付けばジオ以外のみんなも戦闘態勢に入っている。
みんなもブリッケンの道案内に違和感を覚えていた。
悪魔を撒くため、森のあちこちを走り回りながら逃げたはず。
にも関わらずためらいもせずにここまで案内した。
だが遭遇者本人であり、他に適任者もいなかった。森を知り尽くしている人間であれば不可能ではないだろうと納得するほかなかった。
さらには二足歩行生物の足跡、歩幅から背は低い。木々の低い位置に目印につけられた傷。
ゴブリンだろう。魔物まで闊歩する危険な森。そんな場所で遭遇したことがないと言う。
痕跡はたくさんあったが、実際遭遇していない以上信じるほかなかった。
が、魔物すら寄り付かない強力な結界があるとすれば…
「で、思い出したんだ。『英雄叙述史 第1章 メアガンデ編』に出てくる神の名を」
英雄叙述史というのは、過去に魔王を打倒すべく立ち上がった英雄たちの伝説を記した書物。
千年を超える歴代魔王との闘いの中で多くの英雄が生まれ、死んでいった。
それが12冊あり、その1冊目『メアガンデ編』
当時の魔王の名がタイトルになっていて、第一作目のメアガンデ編には神代の話も入っている。
その魔王メアガンデ打倒記の中に登場する神の名…
「『ブリッケン・メイリューク・ハイズ』人間を裏切った神の名だ」
「馬鹿馬鹿しい!!!神の名と同じだけで切ったのか!?」
目の前にいる老人と同じ名前の神の名が出ると、温厚だったブリッケンが顔を紅潮させ、怒声を上げる。
「叙述史にはこうあった。
―その神、自らの名を捨て、自ら反転せし邪悪―
悪魔『ブリッケン』として多くの人間の命を奪ったと」
ジオがブリッケンを見据えながら語る。
「でもソイツは200年も前に討伐されたはずじゃ?」
マオの言う200年前に『人類攻勢期』という人類史上唯一、魔王の軍勢を殲滅し、攻勢に転じた時期があった。
その時に『悪魔ブリッケン』は討伐されたとあったはず。
「あぁ。だが浄化についての記述はなかった」
「違うっていうんなら言ってみろ。森に捨てられた少年よ。お前のその名はいつ、誰がつけたものだ?フルネームは?」
彼は過去の自分語りの中で名前については語っていなかった。
一般的に名前は名と性の2節で構成される。貴族はおおよそ3節以上、王族は5節になる。(神は1節しかない神もいれば10節を超える神もいる)
この老人は名しか名乗っていない。
「…ぐっ……くっ」
「言えねぇよな?悪魔は自分の名を偽れない。名に魂が紐づいているからな」
『ブリッケン・メイリューク・ハイズ』は狩りの神。
人間の営みの中で重要な『食』にまつわる神で、特に狩人達からの信仰厚い神だった。
それゆえに神としての力も強力だったと伝えられる。
加護の神『アメディア・フェンドルぺ・マーリン』と恋に落ち、彼女から「魔よけの加護」を与えられている。
魔物と遭遇しなかったのは神級の加護だとすれば合点がいく。
しかしアメディア神は戦争の中で人間を守って命を落とした。
それから狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズは狂い、人間がいなければ彼女が死ぬことはなかったと考え反転したとされている。
これは叙述史としての物ではなく、悲しい恋物語として語られるおとぎ話のようなものだ。
私たちがここに来た理由は?
ネームレス悪魔の発生源調査。
だけど今目の前にいるのは?
伝説で語られるほどの大悪魔。
しかも魔王の分身としてのネームドではなく、正真正銘神が反転したオリジナルの悪魔だ。
つまり力は神だった時と同等、あるいはそれ以上の可能性もある。
「なーるほどなぁ。悪魔が出たと通報したのが悪魔自身だったと。笑えるジョークだぜ。鏡でも見たんか?」
軽い調子でジャックが煽る。
事の重大性に気付いていないわけじゃないだろうに…
悪魔の目的は何なんだろうか?
私たちをこんなところに連れてきてどうするつもり…
「差し詰め俺たちの中から新しい依り代を探そうってとこか」
ベルトルッチが言う。
新しい依り代とはどういうこと?
「村のみんなの反応を見る感じ、依り代の肉体は老化が普通に進んでる。
つまりそろそろ若返りの時期ってことだろ?」
誰かから体を奪い、人間社会に溶け込み生活を営んできたということか。
そして奪った体は普通に老化が進み、今まさに新しい体を探しているということか。
ここまで聞くとブリッケンは黙り俯く。
「………………せっかく新しい肉体が手に入ると思ったんだがなぁ」
気味の悪い笑い声を発しながらブリッケンの声色が変わる。
「若くて強い肉体が欲しかったから依頼を出したわけだが、まぁ簡単にはいただけないよなぁ。だがこれをみすみす逃すわけにもいかねぇ……」
切れ長の目と口ひげで囲まれた口はもはや見る影もなく、ニタァっと気味の悪い表情。
大きく見開かれた目は空洞かと思えてしまうほどに漆黒で、見ていると魂が吸い込まれるようだ。
「その通りだよ。俺はその叙述史とやらにある悪魔ブリッケン。
それまでひっそりと生きて来たのに、200年前の印持ちにこっぴどくやられてなぁ…
なんとか魂は守ったが、ボロボロでまともに形を保てなかった。
動物とかに憑依して生きながらえてきた。察しの通り新しい"入れ物"探しさ」
ブリッケンが二タリと不気味な笑顔で語りだした。
マオがハッと何かを思いたち、震える声で聞く。
「その体は…どうやって手に入れたの…?」
そう。"新しい入れ物"を探しているといった。
じゃあ"今の入れ物"はどこで手に入れたの?
「これか……数十年前にな。親に捨てられても動物を狩って必死に生きてるガキがいたんだ」
話の流れがおおよそ予想できた。
奴が語っている間にもみんなそれぞれの間合いを取り、いつでも戦える。
「俺だって元は狩りの神さ。必死に生きようとするソイツにいろいろ教えてやった。
実際あの時間は楽しかった。
呑み込みが早かったからな。
ある時ソイツが崖から落ちた。だが死ねなかった。
可愛そうに。苦しみながら、じわじわと確実に来る『死』を待つ状態になっちまった。
そこで俺が元神の慈悲として言ってやったのさ。「親に会いたいか」ってな…!」
「ッこの―――」
マオが槍で大地をたたき跳躍。一気にブリッケンの死角へ。
マオの得意技だが…
グリン
ブリッケンは首をあり得ない角度で曲げ、彼女を捉える。
既に先ほど手の内を見られている…
「自由落下は偏差が合わせやすくて好きだぞ」
ブリッケンはいつの間にかボウガンを構えていた。
「がら空き!」
ベルトルッチがそう叫び、魔術を発動させる。
地面が揺れ、地中から岩が飛び出してきた。
彼が得意としている土操魔術だ。
空気中の空気や水を操作するよりも感覚がつかみやすいんだとか。
岩はボウガンを構えてがら空きとなったブリッケンの右脇腹を捉え、奴は吹き飛んだ。
が、窪地の壁に激突するも人間離れした動きですぐに立ち上がる。
「いい連携だ…!もっと楽しませろ!」
ヤツがノーモーションで適当に矢を放つ。
その先には誰もいない。
どういうこと?
ブリッケンはニタニタと笑っている。
―権能因果・暴射必中―
ザクッ!
「!?ぐぁあ!!」
ベルトルッチが悲鳴を上げる。
矢がありえない軌道を描き、彼の左肩に突き刺さった。
「ベル!!」
「致命傷じゃねぇ!かまうな!!」
「とっさに避けるたぁやるなぁ。心臓狙ったんだぜ?」
「…クソが!!」
素早く次弾装填を済ませるブリッケン。
ジオが切り飛ばしたはずの左腕が元に戻っている。
「さぁ!次は誰かな!?」
ガシュッ!
また矢が放たれる。
これもどこを狙ったものなのか分からない。
さっきの軌道を見てしまった以上無視できなくなった。
皆攻撃に集中できない
―氷結魔法・氷半球壁―
場の空気が急冷される。ベルトルッチの魔法だ。
彼を中心としたドーム状の氷の壁が私たちを囲んでいた。
矢は壁の外。
「わりぃ。一か八かでやった…けど壁は分厚く作っといた!気にせず行け!!」
「おう!」
『権能因果』は魔法や魔術とは違う力が働いているようだ。
その矢が壁を貫通してまで飛んでくるのかはわからない。
でも貫通しない前提でみんな攻撃を仕掛ける。仕掛けるしかない。
ジオが飛び出す。
―鉤爪三閃―
私には一太刀にしか見えなかったが、剣の残像は3つある。
獣の鉤爪のような斬撃がブリッケンを捉えた。
スバッ
斬撃は確かにブリッケンの右腕に当たった。鮮血が飛び散る。
ブリッケンが顔をゆがませるが腕を切り飛ばせていない。
即座にジオが悔しそうな表情を浮かべ叫ぶ。
「魔套鎧か!」
魔套鎧とは、魔力で編んだ鎧のようなもの。
魔法や魔術の攻撃を防ぐために生み出された魔法だ。
コツを掴めば魔法を使える人間はみんな使える。
個々人の魔法適正によって効果に差が生まれるため、魔法適性の高い人間の生存率が高くなる。
マギカリスという名前は、万神大戦である神が着ていた『魔法攻撃を一切通さない鎧』にあやかっている。
さらに魔法に対して程ではないが、斬撃をも防ぐことができる。
とはいえ普通の鎧と同じで、完全に無効化できるものではない。
鎧を着ていれば剣の斬撃を防ぐことはできるが、剣が当たることによる打撃は受ける。
つまり鉄の棒で殴られるのと同じ物理ダメージは受ける。
ブリッケンが魔套鎧でジオの攻撃を防いだんだ。
でも血が出ている。
「クソ…碌に魔力も出せん…」
ブリッケンが苛立ったように吐き捨てる。
力が弱っているのか、全力を出せていないのかもしれない。
魔力を出し切れず、魔套鎧で防ぎきることができなかったのだろう。
それでも私たちを相手に圧倒している。
ボウガンを持つ右手に攻撃を当てたことで、次弾を防ぐことができた。
ヤツが本調子ではないのなら、私たちは今ここで畳みかけるしかない。
バチバチバチ!!
髪の毛が逆立つほどの放電。
ベルトルッチの魔法―氷結魔法・氷半球壁―は、空気を急冷し大気中の水分を凍らせる氷結魔法の基本だ。
つまり今私たちがいるドーム内は冷えて乾燥している。
「いいねぇ!環境最高だぜ!!」
雷電魔術・電荷解放
―雷砲―
バァァァアアン!!!!!
雷によって瞬間的に熱せられ膨張した空気の衝撃波が氷のドームを破壊した。
そして雷がブリッケンに直撃する。
「ぐああああああ!!!」
肉が焼けたようなニオイが立ち込める。
悪魔は黒い煙をブスブスと上げ動けない。
「マオ!!」
ベルトルッチが腕を踊るように振り回す。
岩の柱がグニャリと曲がり、マオのほうへと延びる。
彼女が岩の先端に乗ると、凄まじい速度でブリッケンのほうへと彼女を押し出した。
「くらえ!!!!!クソ悪魔ぁ!!!!!!」
目にもとまらぬ速さで射出された彼女が、身動きが取れないブリッケンに槍を突き刺す。
ズドォン!!!!!!
窪地が揺れるほどの衝撃。
ガラガラと瓦礫が落ちてくる。
土煙が晴れると、胸に槍が刺さりうなだれるブリッケンと、凛々しく立つマオがいた。
マオは振り返るとニカッっと笑い、親指を立てた。
「また何もできなかった…」
「へっへーん!悔しかったらあたしたちより速く動くんだね!」
悔しさを口に出す。
本当に私は何もできていない。
個々の強さとチームとしての強さ。その両方を兼ね備えたいいチームだ。
そしてジャックの咄嗟の判断。彼もまた十分な才能のある……
「まだだ!!!終わってない!!!!」
突然ホムラが叫ぶのと同時に走り出す。
みんなとっさにブリッケンのほうを見る。
人間であれば即死であろう攻撃だった。
しかし相手は悪魔だ。しかも伝説に語られる元神の大悪魔。
―その神、自らの名を捨て、自ら反転せし邪悪
己が信念を通すために人間を見捨てた
決してあきらめない強き心は権能ゆえか
その神狩り人なれば、獲物は逃さず
何人たりともかの神から逃げおおせること敵わず―
悪魔「ブリッケン」権能「必中」「不屈」
その悪魔はボウガンを構えていた。
権能の因果による必中の矢。
矢はマオに向けられる。
―権能因果・必中―
誰よりも早く気付き、行動に出したホムラ。
誰よりも速いジャック。
誰よりも近いジオ。
だが三人とも間に合わない。
ボウガンの引き金は引かれた。
金属のしなりが戻ろうとする力で射出される矢。
なぜだろう。
到底視認できるはずがない速度なのに…
"視える"!!!
ベルトルッチを見ると魔法を発動させていた。
私の動体視力を極限まで高めているんだ!
私は両手を突き出し人差し指と親指でカメラを模し、ターゲット「矢」を捉える。
―空間魔術・空間固定―
魔術展開と同時にベルトルッチの魔法が切れた。
スローモーションだった世界が元に戻る。
「ウッ!!くっ……」
次の瞬間私の魔術回路に凄まじい負荷がかかった。
神の権能。そしてその因果によって強化された矢を止めるということは、それと同等の力が必要になる。
"それ"を止めるために私の魔術回路に限界以上の魔力が流れ込む。
体の中が焼き切れるかのような激痛が走る。
今となっては悪魔だが、神の力に匹敵する力を止める能力など私にはない。『必ず当たる矢』を留め続けることはできない。
だけど一瞬の隙を作れればいいんだ。
こっちには稲妻がいる!
稲妻になったジャックがマオを抱きかかえ、雷速で移動する。
ブリッケンに向かって走りこむホムラとジオ。
「モニカ!!解けぇ!!!」
叫ぶホムラ。言われるまでもなくもう魔力が底を突くところだ。
私の術が解かれ、矢が再び動き出す。
ホムラが腕を伸ばし矢を自分から受けに行った。
矢はホムラの籠手に刺さり止まった。
「やっぱりな…ベルトルッチの心臓を狙っても、肩に当たって止まった。
つまり権能は"当たる"という因果にしか働かないんだろ!?」
「ぐぅぅ…!」
ブリッケンが恨めしそうにホムラを睨む。
つまり、『狙った心臓に”当たる”』のではなく、『心臓に”当たる”ように狙う』ということ。
『必ず当たる矢』の因果を達成させて止めたんだ。
そしてもう一人。
ジオは剣を右に流し構え、走っていた勢いそのままに薙ぎ払うように振るう。
ブリッケンは権能因果を防がれたことに驚き反応が遅れた。
ガッ!!ズバシュ!!!
ジオの剣は奴の腕をボウガンもろとも切り飛ばした。
「うぐあぁぁぁぁあああぁ!!!!」
悪魔の叫び声。
ボタボタと血が地面に落ちる。
体が内から焼かれ、右腕を切り落とされ、槍が胸に突き刺さった悪魔はうなだれる。
「まさか…こんなガキどもにここまで追いつめられるとは思わなかった…」
力なくうなだれる悪魔。
ブリッケンが連射の利かないボウガンだったことで救われたようなものだ。
弓で連射されていれば、全員無傷では済まなかっただろろう。
「肉体の劣化が著しい。こんな腐りかけの体に魔力を割きたくなかったが…」
「黙れ!」
ビュン!!
ジオが容赦なくブリッケンの首を断ち、地面に転がった。
ネームド悪魔は殺せる。
けど、ヤツらにとって肉体的死は死じゃない。
名前に魂が紐づけられていて、そのうち同じ名を持つ悪魔が現れる。
悪魔にとっての完全な死は名前の浄化。
上位の悪魔になるほど浄化の難易度は上がり、それができる人間も限られてくる。
私たちの中で浄化を行える人はいない。
ましてや元神の浄化なんて伝説級の浄化が必要。
今の私たちにできるのはこの悪魔に肉体的死を与えることだけだ。
「急いで戻って報告だ。コイツぁ紫以上の案件だぜ」
今回は多勢に無勢。さらには悪魔ブリッケンの力もかなり落ちていたようだ。
万全のヤツには私たちでは歯が立たないだろう。
考えただけでもゾッとする。
急いでギルドに戻り、対策を練らなければならない。
魔よけの加護を持ったブリッケンがいなくなった。
とすれば多くの魔物たちが寄ってくるかもしれないし。
マオが死体の方へと歩いていく。
ブリッケンだった死体に刺さる槍を抜き、ソレはドサリと地に伏す。
マオの表情を伺い知ることはできなかったが、肩を落としどこか悲しさを感じさせる背中だった。