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第一章 覚醒編 少年は稽古へと

「ということで、ホムラはウチのチームで見ていくことになりました!」

ドンドンドン!!パフパフパフ!!


カッと照り付ける太陽に体をなでるような爽やかな風。夏。

ギルドの食堂は昼間から酒を飲みかわすどんちゃん騒ぎを一部がしている。

しかし大抵のギルドメンバーは、ほぼ毎日更新される任務を消化するため、すでに出発している。

いつも忙しいヒロが急に姿を現したかと思えば、どこから持ってきたのかわからないドラムとラッパを鳴らし意味不明な言動だ。

これはきっと脳みそが溶けているに違いない。


「任務以外ではそれ脱いだらどう?見てて暑苦しいよ。魔法で冷やそうか?」

「暑さで頭がやられたワケではない!!!!」


私は彼の肩にかかっている毛皮の鎧を指さして言った。

硬質の毛が刃を受け止める役割を持っているらしいけど、どう見ても冬用の装備にしか見えない。


何も知らない人からは、真面目で寡黙な印象を持たれているヒロけど、実際はこんなだ。

つまり暑苦しくうるさい。

小さい子供たちと一緒になってはしゃぎ回る姿を見たっていう話もあるくらい精神年齢が(よく言えば)若い。

黙っていれば「ダンディなおじさま」なんだけど、この性格のせいで「愉快なおっさん」だ。

もっとも彼のそんな人柄が皆から慕われる要因なんだろう。

もちろん私も彼のそんな人柄が好きだ。

それに今日は予定もなく、暇だ。仕方がないので話に付き合うことにする。


「そもそもの話なんだけど、ホムラって誰?」

「あぁまだ言ってなかったな。「ロスト」のボウズのことだ。名前が決まったんでな。「ホムラ・リベリオン」だ。

ベネットとマリンが考えた。俺の案は全却下だったが…」


まぁ、だろうね。そんな話聞いてなかったし、いきなり言われてもわからない。

彼の名前が決まった経緯とかヒロが出した没案とかいろいろ聞きたいことはあるが…

何はともあれ名前が決まったことは良いことだ。今まで「彼」とか「ロストの」とかで呼んでいた。

あれではかわいそうだったから。


「で、私たちのチームに入るっていうのはどういうことです?」

「そのまんまの意味だ。ガーディアンに所属することになったからな」

「彼が望んで?無理やりじゃないでしょうね?あとタイミング的に次に入ってくる人たちと一緒のほうがよくない?」

「ガーディアンとして働きたいというのは奴自身の希望だ。うちのチームなのはまぁ…俺の希望だが」


話が水面下でトントン拍子に進んでいたのだろう。

ヒロの我儘に振り回され、頭を抱えるギルド長「ベネディクト・スロイアノフ」とビルドのリーダー「マリン・シヴレラ」が容易に想像できた。

創設時からの付き合いとはいえ、ヒロの突拍子もない発言に悩まされ続けてきたのだろう。

そう思うと気の毒に思える。


肝心のホムラ君はどこにいるのかと聞いてみれば、すでにこのことを話したジャックと今まさに訓練場でやりあっているらしい。

言葉よりも拳で語ったほうが早いとかなんとか。

男子の短絡ぶりに頭を痛めつつ、私は訓練場へと向かう。


ギルドの奥に行くと裏口があり、その外が訓練場になっている。

みんなそこで手合わせを行ったり、トレーニングを行ったりしてる。

扉を開け、訓練場へ出るとすでに激しい試合が始まっていた。


「おせぇ!!!!!」

「くっ!!!」


いきなり目に入る雷光。

ジャックは雷属性の魔術を駆使する狩人。

遠距離は弓、近距離は片手剣と使い分け、さらに自らを雷へ変化させる固有の魔術を持ち、稲妻のごとき速度で移動する。

遠近両方対応できて、しかもその距離を雷速で自在に操ることができるというかなりトリッキーな戦い方だ。

彼の才能は折り紙付きで、誰もが彼の将来に期待しているし、だからこそヒロが彼を見ることになった。


圧倒的な速度でホムラを圧倒する。

正面から切り込んできたジャックの攻撃を剣でいなす。次の瞬間にはジャックはそこにいない。

稲妻となり後ろへ回っている。がら空きの背中。


「取ったぁ!!!!」


ガキィン!!!!


金属音でジャックの攻撃が防がれたと知る。

素早く転身したホムラがジャックの剣を剣ではじいたのだ。

ホムラの体を捉え損ねたジャックの剣はそのまま振り抜かれる。隙だ。


ビュン!


刹那ホムラの剣は虚空を切った。ジャックがついさっきまでいた空を剣が通過していた。

ジャックは稲妻となって後退し、間一髪。

ほんの数瞬の出来事。

ジャックの額には汗。冷や汗だろうか。

ジャックがまた魔術を発動しようとした瞬間。


「そこまで!!!」


訓練場に声が突き抜ける。

ヒロが彼らの勝負を止めた。


「いいねぇ。初日からバチバチなのは。その調子でお互いを高めあってくれ」


心底楽しそうにヒロは言う。


「けっ。相手になんねぇ!コイツ遅すぎだ!」

「だがホムラから一本も取れなかっただろ?」

「………」


ジャックは俯き心底納得いっていないような態度をとった。

実際防戦一方ではあったが、ホムラはジャックの攻撃を防ぎきっていた。


「どうだった?ホムラ。こいつらがお前のチームメイトになる」

「速かった。攻撃が当たらなかったのも悔しい。あんたの下でならもっと強くなれるのか?」

「おう。なんたってクラスレッドの俺がいるからな!ついてこれれば人間の至れる極致まで育ててやるよ」


ガーディアンには階級制度がある。

任務を難易度分けし、危険なものほど上のランクしか受けられないといった感じに、

実力に見合った任務を受けられるようになっている。

初心者がいきなりワイバーンと戦っても成す術なく死ぬだけだ。

ただでさえガーディアンの職業寿命は短い。貴重な人材を失わないようにするための処置としてこれがある。

私たちガーディアン訓練生もとい「クラス・イエロー」(通称:ルーキー)

ワンランク上。指導役の判断で昇格させる、ガーディアン見習い「クラス・グリーン」

クラスグリーンでの働きぶりと試験によって評価されると「クラス・ブルー」へ昇格できる。

(緑から1年経っても青に昇格できない人は「クラス・ライトブルー」となる)

クラスブルーでも特に優秀で、上位ランクの人間から推薦を受けると、昇格試験受験資格を得られる。

その昇格試験に合格すると「クラス・パープル」になれる。


そして、ガーディアン最高ランクこそ「クラス・レッド」

みんなの憧れであり、ヒーローだ。

昇格条件は「レッドとしてふさわしいかどうか」

現在「クラス・レッド」はヒロを含め二人だけ。

というのもギルド創設間もないころは、レッド、ブルー、グリーンの三色しかなかった。

ギルド創設メンバーの一人で一番強かったヒロがレッドとして任についた。

時が経ちギルドも大きくなって、三色で分けるのも限界になり、徐々に色が増えていった。

しかし、ヒロが強すぎた。

強さ順でクラス分けをしようとすると、ヒロと同じ仕事をこなせる人間が全然いなかった。

そういうことで、クラスレッドはヒロと同等レベルであることが条件となってしまい、彼は「人類が至れる最高到達点」と呼ばれるようになった。

ヒロは「大抵の人はそこに至る前に戦いで死ぬか辞めていってしまう。年の功さ」と笑うが、実際のところ年を取れば至れるかと言われれば無理だと思う。


そしてこの階級制度は王国国内にあるほかのガーディアンギルドでも採用されたが、やはりクラスレッドを取得するに足る人間はいない。



そんなクラスレッドのヒロはここ10年、訓練生指導役をやってこなかった。

懇願されても首を縦に振らず、ひたすらに任務をこなしていた。


キッカケは悪魔にそそのかされ、正気を失い暴れた「風龍王フラグトニル・ドラゴンロード」討伐事件。

これは10年前、パープルのパーティーとヒロが一緒に任務を受け、結果パープルは全滅。ヒロはほぼ無傷で生還した事件だ。

そのパーティーはヒロが指導役として育てて来た子たちだったことから、彼は大きく落ち込み荒れた。

あらぬ疑いもかけられたり、そのことで派生した事件も多い。

そんなことがあってからヒロは指導役として弟子を取ることはなくなったのだ。


それが急に指導役を買って出て、私とジャックを名指しで引き入れたのだ。

周りはどんな心境の変化があったのかと不思議がっていたが、私は一度聞いている。


なぜ「急に」「名指し」で私とジャックを指導し始めたのか。


「俺はもう長すぎるくらいこの椅子に座ってる。疲れたのか?そうだな。

さっさと隠居して、ガレージで愛車眺めて余生を送るなんてのもいいなとか考えるが…

俺がいなくなりゃこの国、ひいては人類の大きな損失になる。

力をつけすぎた故に降りようにも降りれなくなっちまってな。

ようは後進の育成ってやつさ。俺の代わりになる奴を育てなきゃって思った」


普段通りヒロは笑いながら話してくれた。

その目は真剣そのものだった。


クラスレッドにしか任せられないという依頼は多い。

だから依頼が来ればほぼ確定でヒロが出なきゃいけない。

そんな状態で30年近く戦い続けて来たんだ。

人が5~10年で辞めていく業界でこれだけの責任を背負い、これだけ長く続けていられるというのは凄まじい功績だ。


人々から信頼され、憧れの存在。

それがクラスレッドというものなんだ。


「名指しの理由ね…

まずジャックだが、あいつは珍しい雷系の魔術回路を持ってる。そしてそれらを最大限生かせる才能も持ってる。

しっかり育てれば間違いなく「赤」になれる素質があると思った。

で、モニカはな……あぁ……あれだ、いい女に育ちそう…イダッ!」


鉄板入りのブーツで脛を蹴り上げる。


「冗談…冗談だよ…お前は正直まだ頭角を現していない。どんな才能があるのか、何に向いてるのか、よくわからない。

だけど、お前の目を見てな」

「目?」

「決意に満ちたいい目だった。ぶっちゃけた話、俺はお前が「赤」なりえるかと聞かれれば、「今のところない」と答える」


面と向かってそう言われ、実はかなりへこんだのを覚えてる。


「でもな。意思のない強者より、強い意志を持つ弱者のほうが時には強くなったりするもんだ」


そういうものなのだろうか。

というかはっきりと弱者って言った…

彼はそう言いながら夜空を見上げていた。

そんなヒロがホムラを指名し、受け入れたということは、ホムラもまたそこに至れるかもしれないと考えたからだろう。

そこまで考えたら私ももっと強くならなくちゃいけない。強くそう思った。

私はまだ何もできていない。ジャックに助けられ、ホムラに助けられた。

二人は才能や素質がある。それは私にもわかる。

私が選ばれた理由は言ってしまえばヒロの気まぐれだ。

なら私は努力をして二人を追いかけよう。

いや追い越そう。

私は一人決意を固めた。




翌日


ヒロに誘われ、私たちは広い草原にやってきた。


「ほれ」


ヒロがひょいと3人に木剣を無造作に放る

ん?

私も?


「うっし。やっか」


ジャックが私とホムラを見てニヤリと笑う。

ちょっと待ってちょっと待って!!

うぇ!?


ガン!カァン!!!


乾いた音が青空に響き渡る。





魔法で氷を生成し、頭に乗せる。

―治癒魔法・応急手当(ファストエイド)―で既に痛みもないが、こうすることで犯人に反省を促す。

バツの悪そうな表情の犯人の頭にはたんこぶがあった。

反省すればよいのだ。反省すれば。


今日は魔術なしで剣(木剣)を使った訓練をするらしい。

おそらくヒロの突発的な思い付きだろう。


ホムラとジャックが打ち合いをしている。

そして私はヒロと打ち合いだ。

とはいっても私は剣の振り方なんて知らない。

他二人の練習に比べたらごっこ遊びみたいなものだろう。

でもまぁ私は必死なんだけどね。


「もっと強く握れ。真っ直ぐ振るんだ。剣がブレてるぞ」

「はい!」


ビュウン

と剣が風を切る音がする。

空気の抵抗で刀身がブルブルと震える感触がある。

それに対してヒロが振る剣は

ヒュッ

とブレのない残像を残して振り抜かれている。


「なんで、私も、剣の、修行、なん、ですか!?」

「剣を使う魔族なんてごまんといるし、獣族なんかも剣を使う。お前自身が剣を知れば対処法も思いつきやすくなるだろう」


なるほどね。

でも現状私が遊ばれてる感じしかしないよ…


「ほれほれ。剣に振り回されてるぞ~」


木剣とは言えそれなりの重さがある。というか木剣のわりに重い。

なんでも重心を本物の剣に寄せるために、鉄の芯が中に入ってるんだとか。

流石に本物の剣ほど重くはないけど…重い…

まともに喰らえば骨も折れそうだ。

そりゃ剣ダコもできるよね。


「ヒロ!俺とやれ!!」


ジャックが吠える。

ホムラとの打ち合いを止めていた。

汗だらだらの私と違って、二人は額ににじむ程度。

しばらくただの打ち合いが続いていたからね。

どうやら飽きてしまったらしい。

早い…


「しょうがねぇなぁ」


後頭部をポリポリと搔きつつ、まんざらでもないような表情だ。

男子2人…いや、もはや男子3人と言ってもいいだろう。

男子共は目をキラキラさせ、今にも『レッツ!バトォウ!!!』な雰囲気だ。


男の子だもんね!元気が一番だよ!(あきらめ)

疲労感いっぱいの私は木陰で汗を拭きつつ、観戦させてもらおうじゃないの。


そういえばヒロが剣を構えるのを見るのは久しぶりかもしれない。

基本私たちと一緒にいるときは後方で腕組みして見守っているし、私が危なかった時も拳で魔獣を昏倒させていた。

そういえば魔法もあんまり使ってるところ見たことないな。


「どっちからだ?」


剣をクルクルと回し、対戦相手を待つ。


「俺だ!!」


ジャックが一歩前に出る。

魔法なしの剣術でいうとどれくらいのレベルなのだろうか。


「おし!いい心意気だ!ホムラ、合図くれ。それでスタートだ」


そういうと剣を左下段に構え、腰を落とす。

ジャックは中段後方に剣を構えて姿勢をさらに低く構える。






緊張の糸が張り詰める。


互いににらみ合い、時を待つ。


「はじめ!!」


ホムラの合図で糸は切られ、ジャックが地面を舐めるかのように飛び出す。

速い……!


カァン!!


木と木がぶつかる乾いた音が響き渡る。

ジャックが真一文字に振りぬいた剣は、ヒロには届かなかった。

ヒロは一歩引き、間合いを取ってジャックの剣を流したんだ。


「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ジャックはすぐに間合いを詰めて二度、三度と切りつける。

しかしヒロは詰められた分の間合いを引いて取り、避けたり剣でいなす。

攻撃しない。


「チィッ!」


やり合いたいと思ってたジャックとしては、防御しかしないヒロに苛立ちを募らせる。

状況が変わらないままジャックが数回打ち込んだ。


ヒロが剣から右手を放す。


普通に敵と戦っているときであれば、右手をフリーにしたことで魔法が…とか考えなければならないだろう。

しかし今は「魔法なし」の剣術勝負だ。

「片手で十分」とでも言わんばかりの態度にジャックは目に見えて不機嫌…いやキレてる。

実際片手になっても彼の攻撃を難なくいなし続けている。


怒りによって冷静さを欠いて入るものの、動きは変わらず鋭く速い攻撃を叩き込む。

冷静ではないけど、無茶な間合いの詰め方をしたりしない。


カンッ!


今まで通り攻撃を流したヒロ。が、流したあと左に飛ぶ。


ヒュッ


ヒロの左手の剣は上段から振り下ろされた。

大振り。


ジャックは難なく左に避ける。

完全に振り切られた剣は地面に着いている。

素人目に見たら今のヒロは「隙」だと思うだろう。

ジャックもそう考えたのか、ヒロの右脇腹を捉え、下段から切り上げる…


ドゴッ


鈍い音。

木と木の衝突音じゃない。


そう魔術「は」なしだ。


体が密着するほどに間合いを詰めたヒロ。ボディブローだ。

ジャックの腹に拳がめり込み、10メートルほど吹き飛ばされる。


さっきの上段からの攻撃は陽動。

わざと相手の芯から外し、左へ避けるように差し向けたのだ。


「ハッハー!甘いぞジャック!」


うわー…大人げねぇー…モニカとホムラは思う。


そう。ヒロの戦闘スタイルは「剣術」とはかけ離れた「力技」だ。

剣は使うが、拳も足も使うし、魔術だって使う。

剣はあくまで効率的にダメージを与えられる一手段でしかないと考えているのだ。

戦うために何でも使う様は、洗練された流派剣術や騎士剣術のようにスマートではないし、貴族剣術のような優雅さなどかけらもない。

泥臭い粗暴な戦い方。

しかしそんな男が「人類最高峰」と呼ばれているのだ。


吹き飛ばされたジャックは空中で身をひるがえし、きれいに着地する。


「クッソ!!大人げねぇぞ!!!」


他2人の弟子たちもそろってうなずく。


「ハッハッハ!今更!!」


開き直っているヒロは右手で上段から切り下ろす。

カァン!

ジャックが受け流………せない。

それは「斬る」ではなく、「叩き斬る」という方が正しいだろうか。

圧倒的なパワーに押され、ガクンと膝が折れる。


「ぐっ…」


呻くジャック。

ヒロは今度は両手で持ち、振りぬいた勢いで左から薙ぎ払う。

ガッ!

剣でそれを受けるも、両手で握られた剣はさらに重く、ジャックの体が浮く。

連続で重い攻撃を受け、完全に体制が崩れた。


立て直そうと地面に足をつけた。

しかしヒロはそれを足で払う。

チェックメイトだ。


倒れたジャックの首元にはヒロの木剣が添えられていた。


「ハァハァハァ…カハッ…クソ…」

「お前は便利な魔術がある。それを使えばもっと戦えただろう。つまりそこだよ」


木剣を首元から離し、今の戦いの反省を諭す。


「魔術を使う剣士は、本人が思っている以上に剣のほうを疎かにしちまう。お前は―雷操―に頼りすぎだ」

「…………」


ジャック自身も思い当たるところがあるのだろう。

彼は何も言わなかった。


「お前は応用力はあるが、一つのことに固執しすぎている。もっと広くいろんなものを使え」

「…………あぁ」


まさに今のヒロの戦い方がそれだ。

手数の多さ。それがジャックに足りないのだと教える。


ジャックは悔しそうに、それでいてスッキリしたような表情で起き上がり、ホムラと場所を変わった。

当たり前のように、そして流れるように二回戦「ヒロ vs ホムラ」が組まれた。

戦闘準備ということで、ホムラは靴ひもを縛り直すようにかがむ。


ホムラは記憶の混濁からか、魔法を使えない。

それでも昨日は雷装を使うジャックと互角に戦っていた。

純粋な剣士としての能力値がどれほどなのか、誰も知らない。


ホムラが真正面に剣を構え、腰を落とす。

対するヒロは右上段。剣先は天を向き、体を斜めに向ける。


「はじめ!」


張り詰めた糸は勢いよく弾ける。

ヒロは一歩踏み込んで上段からの切り込み。

ホムラはそれを身をひるがえして避けた。


避けたホムラはヒロの背中側へと回り下段から切り上げる…

ガッ!

ヒロが振り切った惰性で体を回し、左足がホムラの腕を蹴り上げた。

ゴッ!

勢いそのままに体を回転。今度は右足で頭を捉える。

ホムラはそれを腕でガードするも、超級の重い一撃に吹き飛ばされる。


モニカは息をのんだ。

はたから見ても凄まじい攻撃。

しかし決して彼女の目で追えないほどのスピードではない。

ヒロの強さは「速さ」ではなく「重さ」なのだ。

そうでなければドラゴンロードと実質1対1で戦い、無傷で帰ることなどできない。


頭直撃を避けたホムラだったが、全身を渡る鈍くも激しい衝撃。

脳震盪。

意識が飛びかける。


殺すつもりのない攻撃でこれかと恐怖する。


しかし、ホムラは気を持ち直した。

真っ直ぐ相手を見据える。

ヒロが走り寄ってくる。


ジャックに比べれば遅い。

攻撃も見切れる。

しかし「重すぎる」のだ。

受ければ体制が崩れるほどに。


そしてホムラの攻撃は見切られる。

たやすく弾かれる。

下手に攻めれば弾かれ、体勢を崩す。

そうすれば重い攻撃が来るだろう。


しかし、ホムラはその場から動かない。

剣を腰に。

納刀したかのような位置に構える。

ヒロはその構えに警戒する。

だが冷静だ。彼はそれがどんな攻撃でも対処できるだけの経験値がある。


間合いに入った瞬間、ホムラは斬った。

ように見えた。

いや、ヒロの視界は奪われた。


砂。

目くらまし。

魔術「は」なし。


観戦しているモニカとジャックが感嘆の声を上げている。


一本取れる。


弟子たちはそう思った。


しかしダメだった。


相手が悪かった。


何十年と最強の座に座り続ける男。

何十年も”守護者”として戦い抜いてきた男。

何十年分の経験。


視覚を失っても聴覚と触覚がある。

衣擦れの音。剣が空気を切り裂く音。

地面の揺れ。空気の動き。


ホムラの剣を剣で受ける。


見えていないはずなのに自分のほうを向いている。

ホムラは恐怖した。

殺気はない。

ただ息苦しいほどの威圧感。


ヒロは胴を狙って右足で蹴りを入れる。

結果としてホムラのへそ辺りに当たった。

恐ろしいほどの精度だった。


ホムラはまさかの出来事に動揺し、受け身をとれなかった。

少年が上体を起こそうとすると、切っ先が額に当たった。





「うおー!目がぁぁ!!!!」

「はいはい。洗い流しましょうねぇ」


水筒の水を魔法で操って目を洗ってあげる。

がっつり目に入ってしまったらしく、かれこれ10分くらいこうしている。

ホムラは申し訳なさそうに小さく座り、しゅんとした表情で俯いているのが何かおかしかった。

で、もう一人は…


「ブッハハハハハハハ!!!!ホムラよくやった!!!いい気味だぜぇ!!!!」


抱腹絶倒。大爆笑。

過呼吸になるほど笑い転げるものありけり。

名をジャックという。


「フンッ!」

「ガハッ!」


まだ目を洗っているというのに、手元にあった木剣をジャックに投げ、頭に当たった。

スコーン!!!と風情のあるいい音が鳴る。


素人目ではあるけど、ホムラの動きは良かったと思う。

それ以上にヒロが強かった。

目をつぶされてもなお余裕が見えた。

おそらく男子二人はその差を直に感じ取って、さらに上を目指そうと思っているはずだ。

ホムラはヒロからさっきの戦いについて良かったところ悪かったところを教わっている。


…私は?


「よし!次は魔法解禁。魔術師モニカを加え、パーティーで『クラスレッドの討伐ミッション』だ!」


おっとまだやる気らしい。

次はそれぞれができることを全力で投入する総力戦というわけだ。

いくら何でも3対1。

私たちに分がある。

前衛二人の援護をして隙ができれば私も攻撃。

おまけに相手は余裕があったとはいえ3戦連続だ。

よしッ!行けるっしょ!!




その後私たち3人は地に伏していた。

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