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第一章 覚醒編 出会い

森の中は空気が冷たく重い。外界の物を拒むような独特な雰囲気。

浅いとは言っても木々の枝葉に遮られ、日の光を直接見ることはない。

イノシシのような魔獣の死骸が前方に転がっている。

まだ新しい。

他の魔獣に殺されたのだろう。


そしてその死骸をついばむ小型の鳥型魔獣数羽を確認。

カラスのようだが、その大きさはカラスのものではない。

「バグブラック・レイブン」

カラスはもともと黒いじゃんとツッコミたくなるけど、コイツの黒はただの黒じゃない。

まるで空間に穴が開いているんじゃないかと思うほど真っ黒で、名前を付けた人はまるでバグのように思ったのだろう。

見たことのない悍ましい化け物も当然怖いけど、見慣れた姿をしている全く別のものもめちゃくちゃ怖いものだ。

目は赤く光り、見続けると意識が飲み込まれそうになる。


首をカクカクと動かすのは鳥類ではよくある仕草だけど、奴らがすると悍ましいの一言に尽きる。

こちらに気付いた。

食事を邪魔されると思ったのか、魔獣の特有の攻撃性からか。

ノータームで攻撃態勢。

助走なしでトップスピードに達するほどの推進力。

頭から突っ込んでくる。


異常事態という特例ではあるけど、もとは自分の実力を試すために来たんだ。

私がヒロより前に出て構える。

突き出した腕に魔力を回す。

魔法は感覚的なものだ。頭の中でイメージする。

空気を冷やす。

分子の運動を魔力で止めるように。

同時に空気中の水分を集める。

集まった水が急冷され、氷の粒ができる。


―氷結魔法・氷塊矢―


空気中の水分を凍結させ、複数の氷塊を魔力で弾き飛ばす。

水魔法と大気魔法を合わせた攻撃魔法。

空気中の水分と気温に左右される魔法だが、

湿度がある程度高く、気温が低めの森の中では最適解だと思った。



鋭い氷塊は鳥型魔獣の胴や翼を貫通し、息の根を止めた。

けど、矢で勢いが殺しきれなかった死骸がいくつか私たちのほうへ飛んできた。

とはいえある程度勢いは殺していたから難なくよけられた。


「いい判断だ。でもスピード・威力共にまだまだ課題ありだな。

魔力出力のコツを掴めば難しい話じゃない。モニカならすぐに掴めるだろう。

あとは…」


そこまで言ってヒロが右手を前に突き出し、左手を遮るように手前に構え、パチンと指を鳴らす。

ーフラッシュー

指先に魔力を集中させ、衝撃と摩擦で強い閃光を一瞬だけ放つ超基礎的な魔法。

炎系魔法の入門として最初に学ぶものだ。

大抵の人間ではちょっとした光にしかならないが、ヒロが放った閃光は太陽の光かと錯覚するほどに強力で、

辺りはまさに光に包まれた。

ぎゃあぁぁぁあ…

追加で襲ってきていたレイブンたちが断末魔を上げながら発火した。

何が起きたのか理解が追い付かない。


「あとは敵を知り、それに対して最適な攻撃が何なのかを判断する知識だ」

「えっと…つまり?」


ヒロのフラッシュの威力に呆気に取られつつ質問をする。


「バグブラックはその黒さから光を吸収しすぎてしまうんだ。黒い服で日光浴びると暖かく感じるだろ?あれと同じ原理だな。

 で、さっきみたいな強すぎる光を浴びると発火するほどに光エネルギーを吸収してしまうのさ」

「……あんな「フラッシュ」見たことないよ…」

「ハハハ!人より長いからな!歴が違う!」


豪快に笑うヒロ。

ベテランゆえの余裕か。

圧倒的な力量と経験値からくる差を目の当たりにして、私は自分の小ささを痛感した。


「環境を見て氷塊矢を選んだのは良いことだ。次は魔力の出力を底上げする訓練を考えよう!」


実際私の魔力出力は現状まだまだ全開には程遠い。

この魔法を教えてくれた人のはもっと氷塊が大きく、速度も圧倒的に早かった。

ヒロの力も目の前で見て、まだまだ実力が不足していることを痛感し、心から喜ぶことができなかった。

が、進歩しているということが実感できたし、判断をほめてくれたのは素直にうれしかった。


さらに奥へと進む。道中小型の魔獣と遭遇する。

そのたびに魔獣の特性とかを教えてもらいつつ倒していくと、明らかに人工的に書かれた白線が見えてきた。

魔獣たちをこの森へ閉じ込める魔術陣だ。

ヒロはしゃがみ込み陣を見る。


「魔力の流れが止まってる。やっぱり機能していないな」


魔術陣は、魔術言語で書かれた印に魔力を流すことで魔術を発動させる。

それがこの森を一周囲むように書かれ、魔獣を閉じ込める結界として機能していた。

魔力が陣に流れていないということは、当然魔術として機能するはずもない。

本来であれば、魔獣は入ることはできるが出れない。人間は既定の門からでないと出入りができないほど強力な魔術陣であるはずだが。

木の上を移動する物音がし、サッと人影が落ちてくる。


「中型魔獣複数体が暴れてらぁ。かなり興奮しているみてぇだぜ」


偵察していたジャックが戻ってきた。

おおよその場所や行動などの情報を報告する。


「奴らからすれば事実上縄張りが増えたようなもんだからな。オス同士の縄張り争いか?」

「それなんだけどよぉ。どうも縄張り争いっぽくねぇんだよな」


ヒロの問いに対し待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らす。


「何かを複数で追っかけ回してるようにも見えた。狩りか?にしちゃあ暴れすぎだ」


彼は王国内でも名の知れた狩人の息子。

教わったのか、生まれ持った才能か動物の行動に関する観察眼は確かなものだ。

ここまでの情報があればおのずと頭に浮かぶことがある。


「先客…『荒らし屋』か…」


一気に気が重くなる。

「荒らし屋」というのは、国王から認可を受けていない非正規の「ガーディアン」といえば早い。

仕事内容は私たちと同じなんだが…

「荒らし屋」は大抵、暴れたいだけのならず者たちだ。

私たちギルドに所属する「ガーディアン」とは違い、面倒な依頼手続きや事前調査もなしで魔獣などを討伐、やりたい放題する連中で、

私たちが駆け付けたころには仕事場は荒らされ、仕事もなくなっていることもある。

依頼主からすれば、安くて早く解決するのだから悪いことではない。

私たちにとっても仕事がなくなっている分にはまだいいのだ。

問題なのは連中はしょせんチンピラの集まり。かなりの確率で失敗する。その後始末と仕事を同時にやらされるのだ。

だからこそ魔術陣の人間の出入り制限が厳しく設定されている。


「めんどくせーな。いっそ連中ごと殺っちまうか?バレねぇだろ」

「そういうわけにもいかんだろう。だが捕まえたら責任は取らせる。……………あと何発か殴る」

「あー俺もやるわそれ」


ヒロが本気で殴れば死にかねないが、大丈夫だろうか…

そんな軽口をたたきつつ、私たちは問題の方角へと向かう。

木はうっそうと茂ってはいるものの、浅部の森は人間の手によってある程度は間伐され、管理はされているので移動はしやすい。

とりあえずの作戦は陣を超えた中型魔獣の駆除を優先し、その後陣の調査を行う。


グガゴォォォウ!!!!


けたたましい獣の咆哮。そして大地が揺れる。

また咆哮。そして木々が揺れる。

ジャックの言っていた通りかなり興奮状態で、暴れまわっている様子だ。

そこら辺の木にも真新しい大きく深い爪の傷が見られる。


「ジャイアント・グローブ・グレズリーだな」


ジャックが言う。

「ジャイアント・グローブ・グレズリー」とは、腕と爪が異様に発達した巨大な熊の魔獣で、

巨体の圧倒的な怪力と発達した爪による攻撃は、一撃でも致命傷に至る危険な相手だ。


そんな魔獣が音から推察するに、おそらく3体もいるとなるとかなり危険。

そして、確かに人の気配がある。人間とグレズリーが戦っているのだろうか。

木々の奥に強い光が見えた。そこで気づく。


暖かい


さっきまでの冷たい空気とは違う暖かい空気。

戦闘音の聞こえる方向へ近づくにつれて気温が上がる。

ヒロもジャックも気が付いているようだ。「荒らし屋」だろうか。

そう逡巡していた次の瞬間


ボッ


帯状の閃光が放たれ、気温が一気に上がる。灼熱の光線は私とジャックの間を突き抜けた。

ヒロがとっさに腕を引いてくれたおかげで避けることはできたが、装備の一部が焼けた臭いがする。


「ジャック!無事か!?」

「余裕だっつの!!」

「モニカは?」

「私も大丈夫です!」


光線の通ったところは全てが焼かれ、地面は水気を失い砂のようになっている。

防御魔法のない人間だったら直撃でなくとも死んでいただろう。

今のは間違いなくグレズリーの攻撃ではない。私たちに対する攻撃の意思があったのか。

当然今の攻撃が私たちに対するものであったとしてもなかったとしても、危険な人物である可能性が出てきた。

ヒロは素早く腰の剣を抜き、ジャックは弓を引き絞る。

私は魔術展開体制へ移り、それぞれが戦闘態勢に入った。

が、静かだ。

さっきまでの咆哮や戦闘音が嘘のように静まり返る。

緊張が走りつつヒロが先陣を切って光線の発生源と思われる現地へと入る。

そこにはグレズリー3体の死骸が折り重なるように転がっていた。

さっきの光線一発で3体の心臓を穿っているようだった。

死骸の対角に視線を移すと人が倒れている。

薄暗い森の中で、煌々と赤く光る剣を握り、気を失っているようだった。

見たところ体中傷だらけで、装備もボロボロ。

剣は傷があるものの立派なものだ。さっきの光線による熱で金属が赤く光っている。

ならず者の「荒らし屋」にしては立派すぎる剣に戸惑いながらもヒロが口を開く。


「こいつを結界を無効化した容疑者として拘束する。が、その前にモニカ、治療を頼む」

「わかった」

「ジャックはここに残ってモニカの援護と周辺の警戒を頼む。何かあったら笛で呼べ」

「あんたは?」

「陣の損傷個所調査と修復だ。近場になければ戻ってくる。ここは任せた」


そういうとヒロは森の中へ消えていった。

ベテランで強くて、指示も的確で頼りになるんだけど、頼りにできないもどかしさ。

こんな場所で新人二人と未知の危険かもしれない人物をおいて行くのはいかがなものか。

信頼されていると思えば悪くないかもしれないけど、不安なものは不安だ。


謎の人物の治療に移る。まず性別・男。年齢・私と同じくらい。

ボロボロの服を脱がすと、案の定細かい傷、打撲痕が無数にあり、中にはかなり出血している傷もある。


「この傷はグレズリーのじゃないな」


治療を開始する私の横からジャックが顔をのぞかせて言う。


「グレズリーの攻撃は基本的にでっけぇ手を使った振り下ろしたり薙ぎ払いの攻撃だ。刺し傷なんざできやしねぇ」


確かに見てみると鋭利な刃物で刺されたり、切られたような傷だ。

それ以外の傷もグレズリーがつけた傷にしては小さかったり、体格差的に角度がおかしいものが多数あった。

もちろんグレズリーによる傷もあったけど。


「それじゃあこれって…」

「あぁ…人間か獣人の武器での傷だ」


それこそ野蛮な盗賊のような連中に襲われてここへ迷い込んでしまったのだろうか。

だとすれば身柄を拘束するのはかわいそうだなって思った。


グガゴォォォウォォォオオアアア!!!!!!!!


突然空気が震え、世界そのものが揺れているのではないかと錯覚するほどの超咆哮。

さっき見た死骸のジャイアント・グローブ・グレズリーよりも二回り大きいのではないかと思えるほどの巨躯。

これだけのモノの接近に気付けなかった…

ジャックが何かを叫んでいるようだが、先ほどの超咆哮で耳鳴りがひどく聞き取ることはできない。


ゴッ!!


左半身に強い衝撃。

鈍い音とともに激痛と無重力感。

グレズリーの大きな腕部での薙ぎ払いで私は吹き飛ばされ、宙を舞っていた。

脳がフル回転して時の進みが遅くなったように感じる。ジャックはどうしただろう…

投げ捨てられた人形のようにぐるぐると回り、宙を舞いながら視線を動かす。

瞬間稲妻が走る…


「ボサッとしてんじゃねぇ!!バカ!!!」


ジャックが私を空中で抱きかかえ、また視界が光に包まれる。

次の瞬間には地に足がついていた。鈍い痛みが全身を支配する。

動かそうとすると激痛。左腕が完全に使い物にならなくなってしまった。


「魔法は使えんだろ?援護する!逃げるぞ!!!」


ピィィーーーーーーー!!!!!!


ジャックは笛を鳴らした。緊急事態を知らせる笛。

これでヒロには異常が伝わったはずだ。

アレは今の私たちが叶う相手じゃない。

魔獣は強い光、太陽を嫌う。

今するべきは森の外へと逃げ、身の安全を確保すること。

私は森の外へ走る。が、痛い…。呼吸もまともにできない。意識も遠のく…。


―フラッシュ―


私の背中で閃光が放たれた。ジャックの魔法だ。

グレズリーは一瞬怯んだが、すぐにジャックを吹き飛ばす。

彼はとっさに防御し、大きな怪我はしていなさそうだった。

重症の私はどのみち足手まといにしかならない。

今のうちに急いで森の外へ出なくては。

全身が痛み、まともにまっすぐ走ることができない。もはや呼吸をする余裕もない。

痛覚鈍化の魔法を発動させ何とか走る。


ただひたすらに走り続けた。何も考えていなかった。

ただ真っ直ぐ外へ。

ジャックを吹き飛ばした後、再び攻撃対象を私に切り替えたグレズリーは真っ直ぐ迫ってくる。


木の根に足を取られ、地面に伏す。湿った土と緑っぽい臭い。全身がまた痛む。

グレズリーの足音が近づく。ジャックの怒声と閃光が幾度となく放たれる。

振り向くと4足歩行で走り寄ってくるグレズリー。

その体には数本の矢が刺さっているものの意に介さず、まっすぐ私のほうへ駆け寄ってくる。

…もう体が動かない…

他でもない自分の意思でギルドに所属し、一人前のガーディアンとして人々を助けたい。

命を危険にさらす任務ばかりで、5年で死ぬか辞めていくかの世界。

そんな仕事だということは知っていたのに…理解していたのに…覚悟していたのに…


「死にたくない…!」


ボゥワッ!!!


突然目の前に火柱が上がる。息を吸えば肺が焼かれるほどの業火。

瞳に浮かべた涙が一瞬で蒸発した。


目の前で巨大なグレズリーの胸から、剣の切っ先が突き抜けていた。

心臓を焼かれている。

悲鳴にも聞こえる雄叫びを上げながら巨躯が大地に伏した。

横たわるグレズリーの上には燃える剣とボロボロの少年がいた。

彼はフラフラと立ち上がると、剣を抜こうとする。しかし力がなかったのか抜けることなく彼は倒れてしまった。


そして…


私も…気が……遠く………

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