後編。
〇須加井家・リビング (夜)
談笑する今日子・大佳・寧々。
今日子「いいえ、わたしは言うてません」
大佳「でも、お父ちゃんもお母ちゃんもわたしも聞いたんやもの」
今日子「あんた、あん時いくつよ?」
大佳「二つ下やん、五つよ」
今日子「なら、あんたの記憶のが間違うてるってこともある。寧々ちゃんは?」
寧々「五つ下やから、二才かねえ、なんも覚えてません」
扉の開く音。晴人と又男が入ってくる。
晴人「母さん、又男さんとも探してみたけど、やっぱニワトリ見付からんわ」
今日子「裏の社は?エサは?撒いてみた?」
晴人「でも、父さんも言うてたとおり、帰ってくるの待ってた方が確かやで」
今日子「いや、安人さんはそう言うたし、わたしも同意しましたけれど、」
晴人「だから、一度みんなで決めたんだし、」
大佳「(少し笑いながら)ほらな」
今日子「なによ?」
大佳「お姉ちゃん、一度思い込んだら直せへんのよ、昔から。考えてるようで考えてへんし、そのくせ自信だけはあるし。言うたこと言うてないって言ってもおかしいないわな」
晴人「ああ、いっつもそんな感じ、」
今日子「晴人!」
大佳「なによお、晴人くん責める必要ないわ、本当に覚えてないん?」
今日子「覚えるも覚えんも、わたしがお母ちゃんの顔忘れるわけないやろ」
寧々「だから、分からんかったって話ちゃうの?」
今日子「一緒よ、分からんはずないもん」
又男「あの、」
大佳「どしたん?」
又男「なんの話しとるんですか?」
笑い出す今日子・大佳・寧々。
寧々「そやねえ、途中から聞いてもなんのことか分からんわねえ」
今日子「分からんでエエんよ、この子らの作り話やから」
大佳「作り話やない言うてんのに。あのな、この今日子おばちゃんな、」
今日子「大佳!」
大佳「ええやん、ウソならウソで聞いてもらえば、」
今日子「ウソはアカンやろ」
寧々「あのな、今日子姉ちゃんが七つのときな、」
今日子「寧々ちゃん!」
大佳「七五三で大山さんの神社に行ったんよ、みんなで着飾って」
今日子「もうエエわ、好きにし」
寧々「わたしは覚えてないんやけど、写真が残っとって、お父ちゃんも背広着たりなんかしてね」
大佳「もちろん、メインは七つになったお姉ちゃんやから、えらいエエ着物準備して貰うて」
寧々「でも、写真に写った顔がまた不細工で」
今日子「寧々ちゃん!」
大佳「せっかく髪もキレイにして貰っとったのに、泣きはらした顔しとんよ」
又男「なんで泣いたんですか?」
寧々「そこ、そこが話のメインでね」
大佳「その日、お母ちゃんの美容室がえらい混んどったらしゅうて、お母ちゃんだけひとり遅れて来たんよ」
寧々「ああ、それで、あたしお父ちゃんに抱かれとったんかねえ?」
今日子「あんたも分からんで泣いたからちゃうの?」
晴人「分からんって何がですか?」
大佳「でな、お母ちゃんだけ遅れて来て、鳥居のとこで待っとったお姉ちゃんに後ろから近付いて『だ~れだ?』ってやったんやって」
寧々「『う~ん?お母ちゃん?』『当ったり~』」
大佳「で、お姉ちゃんが振り向いて、お母ちゃんの顔見て、そしたら、この人、いきなり泣き出したんよ」
晴人「なんで?」
大佳・寧々「『お母ちゃんやない~』」
今日子「はいはい」
大佳「『なに言うてんの、お母ちゃんやで』」
寧々「で、改めてじーっと見ても、『お母ちゃんちゃう~~』」
大佳「『ちょっと、今日子、よおく見なさい、お母ちゃんやろ?』で、また、真剣な顔でしばらく見つめ合って、『な?お母ちゃんやろ?』って言うたら、」
大佳・寧々「『こんなキレイな人、うちのお母ちゃんちゃう~』」
大佳「と、都合三回、否定したらしいんよ」
寧々「そしたらお母ちゃん、それから三日ぐらい寝込んだらしいで」
笑い合う大佳と寧々。
今日子「(小声で)そんなことない思うんやけどねえ」
〇須加井家・玄関 (深夜)
玄関の引き戸が開く音。
祐太が家に入って来る。
又男「祐太兄さん?」
祐太「なんや又男くんか、どしたん?」
又男「兄さんこそ、こんな夜更けにどこ行ってたんですか?」
祐太「ああ、裏の神社さんにな」
又男「ニワトリですか?」
祐太「(苦笑しながら)ちゃうちゃう、毎日行っとるんやけど、明日ゆうか今日はバタバタするやろうから、事前にな」
又男「おまいり?」
祐太「そう」
又男「毎日行ってるんですか?」
祐太「あそこの神さんには世話になっとるけえねえ、毎日行かんと、なんやしまらんのんよ」
又男「ご商売の神さまとか?」
祐太「(笑いながら)ちゃうちゃう。なんや、おじいちゃんとおばあちゃんの話、聞いたことないか?」
又男「神社の?」
祐太「神社の」
又男「聞いたことない――と思います」
〇須加井家・台所 (深夜)
お湯の沸く音。
テーブルに座る又男。
コーヒーを準備する祐太。
祐太「インスタントやけどエエ?」
又男「ええ、全然」
祐太「いくらお通夜や言うても、眠いもんは眠いもんなあ――はい、ブラック」
又男「(コーヒーを受け取りながら)ありがとうございます」
祐太「うちの人らはおしゃべりばっかやから、神社の話も聞いとる思うとったんやけど」
又男「あ、でも、色々聞きましたよ。水がめの話とか、キレイなおばあちゃんは分からんかったとか」
コーヒーを吹き出す祐太。
祐太「キョウコ姉さんの七五三?」
又男「そうそう」
祐太「まあ、あの三人は明るい話ばっかり覚えとるんかもね。おじいちゃんもおばあちゃんも苦労ばかりのわりに明るかったし」
又男「――右足の話ですか?」
祐太「まあ、ぼくには分からんけど、やっぱり、大変だったと思うよ」
又男「大陸でしたっけ?」
祐太「正確には、引き揚げ船。ロシアかどこかの大砲なんやろうけど、詳しいことは話さんし、話せんよね」
又男「でも、右足を失くしたのは本当ですもんね」
祐太「そうね。でも、それでも子どもが4人もおるし、商売も軌道に乗せたし、大したもんやと思うよ」
又男「普通は出来ませんもんね」
祐太「まあ、それこそ、お母ちゃんと裏の神さんの――ああ、その話やったな」
又男「なんの神さまなんですか?」
祐太「そこんところはよう分からんのんやけど、なんて言うか――おじいちゃんな、引き揚げ先の博多で、自決しよう思うたらしいんよ」
又男「えっ?」
祐太「戦争で負けて、友だちもようけ死んで、自分は右足なくして、博多までは来たけど、そっからここまでまだまだ遠いし」
又男「でも、自決って」
祐太「軍からもろうた拳銃、弾が一発だけ残っとたんやって。で、『これも天命かも知れん』とかなんとか思ったんやろうね。博多港の近くに神社さんがあったそうやけど、そこまでお参りするとかなんとか言って、地元のひとか誰かに運んでもらって。ほら、もう片足ないけん、一人じゃ無理でしょう」
又男「――それ、本当の話ですよね?」
祐太「(苦笑して)こんなんでウソついても何にもならんでしょう?まあ、お父ちゃんとお母ちゃんの話を合わせた話やからどこまで正確かは分からんけど――僕らが生まれとるんやから、少しは本当の部分もあるんでしょうねえ」
又男「じゃあ、死にはしないんですよね?おじいちゃん」
祐太「(笑いながら)そこで死んどったら、ここでこうしてあんたと話しとらんよ」
又男「あ、たしかに」
祐太「で、えーっと、そうそう、誰かに神社までは運んでもろうて。その後――片足でどうやったかは知らんよ?その後、一人っきりで、神社の裏の林みたいになってるところに行ったんやって。――で、残っとった弾を拳銃に入れて、自分のこめかみのところに銃口を当てて、そして――パンっ」
突然の大きな音にビクッとなる又男。
祐太「(笑いながら)ビックリした?」
又男「――ビックリさせんといて下さい」
祐太「でも、実際には、撃たんかったんやって、そん時、代わりに、空のたかーいところで、なんや見たこともないような真っ白い鳥が『ぴいぃっ』って鳴いたんやって」
又男「――それで?」
祐太「それで――正気に?というか、我に返って?死ぬのを止めて、こっちに戻って来ることにしたらしい」
又男「よかったですねえ」
祐太「で、こっちはお母ちゃんが言うてたんやけど――『ちょうど、わたしも、その日・その時、裏の神社さんにお参りしとってん』って」
コーヒーを一口すする祐太。
祐太「(少し涙声になって)『どうか、お父ちゃんが、無事に戻って来ますように』って――」
コーヒーを一口すする又男。
祐太「(明るい口調に戻して)なんかな、あっちとこっちの神さん、ご夫婦らしい」
N「そう。まあ、まだ、私らが夫婦になるずっと前のお話ですけどね」
〇須加井家・大座敷 (明け方近く)
今日子・大佳・寧々・晴人の談笑。
ふすまの開く音。
大座敷に入って来る祐太・又男。
今日子「ああ、又男くん、どこ行っとたん?おばあちゃんの話、もういっこ想い出したよ」
又男「ぼくも、さっきまで祐太兄さんの話を聞いてて、」
今日子「ああ、祐太もおるんならちょうどエエわ、あんたがメインの話やし」
祐太「ぼく?」
今日子「ドレミのうた」
祐太「ドレミのうた?」
今日子「ほら、あんたが小学校で習うて来て」
大佳「お母ちゃん『歌なんか苦手や』ゆうのに『いっしょに歌って』って駄々こねて、」
寧々「それでわたしらも付き合わされて、」
今日子「お父ちゃんも付き合わされて、」
大佳「それでしばらく、うちのテーマソングになってた」
寧々「おぼえてない?」
N「(小声で)おぼえてないはずないわね」
突然、歌い始める今日子。
今日子「ドはドーナツのド~」
晴人「歌うの?」
大佳「レはレモンのレ~」
晴人「おばさん?」
寧々「ミはみんなのミ~、――ユウちゃん!」
晴人「寧々さん?」
祐太「ファはファイトのファ~」
晴人「おじさんも?」
リビングの方から安人・啓大・よう子たちが大座敷に入ってくる。
今日子「ソは青い空~~」
大佳「ラはラッパのラ~~」
安人「母さん、どうしたんだ?」
寧々「シは幸せよ~~」
晴人「知らん、いきなり歌い出した」
今日子・大佳・寧々・祐太「さぁ、歌いましょう~~」
今日子「ほら、晴人!」
晴人「えっ?!」
又男「ドレミファソラシ」
今日子「ああ、又男くんに取られた」
大佳「ドドシラソファミレ、――又男ようやった」
寧々「ドミミ」
祐太「ミソソ」
晴人「えっと、」
安人「レファファ」
晴人「父さん?」
啓大「ラシシ」
晴人「おじさん?」
今日子・大佳「ドミミ・ミソソ」
寧々・祐太「レファファ・ラシシ」
篤子・采茉子・忠子が大座敷に入ってくる。
采茉子「おばさんたち、どうしたんですか?」
今日子・大佳「ドミミ・ミソソ」
寧々・祐太「レファファ・ラシシ」
晴人「分からん、いきなり歌い出した」
よう子「ソードーラーファー」
晴人「よう子さんは違うと思うてたのに」
又男「ミードーレー」
篤子「でも、なんか楽しそう」
晴人「姉さん?」
今日子「ソードーラーシー」
篤子「ドーレードーー」
晴人「歌っちゃったよ」
今日子・安人「どんなときにも」
大佳・啓大「列を組んで」
晴人「よう知らんわ」
寧々・又男「みんな楽しく」
祐太・よう子「ファイトを持って」
篤子・忠子「空を仰いで」
晴人「忠子ちゃん?」
采茉子「ランラ ランランランラン」
晴人「トマちゃんも?!」
一同「しあわせの歌~~」
N「(小声で)ほら、晴人」
晴人「(しぶしぶと小声で)……さあ、歌いましょう」
歓声を上げ、晴人に拍手を送る一同。
晴人「(照れながら)あ、ありがとうございます」
今日子「それじゃあ、もう一回!」
晴人「えっ?」
手拍子・足拍子を始める一同。
“13人分の”手拍子・足拍子が響く。
今日子・安人「ドはドーナツのド~」
大佳・啓大「レはレモンのレ~」
寧々・又男「ミはみんなのミ~」
祐太・よう子「ファはファイトのファ~」
篤子・忠子「ソは青い空~~」
采茉子・晴人「ラはラッパのラ~~」
N「しあわせの歌~~」
一同「さぁ、うーたーいーまーしょう~~」
一斉に手拍子・足拍子を止める一同。
一同「ドレミファソラシ、ド・ソ・ド!」
一瞬の沈黙。
N「みなさん、よう出来ました」
歓声をあげる一同。
一同やり切った感じでのワイガヤ。
今日子「そういえば、最後の歌詞、間違えてなかった?」
大佳「お姉ちゃんちゃうの?」
今日子「ちゃうよ、寧々ちゃん?」
寧々「ううん、わたしもちゃうよ」
玄関の方からニワトリの鬨の声。
忠子「あ、帰ってきた」
〇火葬場
お坊さんの読経。
N「と、まあ、そんなこんなのお通夜も明けまして、親族一同打ち揃って、今は火葬場でおばあさんが焼き上がるのを待っております」
参列する一同のむせび泣く声。
篤子「(小声で)お母さん、そこ、私が座ってたんよ、自分の席に戻って」
忠子「(小声で)小説にするんですか?」
又男「(小声で)いいや、シナリオにする」
啓大「(小声で)ギリシャの話、うまくまとまったって」
大佳「(小声で)スペインやなかった?」
采茉子「(小声で)まだ、わき腹が痛い」
N「(小声で)ピッピさんには、私からよく言うとくわ」
寧々「(小声で)形見分け、宝石類どないしよ?」
今日子「(小声で)ダイヤは譲るから、翡翠ちょうだい」
祐太「(小声で)ちょっと、ふたりとも」
安人「(小声で)歌のせいで喉が痛い」
よう子「(小声で)焼きあがるのって、結構かかかるですねえ」
晴人「(小声で)『焼きあがる』って言いかたもどうか思いますけどね」
近くでニワトリの鬨の声。
一瞬、お坊さんの読経と一同のむせび泣きが止まる。
忠子「ああ、また逃げられた」
(了)