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中編。

〇須加井家・リビング (夜)

 テーブルを囲み夕食をとる一同。


N「と、まあ、そんなこんなもありましたが、親族一同会い揃いましたので、夕食時間となります」


 各々好き勝手なことを話す一同。


篤子「じゃあ、忠子ちゃんだけそこに置いていかれたん?」


忠子「そうなんですよ。でも、みんな負けて落ち込んどったし、仕方ないかなあ、と」


又男「父さん、今日は勝った?」


啓大「それが、買うタイミングもなかったんよ。ギリシャからのお客さんで昼飯も食べられんかったし」


大佳「この人、まだ辞められんのんよ、馬」


采茉子「篤子姉さんのエジプト行きってどうなったんでしたっけ?」


N「(小声で)イギリス人と別れたんでキャンセル」


寧々「この筑前煮、思うたより美味しゅう出来たねえ」


今日子「ふたりで作ったんがよかったんかね、あんた、旦那と別れてから料理の腕あげよってもあかんが」


祐太「じゃあ、今は小麦がメインですか?」


安人「それとイワシ。オイル・サーディン用のんがよく売れるんですよ」


よう子「晴人くん、カワハギもあるよ?」


晴人「ああ、大好物です」


N「しかし、まあ、みなさんようけ喋りょうりますけど、統一感というのはあんまりありませんね」


篤子「じゃあ、あのミケランジェロ、こっちの学校におるの?」


忠子「蒲田先生、ミケランジェロってあだ名だったんですか?」


又男「租税関係で良いニュースなんかなんもないですよ」


啓大「よう子さん、そんな小さいコップでエエの?大佳さんなんか、その倍は大きいので飲みょうるで」


大佳「遠い親戚言うても、よう子さん方はあんま飲めん血筋なんよ」


采茉子「それが、この前、私そっくりな男の子に会うたんですよ」


N「(小声で)あんたももう少しは女の子らしい格好してもエエと思うけどね」


寧々「子どもの頃、入院したお母ちゃんに手紙書いたの覚えてない?」


今日子「あんたが三通も書いたやつな」


祐太「そこでパン切れ渡されたんですよ。『これでも食べとき』って」


安人「お義母さんのトウモロコシパン、美味しかったですよね」


よう子「あ、大佳さんからパン貰ってたんでした (一同に向けて)食べたい方!!」


 一瞬、会話を止める一同。

 その後、一斉に「食べます」「私も」「何パン?」等々言い出す一同。


晴人「一応、皆さん聞こえてはいるのね?」


N「統一感、ありましたね」


 遠くからニワトリの鬨の声。

 再び、会話を止める一同。


今日子「小屋のカギ、締めたんよねえ?」


 更に遠ざかって行くニワトリの声。



〇須加井家・台所 (夜)

 よう子・忠子・晴人が皿を洗う音。


よう子「ごめんね晴人くん、手伝うてもろうて」


晴人「ええんですよ、あっちおっても飲まされるか、ニワトリ探しに行かされるだけですし」


よう子「待つんやないの?ニワトリ」


晴人「母さんが『行った方がええんちゃう?』って。『わたしらはお酒入っとるけえダメやけど』とか言いながら、もうどっちやって話ですよ」


よう子「晴人くん、お酒は?」


晴人「『飲んだら飲める口持っとる』って母さんは言いますけどね。『だから、飲むな』とも言って、どっちやって話ですよ」


忠子「うちのお父さんは飲めんのんよ」


晴人「さっき、飲んでなかった?」


よう子「よう見てみい、あれ、飲んどるふりして、ほとんど飲んでないから」


 勝手口の開く音。


篤子「ゴミ、まとめて来ました」


よう子「ああ、篤子ちゃん、ありがとう」


篤子「ニワトリも、いませんでしたね」


忠子「ごめんね、篤子姉ちゃん」


篤子「別に気にせんでええって――そういえば、あの水がめ取っとるんやねえ」


忠子「水がめ?」


篤子「ほら、裏庭の出入り口の、おっきいの」


よう子「ああ、あれねえ、もともと二つあったんやけど、何年か前の地震で一つ割れて、それであそこに放っとるんよ――いつか捨てんとねえ」


篤子「捨てるんはもったいないでしょ、せっかくの『魔法の水がめ』やのに」


よう子「魔法の水がめ?」


篤子「おばあちゃんから聞いてません?」


よう子「ううん」


篤子「忠子ちゃんは?」


忠子「わたしも聞いてない」


晴人「(言い難そうな感じで)あ、あのな、姉さん」


篤子「なに?」


 又男・采茉子が台所に入ってくる。


采茉子「お皿持ってきました」


よう子「はい、ありがとう。それで最後?」


又男「あとは、皆さんのコップとか小皿だけですね」


よう子「ま、それは明日でエエし、そのあたり座って休んじょって」


篤子「又男くんと采茉子ちゃんは知らん?」


又男「なにがですか?」


篤子「おばあちゃんの『魔法の水がめ』」


又男「――いや、聞いたことないですね」


采茉子「わたしも初耳です」


篤子「そうなん?なら、知っとんは私と晴人ぐらいかねえ」


晴人「(言い難そうな感じで)あのね、姉さん」


篤子「ええよ、私が説明するから、あんたは黙っといて」


晴人「(口ごもりながら)ああ、うん――」


篤子「あれはねえ、私が小学校の二年か三年の時で、夏休みに晴人と二人だけでこっちに来たことがあったんよ」


晴人「多分、四年ちゃうかな?僕、小学校入ってたし」


篤子「そうやったっけ?まあ、いずれにせよ、ある日断水があってね」


忠子「断水?」


よう子「昔はようあったんよ」


篤子「それで、ほら、お寺さんのほうの――」


晴人「大葉さん」


篤子「そうそう、あそこの井戸の水を分けてもらう言うて、私とおばあちゃんとでポリバケツ持って行ったんよ――あそこのはそのまま飲んでも大丈夫や言うからって」


采茉子「晴人さんは?」


篤子「この子は――そう言えば、なんかお使いに行ってたなあ、おじいちゃんと」


晴人「八千代さんとこ」


忠子「八千代さん?」


又男「ほら、いま、コンビニになっとる、佐倉さんの――」


よう子「あそこはむかし、食料品屋さんやったんよ」


篤子「まあ、それはさておき。あっつい日でね、帰り道にジュースの自販機があって、私、その前でジーッとオレンジジュースを見詰めてたんやけど、おばあちゃんはああいう人やったし、お母ちゃんからもよう言われとったんやろうね、おばあちゃん、絶対に買うてくれんわけですよ」


晴人「(おばあさんの口真似で)うちに帰って、水でも飲み」


 一同、笑う。


篤子「そうそう、そんな感じ――で、うちに着いて、問題の水がめに水入れて、早速飲ませてくれたんやけど――まあ、これがただの水でね、味も素っ気もない」


采茉子「まあ、水ですもんね」


篤子「それで、私、おばあちゃんに『ジュースが飲みたい!水なんかイヤや!!』って怒鳴って、でも、おばあちゃんも一歩も引かんと『甘い思うたら、水も甘うなるんです!!』とかなんとか言って、そしたら、この子が帰って来て」


晴人「また僕のせいか?」


篤子「あんたとおじいちゃんが、おいしそうにその水飲んで、『ほら、晴人はおいしい感じてます』って言われて――」


晴人「――で、カッとなって飛び出して、庭のすみっこでいじけた」


忠子「なんか、わたしのおばあちゃんのイメージと違いますね」


よう子「あんたが知っとんのは、角が取れ切ってからのお義母さんやけえねえ」


篤子「あ、でも、違うんよ、忠子ちゃん。本題はこのあとの、優しいおばあちゃんの話やから」


晴人「(言い難そうな感じで)あ、いや、だから、あのね、姉さん」


篤子「なによ、あんたさっきから――そう言えば、あんた、あの後またおじいちゃんとどっか行ってたな?」


晴人「――八千代さんとこに」


篤子「買い忘れか何か?」


晴人「――まあ、そんなところ」


篤子「ま、それはさておき――私が庭でふてくされとると、台所の方からおばあちゃんが呼ぶんよ『飲みに来なさい』いうて――で、私もノドがカラカラやったから不機嫌そうな顔のまま行って」


又男「そしたら、水が甘く感じた?」


篤子「いいや、水は水のままやった」


 一同、笑う。


篤子「で、私が『全然、甘うない!』言うたら、『分かった、もっぺん貸してみ』って飲んでたコップ取り上げて、あの水がめのうえで、こう、三・四回コップをクルクルさせて、なんや呪文みたいなの唱えてから、また水を入れてくれて――」


忠子「今度は、水が甘く感じた?」


篤子「そうなの!すっごくあまく感じたの!!『すっごい!どうやったん?!』って聞いたら、それは、これが『魔法の水がめ』やからや』って」


 静かな歓声をあげる一同 (除:晴人)


篤子「本当にみんな知らんかったん?」


 口々に「知らんかった」「不思議やねえ」「初耳」等の声をあげる一同 (除:晴人)


篤子「(不満そうな顔で)どしたん?晴人、何か言いたそうやけど」


晴人「いや、だから、さっきから――」


篤子「なんや、言いたいことがあるんなら、男らしゅう言えばエエやん」


晴人「水がめは、二つあった」


篤子「よう子さんがさっき言うてたな」


晴人「僕とおじいちゃんは買い物に行って、また買い物に行った」


篤子「買い忘れがあったんやろ?」


晴人「何か気付かん?」


篤子「なにが?」


晴人「あの日、砂糖も買いに行ったんよ」


篤子「うん?」


晴人「おばあちゃんに、買って来た砂糖の袋を渡して、しばらくしたらおばあちゃんの『あっ!』って声が聞こえて、おじいちゃんと見に行ったら、おばあちゃんがあの水がめ覗き込んでて、」


篤子「まさか、」


晴人「おばあちゃん、砂糖壺に砂糖移そうとして、こけて、そのまま水がめにドバドバドバドバッ」


篤子「ああ、」


晴人「それで、また八千代さんとこ行ったんよ。で、『篤子には、くれぐれも内緒やで』ってお菓子買うてもろうた」


 爆笑する一同。


篤子「そりゃあ、甘いわな」



〇須加井家・リビング (夜)

 お酒を飲みながら談笑する安人・啓大・祐太。


啓大「それで、警察の逮捕写真は横顔も写すことになったんですよ」


祐太「へー、それは知りませんでした」


安人「自衛隊ってのは、本当に色んなことを教えてくれるんですね」


啓大「いえ、これは推理小説からの受け売りでして」


 笑う三人。


安人「でも、遺伝はするんでしょ?」


啓大「耳の形ですか?さあ、そこまでは書いてなかったですね」


祐太「あ、僕、『お父ちゃんのによく似てる』って言われましたよ、お母ちゃんから」


安人「じゃあ、やっぱり遺伝するんだ」


啓大「でも、気付けるのってお義母さんぐらいじゃないですか」


祐太「普通は、そんな見ないですもんね、耳」


安人「遺伝って言うと、若いころのお義母さんが寧々さんそっくりなんですよね」


祐太「それ、姉さんたちの前では言わん方がエエですよ。ケンカの素ですから」


啓大「たしかに、大佳さんはお義父さん似ですね」


安人「今日子さんは――半々かなあ?」


啓大「立ち居振る舞いは、一番お義母さんに似てませんか?」


安人「まあ、長女さんですし」


啓大「いつだったか、おふたりで海の上を歩かれとったことがあって――」


安人「え?海の上?」


祐太「ああ、タマユラ浜でしょ?」


啓大「そうそう、あそこの岩場」


安人「そこで海の上を?」


祐太「違うんですよ。あそこの岩場に平たい大きな一枚岩があって、」


啓大「引き潮で凪の時だと、ちょうど海面スレスレまで出るんです」


祐太「で、そこを歩くと、遠目には海の上を歩いているように見えると」


安人「へえ、そんなところがあるんですね」


啓大「で、その時、おふたりともキレイな白い着物着てらして、一瞬どっちがどっちか分からんぐらい、歩き方から何からそっくりでしたよ」



〇須加井家・台所 (夜)

 トランプでババ抜きをしながら談笑する篤子・采茉子・忠子。


篤子「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な、て・ん・の・か・み・さ・ま・の・ゆ・う・と・お・り。こっち!よーし、上がった!私の勝ち!」


采茉子「あー、またわたしがビリやん」


篤子「采茉子ちゃん、引きが悪いもんなあ」


采茉子「篤子ねえさんこそ、いっつも最後、それで勝つやないですか。「ど・ち・ら・に~」って、なんかコツでもあるんですか?」


篤子「日ごろの行ない?」


采茉子「そんなん、わたしだっていい子にしてますよ」


篤子「信仰心の差?」


采茉子「だれへのですか」


忠子「天神さんへのですよね?」


篤子「そうそう」


忠子「日ごろの行ないを天神さんが見てはって、それで運の有り無しも決まる」


篤子「そうそう」


忠子「なんてったって私たちのご先祖さまですから、見る目は厳しいですよ」


篤子「そうそう」


忠子「あ、でも、なら、采茉子ねえさんの日ごろの行ないが悪いことになってしまいますね」


 しばしの沈黙。


忠子「――どうしました?」


采茉子「――忠子ちゃん、いま、なんて言うた?」


忠子「え?『采茉子ねえさんの日ごろの行ないが―』って、わたし言い過ぎました?」


篤子「いや、その前」


忠子「『日ごろの行ないを天神さんが見てはって』?」


采茉子「いや、その後」


忠子「『わたしたちのご先祖さまですから』?」


 再び、しばしの沈黙。


篤子「(いぶかしげに)なにそれ?」


忠子「40代目の子孫なんでしょ?」


采茉子「だれが?」


忠子「あ、でも、おばあちゃんが40代目ですから、わたしたちは42代目ですね」


篤子「天神さんって、菅原道真のことよ?」


忠子「はい。歴史で習いました」


采茉子「だったら、」


忠子「『菅原道真公が大宰府に流されるその途上、御身を休まれるためにこの地に立ち寄った』」


篤子「あ、なんか始まった」


采茉子「おばあちゃんの真似ですかね?」


忠子「『しかして、その逗留中に道真公が見初めれらたのが、その地に住む神社の娘』」


篤子「けっこう似てるわね」


采茉子「演劇部でしたっけ?」


忠子「『わたくしは神に仕える身の上。あなたさまの御心には応えられません』」


篤子「巫女さんに手出したらダメだよね」


采茉子「神さまもよく許しますよね」


忠子「『しかし、道真公の連日連夜の求婚に娘の心もほどけ、いつしか身ごもることになる』」


篤子「展開が早いな」


采茉子「「手」が早かったんですよ」


忠子「『そうして、その時生まれた男の子が、我らがご先祖さまにあたるわけや』」


篤子「ああ」


采茉子「なるほど」


忠子「『だが、所詮は身分違いの叶わぬ恋。道真公はその娘と生まれたばかりの息子をこの地に残し、ひとり大宰府へと旅立って行かれた』」


篤子「ひどい男じゃん」


采茉子「だから左遷させられるんですよ」


忠子「『しかし、大宰府についても残して来た娘と赤ん坊が気にかかり夜も眠れない道真公』」


篤子「一応、良心の呵責はあるんだ」


采茉子「いや、これは昼間に寝るタイプですよ」


忠子「『そこで、「息子の身の上を示すため」と使者を立てて贈られたのが、うちの家紋になっている『ねじ梅』と『菅原』の『菅』の字』」


篤子「おお!」


采茉子「なんか、それっぽくなってきた」


忠子「『だからこそ、うちの名字の『須加井』も、明治の初年までは、道真公の『菅』の字を使ってあったわけや』」


篤子「たしかに『須らく加える』って当て字っぽいもんね」


采茉子「わたし、ずっと『スカイ』って読んでました」


忠子「『なので、忠子も「勉強が分からん」とふて腐れる前に』」


篤子「あっ、そう来るわけね」


采茉子「耳と心が痛い」


忠子「『ご先祖様である道真公の名を汚さぬよう、学問に励むのだぞ』」


篤子「うーん、まあ、」


采茉子「よく出来ていると言えば、よく出来た話のように聞えますが、」


忠子「『“東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ”――これが、この娘と赤ん坊のことを想って道真公が詠まれた歌や』」


 三度、しばしの沈黙。


篤子・采茉子「それは無いな」



(続く)

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