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番外編 壊れ行く未来

「はぁ、やっと様になったかな」


「鋏の使い方がとてもお上手になられましたね、旦那様」


「草木の手入れがこんなにも気持ち良いものだと知らなかった日々が嘘のようだよ」


「薔薇の刺で痛い思いをする事もなくなりますから、奥様も喜ばれるでしょう」


「そうだね。 もっとも彼女は眺めるだけだから手で触れやしないが」


 俺の格好は庭師の薄汚れた服装とたいして変わらない。 白いシャツには土色の汚れや緑の葉で擦ったような跡、刺が刺さって裾で拭った血の跡。

 以前ならその度に執事が手当てをしていたが、慣れた今ではそれもどうという事はないのだと構わなくなった。


「もっと花壇を広げようか」


「そうですね。 リリィ様がいらっしゃった頃はテラスからの眺めがとても素晴らしいもので……」


 庭師は失言を口にしてしまった時の青白い顔だ。

 誰もがあれからうわ言のように時折、リリィの思い出を口にする。

 人間とはいい加減なもので、簡単に忘れ、あっさりと何も無かったのだと錯覚してしまう。 俺も含めて、リリィから距離を取っていたはずなのに、まるでそんな覚えはないという雰囲気だ。


 彼女がいなくなって暫く後、俺はそんな思い出を掘り返すように庭師に習って花壇の手入れを始めた。

 それはとても骨が折れるのに、流れる汗が心地良い、初めて知る感覚だった。


 リリィが落馬してホワイト家に戻り、代わりにロージーが住まうようになった時も花壇の花達は見る影もなく、荒れてしまっていた。 再び去った後も同様に。

 その時になって俺はようやく気づいたのだ。

 この邸にはリリィという光がいたからこそ、輝いていたのだと。


 だからこそ思う、もしかしたらこれは懺悔でもあるのかもしれない。

 もう二度と戻る事のない光でも、照らされる場を作ればきっと新たな輝きを放つだろうと。


 手拭いで汗を拭いながら邸内へと戻っていくと、執事が慌てて顔を出す。


「旦那様、すぐに湯を用意致します」


「寝室の方に持って来てくれ」


「かしこまりました」



 ☆ ☆ ☆




 汗臭い身体を湯につけた手拭いで拭い、執事が用意した新しいシャツに着替えた。


 当初は庭仕事に対して愚痴の多かった執事も、花壇が華やかになるにつれて思う何かがあったらしく、今では黙って俺のする事を見守っている。


「ローズはどうしている?」


「ご自分の寝室で休んでいらっしゃいます」


「すまないが、呼んで来てくれないか」


 俺とロージーは結婚して三年の月日が経った。

 あれから何の問題が起きる事もなく、平穏な日々を過ごしている。


 夫婦仲もごく当たり前の、どこにでもあるような喧嘩や仲直りを繰り返しながらあっという間にここまで来た。 それでもいつの間にか寝室は別になり、互いに関心を寄せる回数も減った気がする。


「ロゥ、気分が優れないのよ。 話なら簡潔にお願いできる?」


 大きなお腹を抱えて、侍女に支えられながら俺の寝室に顔を出す妻のロージー。


 本当なら俺の方が体調を考慮して顔を出すべきだが、あまりあの部屋には入りたくない。

 実は彼女の寝室の壁には絵描き職人に作らせた数点の絵画がある。

 それは姉リリィの肖像画だ。 といっても本人はいないのだから、あくまでもロージーの想像を絵にしたもの。


 その絵画のリリィはソファーに座って両手を前に添えて微笑んでいる。 まるで聖女か天使のように。

 ローズは毎夜、そのリリィに話し掛けて包まれるようにしながら眠るのだ。


 俺はローズの心身が心配になり、何度か絵画を外そうとした。

 ところがその度にローズは絵画を全身で守り、頑なに拒否するのだ。 この世で一番愛しているとも言える彼女のリリィへの想いを考えると、もう何も言えなくなった。


 それ以来、俺はローズと寝室を分けるようになり立ち入る事すら踏み止まっている状態だ。


「子爵から文が届いてね」


「まぁ、お父様から?」


「リリィが二人目の子を宿しているそうだ」


「まぁ、なんと! お姉様が?」


「時期的には俺達と変わらない頃になるだろうね」


「嬉しいわ。 お姉様のお子様ならきっと麗しいでしょうから」


「第一子は男の子でジェイの後継者だったからね。 お腹の子はどっちだろうか?」


「どちらでもお姉様の子ですもの。 あぁ、楽しみが増えたわ」


「だが、会えなくて寂しくはないかい?」


「もちろん寂しいわ。 それでもお姉様は側にいて下さっている気がするの」


 それはきっと絵画の事を言っているのだ。


「それにね、この子がもしも女の子だった時は名前をもう決めてあるのよ」


「何という名前だい?」


「リリアーナよ。 お姉様のような素晴らしい子に育てたいの」


「ローズ……」


「きっと間違いなく女の子よ。 私、そんな気がするの」


 そう言いながらロージーは自分の寝室へと戻って行った。


 リリィが去ってから子爵の元には報告の文が届くが、ロージーの元には一通届いたのみ。

 そればかりか会う事すら叶っていない。


 最初の頃のロージーは会いたいと毎日のように嘆いていたが、今では寝室の絵画が彼女の心を癒している。


 ロージーの寝室で微笑むリリィの背後には沢山のアマリリスが彼女を照らしている。


『お姉様はアマリリスがお好きだったでしょう?』


 ロージーの胸元にはリリィが着けたあのブローチがキラキラと今も尚、輝き続けている。

番外編は登場人物の視点を変えての話でした。

これにて完結です。

お気に召したら評価等をお願いします。

ありがとうございました。

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