ジェイとの未来
×月×日
「お父様、お母様。 安心して下さい。 ロージーはきっと立派なロナウドの妻になってくれます」
「リリィ……。 私達は本当にお前が目覚めた時、嬉しかったのだよ。 どの医者も絶望的な事しか言わないのだから。 全く諦めてなかったわけではないのに、その言葉は私達を説得するにはじゅうぶんで……いや、最後がこんな言い訳ばかりではいけないな」
お父様は一夜明けても気持ちの整理がつかなかったのだろう。 それはきっとお母様も同じ。
「リリィ、私の可愛い娘リリィ。 何も言いたくないわ、言葉にしてしまったら本当にお別れのような気がしてしまうもの」
そう言って私を包んでくれる。
それは遠い昔、まだ小さな世界の温もりだけを感じていられた頃の優しい匂いがした。
「お母様、身体に気をつけて下さいね。 あまり心配ばかりしてはいけませんよ」
たった三年しか経っていないのに、お母様の心身の疲労が伝わって来る。
「お父様には感謝しています。 ロナウドの婚約者に決まった時、とても嬉しかったから。 叶わぬ結果にはなりましたが、それでも味わった幸せは確かに私の心に存在します」
「リリィ、忘れないでくれ。 お前はこれからも私達の娘だ」
その両手は大きく、お母様に叱られて泣いた後で頭を優しく撫でてくれた温かみを思い出させてくれる。
「お父様、侍女は一緒に連れて行きます。 許して下さいますか?」
侍女は私の侍女になる前のその昔、彼女の祖母の影響から私の未来を見たらしい。
それは寝台でひたすらに眠り続ける私の孤独な時。 こんなにも孤独に愛を求める気持ちがわからなくて、そこから今に至るのだそうだ。
「ロージー、元気でね」
お父様、お母様の隣で一人咽び泣く妹。
いつまでも小さな可愛い子、私の後を追い掛けて泣いていたロージーはやはり今も変わらない。
「お姉様……嫌です。 私は嫌です」
ロージーは自分の侍女に渡されたハンカチで目元を押さえている。
「ロナウドの良き妻になるのよ?」
「お姉様が行くのなら私もついて行きます!」
「何を言っているの? 貴方は彼の婚約者でしょう」
「お姉様の側にいたいの」
私は胸元に着けていたブローチを外して、ロージーに着け直す。
「これはね、ロナウドのお母様に頂いたもの。 シモンズ家に持って行っていたつもりだったのに今まで忘れていたの。 きっと本当は私ではないと気づきたくなかったのよね」
アマリリスのブローチは、やはりロージーに似合う。
「大丈夫よ、貴方は素敵な女性だもの」
「お姉様がいないなんて考えられません。 お願いです、私も……」
「そして今度はジェイを奪うの?」
「お姉様……」
「夢見る時間はもう終わりよ」
ジェイが用意した馬車に乗れば、もう引き返す道は残されていない。
それでも私は彼と生きる道を選んだのだ。
もっと言葉を尽くして別れたかった。
だとしてもきっと足りないだろう。 いくらでもそこにいたくなるから。
別れがたい時はこんな風にあっさりした方が寧ろ良いのかもしれない。
ジェイが私の背中に手を添えて、身体を支えてくれる。
「これからは俺が君の家族だよ」
その笑顔に問う。
「探し物は見つかった?」
「俺の目の前にね」
そう答える彼が外に視線を送ると、玄関ポーチで馬車を見送る皆の姿。
「待って、お姉様!」
ロージーが馬車を追い掛けようとするのをロナウドが止める。
きっと涙がこぼれそうな場面なのに、どうしてこんなにも冷静でいられるのだろうか。
「お姉様! 行かないで!」
ふと、向かいに座るジェイの手が私の頬に触れる。
「声を出していいんだよ」
その指先に濡れるのが私の未練だと知った。