探し物を見つけた
×月×日
現れたのは見た事もない上等な布地と仕立ての良い背広にスラリとした皺や汚れ一つないズボン、ピカピカに磨き上げられた靴、そして手には立派な帽子。
顎髭もなく、髪も綺麗に後ろに流してまとめられている。
幾日汚れたままなの、なんて発想も湧かないような、まさに上位貴族そのもの。
見惚れる、とはこういう場面で使うのが正解なのだろうと思えて、思わず笑いが込み上げて来た。
「見違えたわ」
立ち上がって側に近づき、全身を眺める私を楽しそうに見つめる彼。
「さすがに執事に怒られてね。 お迎えに行くのですから綺麗になさって下さい、と目を吊り上げるのさ」
「正装で来たらどうしようかと思ったわ」
「その方が良かったかな」
「いいえ、ご立派な姿よ」
居間の入り口付近に立ち、笑って親しげな光景にロナウドとロージーは顔を見合わせて不審さを募らせる。
そんな中、お父様とお母様だけはソファーから立ち上がり、挨拶をする。
「ようこそ、お越し下さいました」
「玄関にてお迎えしないご無礼、大変申し訳ございません」
「お気になさらないで下さい。 お二人が子爵に子爵夫人ですね。それから……」
彼は全員の顔を見回した後で言った。
「皆様、紹介が遅れました。 私はトラウデンバーグ王国の第一王子、ジェイムズ・トラウデンバーグと申します」
「え……ジェイ、なのか?」
「やぁ、ロナウド。 君がいつもリリィの妹嬢の話をしていたから、隣に座る彼女がそうなのだと一目でわかったよ」
「これはいったい……」
ロナウドはいったい何が起きたのか、どうしてジェイがこんなにも立派な服装で、自分を第一王子だと話すのか、全く理解できていないようだった。
それはロージーも同じで、両手で口元を隠しながら両目は見開きのまま。
居間の壁で成り行きを見守る私の侍女とジェイが連れて来た従者以外は、使用人もロナウドの従者とて呆気に取られていて二人と同じ反応だ。
「実は今日、国に帰るつもりでね。 その際、こちらのリリィも一緒に連れて行く事になっている」
「……は? ちょっと待て!」
「ロナウド殿、殿下に無礼な発言はお止め下さい」
控えていたジェイの従者が睨んで一歩進み出る。
「まぁ、いいさ。 構わないよ」
「ロナウド、私から説明するわ。 こちらのジェイ……ジェイムズと私はこれからトラウデンバーグに行き、陛下のお許しを得た後で婚約の儀を行う予定なの」
「婚約……?」
それを聞いたロージーの動揺が空気で伝わる。
「まさか……。 ねぇ、お姉様はロナウド様と結婚なさるのですよね……?」
「何を言っているの、ロージー? それは貴方でしょうに」
「お姉様……」
「リリィ、何がどうなっているのかわからない。 どういう事だ?」
ロナウドが表情を失くしている。
それはそうだろう、何も知らされていないだろうから。
「まずは皆、座ろう。 殿下、こちらへ」
お父様がさっきまで座っていた席へと促したのに、ジェイはそれを丁寧に断った。
「いいえ、私はリリィの隣で構いません。 それに子爵の邸だ、貴方がそこに座って下さい」
おそらく邸の使用人達は今頃、大騒ぎをしているだろう。 隣国の王子が現れたのだから。
ロナウドとロージーを騙したかったわけでも懲らしめたかったわけでもない。
事実を明らかにして、二人には幸せになって貰いたい。
もう偽らないで欲しい、そう思ったのだ。