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そこにない愛

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「お父様、入ってもよろしいですか?」


 執務室といえる程、立派なものではない。 どちらかというと書斎といった方がいい。


 いつも夜遅くまでお父様はこうして仕事をしている。

 それは私が幼い頃から変わらず、決して邪魔してはいけませんよとお母様に何度も叱られた思い出がよみがえる。


「リリィか、入りなさい」


 室内にいるお父様からの許可を受け、静かにドアを開く。


 ここには子供が読めるような書物はなく、理解など全くできない難しい物ばかりだというのに、私はこっそり忍び込んで適当に一冊を取り出しては眺めていた。

 何を書かれているのかも、どう理解すればいいのかもわからず、終いにはそこで寝てしまった事さえある。


 そんな私を見つけたお父様は叱りも起こしもせず、ただ抱き上げて子供部屋へと寝かしに連れて行ってくれた。

 本当は目が覚めているのに、お父様の腕の中が温かく心地良くて寝た振りをしたものだ。


 そんな思い出も今では遠い昔。

 もう二度と戻る事のない、幸せだった時間。


「どうかしたのかね、リリィ?」


「お父様に話があって」


「ロナウド君はどうした?」


「客室にて休んでいらっしゃるはずです」


「……はず?」


 私は書斎机の前にあるソファーに腰掛けた。


「何か温かい物でも持って来させよう」


「いえ、それには及びませんわ」


 お父様は書斎机で手を止め、私を見る。


「お父様、私とロナウドの婚約は既に解消なさっているのですね?」


「リリィ、それをどうして?」


 お父様は両手を机に乗せて腰を浮かせた。


「誰に聞いたのでもありません。 耳にしただけですから安心なさって下さい」


 こんな話をしようとしているのに、こんなにも穏やかな気持ちでいられるのが不思議だ。


「話して頂けますか?」


 私の覚悟に気づいたのだろう、お父様は立ち上がってソファーへと移動し、私の隣に座った。

 お父様が緊張している。 手の甲が白く、血の気が失われている気がする。

 そして息を一つ吐き、話し始めた。


「お前の落馬事故は私達家族だけでなく、ロナウド君にとっては後悔と懺悔の日々だった。 自分のせいだと罪を背負う姿は見ているだけでも哀れでな。 だからというわけではないが、私達は責める気には全くならなかったのだよ」


「ロージー、ですね?」


「あの子は姉のお前が大好きだったから、一向に起きないお前の側から片時も離れようとしなかった。 そんなロージーを支えたのが彼だった」


「そしてロージーもまたロナウドを……?」


「それが互いへの絆に変わっていくのを感じた。 リリィを通しての絆という愛にね」


「昏睡状態から目覚めなかったから、私を見捨てたのですか?」


「そうではない! いや……そうなのかもしれない。 医師からその気配が全くないと言われ、このまま二人をお前の為に縛りつけるのは可哀想だと思ったのだ」


「このような事情があれば、私の意思なくとも解消できますものね。 そしていつか死に行くだろう、と」


「リリィ……本当にすまない」


 お父様は私の方に身体を向けて頭を下げる。


「ですが、まさか婚約解消がなされていたなんて知りませんでした。 しかも二人は婚約済み……」


「何も知らないお前は身体を動かす事も空白の時間を埋める事すらできない。 しかもロナウド君はお前への責任を痛切に感じている。 傷つけたくなかったのだ」


「もしも私とロナウドの関係がそのまま進んでいたら、どうするつもりだったのですか? ロージーは?」


「あの子はお前が生きて、その側にいられるのら幸せだと笑っていたよ」


「私はロージーの側で幸せになるつもりはありません」


「だが、あの子はロナウド君を愛してしまったのだ」


「ロージーに愛なんてわかりませんわ、子供ですもの」


「二人の婚約を解消させろ、と言うのか?」


「それもいいですが、お願いがあります」


「願いとは?」


「私、ホワイト家と縁を切りたく思います」


「リリィ……!」


「リリィ・ホワイトはあの時、死んだのです」

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