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愛する人

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「どちらへ行かれるのですか?」

「邸に帰るのよ」

「あら、何をおっしゃっておいでなのですか?」

「何って、帰らないと皆が心配しているわ」

「でしたら、逆方向でございましょう?」

「え?」

「妃殿下の帰るべき城はあちらです」

 城下から見えるのは森の向こうに聳え立つ白亜の城。

「私の帰るべき場所……?」

「王太子殿下のお妃になられてもう二年経つというのに、頻繁に城下に顔を出されては殿下がまた心配なさいますよ」

「私はリリィよ」

「えぇ、リリィ様ですよね。もちろん承知しておりますわ。さぁ、帰りましょう」

 馬と馬車で城下に探しに下りて来た女官と警備兵達。

「さぁ、馬車にお乗り下さい。殿下がリリィ様を心配するあまり、見張りをつけないとも限りませんよ」

「城下にはとても美味しいパンやハムがあるのよ。綺麗な花も売っていたし、賑やかなの」

「えぇ、もちろん存じておりますとも。とにかくすぐに戻りましょう」

 警備兵の馬が先導しながら馬車は走り出す。

 馬車の窓から見えるのは、木々からそよぐ風が心地良い森。

 そこを抜けると、愛する人が待つ城の城門が見える。

「妃殿下、城下にお見えになる際は必ず私共を伴うようにお願い致します」

 馬車の中で女官から窘められる。

「ごめんなさいね、貴方に手間を掛けさせてしまって」

「妃殿下がいないと言って侍女が右往左往しておりましたので、代わりに私がまいりましただけですからお気になさらず」

 私や侍女よりも、遥かに年上の女官。その冷静さがまるで母親が子供を叱る時のようで、温かな気持ちになる。

 城に戻り、玄関ホールに姿を現した私を見つけた侍女の顔は泣きそうだ。

 ドレスの裾を持ち上げて、行儀悪さも気にする事なく走って来る。

「妃殿下!」

 思わず抱きついてしまいそうな勢いの侍女。

 女官の咳払いでハッとする彼女の顔が可愛い。

「何も言わずにごめんなさいね」

「もぅ、どんなに心配したか……」

「ほんの少し、外の空気を味わいたかっただけなの」

「殿下が城下に捜索隊を出そうかと側近に話していらっしゃいましたよ」

「あら、まぁ……。すぐに顔を出さなくては」

「妃殿下、その必要はなさそうですよ」

 女官が階段上に視線を移した。

「リリィ、お帰り」

 私も上を見上げようとすると、そこから愛する人の甘い声が聞こえる。

「あれが、さっきまで捜索隊を出そうとした人の言葉なのですからね」

「全くです。あの殿下は妃殿下に甘すぎるのです」

「ご覧なさいな、あの蕩けそうな殿下の顔」

 女官達の話を横で耳にしながら、口角が上がる。

 何故なら手摺りから顔を覗かせているのは……。


 ☆ ☆ ☆


 懐かしい匂いがする。

 誰かの話し声が私を素通りしていく。

 目蓋を開けたくないのは私の存在が空気だからだ。その話し声が私の身体の上を横切るからだ。

(目を開けたくない)

(ずっと夢を見ていたいの)

(このままでいいから)

 それでも目蓋が勝手に開いていくのは、そこで待っている人達がいるから。

 私はそれを知っている。

「リリィお姉様!」

「リリィ」

 確かに私の名を呼んでいる。

 一瞬、現実とは思えなかった。そこはさっきまでいたはずの城ではなかったからだ。

(あぁ、あれは夢なのね。私は夢を見ていたのね……)

 目を開けて視界も思考もクリアになっていくと、自分の置かれた状況が徐々に把握できていく。

 私は生まれ育ったホワイト家の自室の寝台に横たわっていた。

「お姉様、私がわかる?」

 寝台横、前屈みで私の顔を覗き込む彼女は泣きそうだ。まるであの時の侍女と同じように。

「ロー、ジー……?」

 大人びて美しく見えるのは夢を見ていたからかもしれない。

「俺がわかるかい、リリィ」

 その隣には私の婚約者、愛する人がいる。

 彼が大人びて男らしく見えるのは私の想いがそうさせるからだろうか。

「ロナウド……どうなさったの?」

「お姉様、すぐにお父様とお母様がいらっしゃるわ。それにお医者様も」

「お医者様……?」

 長い、とても長い夢を見ていただけなのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。

 嬉しいような、悲しいような、まるで戸惑っているような。

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