騒ぎ出した運命
×月×日
「滅多な事を言うものではない」
それは窘める執事の声。
「ですが、我慢できません!」
「そうです。 ロナウド様が望まれていらっしゃるのはロージー様のはずです。 それなのにリリィ様が……」
(……え?)
「リリィ様の、まるで婚約者気取りの態度ったら本当に腹が立つわ」
女中達の声だ。
(どういう事……?)
「あのままリリィ様が目覚めなければ、今頃はロージー様とロナウド様はご結婚なさっていたのに!」
「そうよ! 私達もお二人を祝福するつもりだったのに」
「あんなにもお似合いなのにどうして無かった事にしなければならないの?」
「お前達、勘違いしてはいけない。 本来の婚約者はリリィ様だ」
「ですが、リリィ様があの状態だったから子爵様は婚約の解消とロージー様との婚約手続きをなさっていたはずです。 ロナウド様だってロージー様との愛を育まれていたではないですか!」
「だからこそロージー様をここに住まわせていたのに」
「お二人の仲睦まじい姿は寧ろリリィ様よりもお似合いだったわよね」
「お二人が互いをロゥ、ローズの愛称で呼び合う親密さは素敵だったわ」
「あんなにもロナウド様を愛していらっしゃるのにお姉様の為だからと言って我慢なさって……」
「あまりにもロージー様がお可哀想だわ!」
(お父様が婚約解消の手続きをしていた……?)
(ロナウドとロージーが婚約ですって……?)
私が昏睡状態に陥っている間に全ての状況が一変したとでも言うのだろうか。
(いったい、どうなっているの……?)
「今からでもなんとかならないのですか?」
「昔から決定している事だ。 今さらどうなるわけでもなかろう」
「どうしてリリィ様はあのまま眠り続けてしまわれなかったのかしら」
「お前達、よさないか! それ以上を口にすればここにいられなくなるぞ!」
「リリィ様にはあのジェイとかいうならず者がいるじゃない。 あの男と駆け落ちでもすればいいのよ」
「そうよ、その手があったわ! ロナウド様の話ではトラウデンバーグの人間らしいじゃない」
「一応は貴族の出らしいわね。 それでもあんなみすぼらしい格好だもの。 本当かどうかなんてわからないわ」
なんという事を考えるのだろうか。
この人達は昔はあんなにも私に良くしてくれていたはずなのに。
「お前達の意見に賛同するわけではないが、今でもお二人は愛を育まれているよ」
「え、そうなのですか?」
「ロナウド様は王宮での仕事の合間を縫って時々だが、ホワイト家に足を運んでいるのだよ」
「あら、それは喜ばしい事だわ!」
「寧ろ、あちらに顔を出す機会の方が多いようだ」
「だったらもう規制事実を作ってしまわれたらいいのに」
「そうよ、リリィ様を追い出す機会になるわ」
「ホワイト家だってリリィ様を面倒臭がっていたと言うじゃない」
「全く、神様は悪戯好きだな」
身体が動かない、まるで石にされた銅像のように。
口も動かない、声も出ない。
あまりにも突然の、謂れのない死刑宣告をされたような感覚で、血の気が引くのを感じた。
「さぁ、お前達。 そろそろリリィ様がお帰りになる頃だ」
執事が女中達を持ち場に戻そうとしているらしい。
玄関ポーチから裏庭にいる彼らの様子は確認できず、どんな表情をしているのかわからない。 それでも不服そうな声から、私の帰宅が気に入らないのだと想像できた。
私一人が何も知らなかった。
昏睡状態から目覚めても、本心から喜ぶ人間などいなかったのだ。
だからあの時、お父様もお母様も戸惑った表情をしていたのだろう。
そういえば意識が戻る前、誰かの話し声を聞いた気がした。
あれはロナウドとロージーだったのかもしれない。
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