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曇り硝子の向こう

 ×月×日


 もっとジェイと話がしたかった。

 これで最後かもしれないのに。 会えないかもしれないのに。

 ところがまるで邪魔をするかのように、ロージーが私を引っ張って邸内へと引っ込んでしまう。


 引っ張られながら振り返ると、ただ無言でそのままその場に立つジェイがいた。


 なんとも言えない気持ちだ。


 申し訳なさと寂しさ?

 それだけではない、悲しさだ。


 ジェイはあんなにも優しくて素晴らしい人となりをしているのに、どうして誰も彼も見た目でしか判断しようとしないのか。


 邸内の玄関ホールに入ったところで、ロージーが言う。


「お姉様、あのような方と親しくなさるお考えは改めて頂かねばなりませんわ。 ロナウド様にも申し訳ないでしょうに」


「ロージー、何を言っているの? あの方はロナウドのご友人よ。 親しくするのは当然でしょう」


「ロナウド様は自ら親しくしているのではなく、哀れんでいらっしゃるのです。 どう見てもみすぼらしいではありませんか」


 確かにジェイの服の所々に解れや汚れがあり、靴も磨かれた様子はない。

 執事がいるのにも関わらず、貴族として最低限の身なりはしていないのだ。

 誰が見ても成り上がりの貴族で、どうせ元平民だろうと敬遠するのもわかる。


 それでも私にはわからない。

 ジェイに漂う上品さが誰の目にも見えていないなんて。 まるで曇り硝子越しで対しているようだ。

 そんな彼の、一人取り残された姿が心に残って無性に泣きたくなる。


「私、ジェイを送って来るわ」


「そんな勝手な事をなさってはロナウド様がお可哀想です」


「もう会えないかもしれないの。 少しだけ話をしてくるわ」


 ロージーの手を振り払って外に飛び出した。


 よくわからない。 とにかく悔しくて悲しかった。

 あの邸にいたくなかった。


 だから森を抜けた先のジェイの邸へと走ったのだ。

 ジェイの足は早く、姿はもう見えない。


「ジェイ、待って下さい!」


 息が切れそうになりながら彼の名を呼んだ。

 女の足では彼に追いつくのは大変だ、これが追い掛けっこなら確実にジェイが余裕で勝利だろう。


 森の、ビアンカを拾った辺りまで走って来たところでようやく追いついた。


 ジェイは初めて会った時同様に木の根元付近で足を投げ出して座り込んでいた。


「リリィ嬢……そんなに息を切らしてどうした?」


 それはなんでもない風の、いつものジェイ。

 なのに少しだけ寂しそうな笑みが心を揺さぶる。


「ごめんなさい。 妹が失礼な態度を取ってしまって……」


「気にする事はないさ。 それで謝りに来てくれたのかい?」


「それもあるわ。 ですが、それよりも話がしたかったのです」


「そういえば、別れの言葉を言えてなかったね」


 ジェイは木に凭れながら私を見上げる。


 それは見下ろす私の方が悲しくて切なくなる顔で。


「初めてここで君に会った時、天が授けてくれたのだと思ったよ」


「ジェイ……」


「悪戯な運命だよね。 ロナウドの婚約者だなんて」


 そう言いながら立ち上がり、服についた葉を手で払う。


「それは……」


「俺は国に帰るよ。 君の泣き顔は見るのが辛い」


「ジェイと会えなくなれば、私は泣いてしまうかもしれません」


「そうだとするなら俺は寧ろ嬉しいのだけどね」


「どういう意味ですの?」


「君が知る事実はきっと耐えられないくらいに辛いものだろうから」


「ジェイの言っている意味がわかりませんわ」


「リリィ嬢、俺と一緒に国に来ないかい?」


「え?」



 ☆ ☆ ☆



 森でジェイと別れ、邸へと歩いて戻った。

 その間、彼の言葉が繰り返し頭をよぎる。


『俺と一緒に来ないかい?』


『私には婚約者がいるとお分かりでしょう?』


『言っただろ? 俺の探し物』


『ジェイとは初めてお会いしましたのに』


『そのはずだが、そうでもないようだ』


『話が見えませんわ』


『来週までに考えておいてくれないか?』


『私にはどうにもできません……』


『俺は君と生きたい』


 ジェイの言葉の意図が掴めない。

 いったい何を探して、何を見つけたと言うのだろうか。

 もしも彼がいなくなったら、私は寂しく感じるだろうか。

 いや、寂しいだけだろうか。


「わからないわ」


 そう呟いて、玄関ドアを開けようとした時だった。


 裏庭の方から声が聞こえて来たのだ。

 それはボソボソと不快感が刺さる話し声だ。


「リリィ様の意識が戻られなければ良かったのに」

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