別離の予兆
×月×日
「中に入りません? 今ね、妹が来ているの。 紹介しますわ」
ジェイは屈めていた腰を戻し、貧相な服の誇りを払いながら笑う。
そして玄関ポーチの離れた場所に立つ私の元に近寄る。 私も同様にジェイに近寄り、向かい合って並び立った。
彼はロナウドよりもさらに背が高く、くしゃりと笑った顔が印象的だ。
「そうか、来客中だったのか。 邪魔してしまったな」
「そんな事ないわ。 私こそ、最近はご無沙汰してしまって」
「ビアンカは元気だよ。 走り回るし、ミルクもよく飲むようになった。 子犬とはいっても、成長はあっという間だね」
「ジェイがいなかったら、ビアンカはあのままだったかもしれません。 あの子は運が良かったのね」
「もしもビアンカを拾ったのが運命だとしたら、君と出会ったのもそうなのかもしれないね」
いつものジェイと何ら変わらない。
顎髭もボサボサの髪も。 さらに匂い立ちそうな服も。
まるでどこかの野原で転がりまくって、遊んで来たかのような。
それでもなお、上位貴族の品格が漂ってしまうのだから本当に不思議な人物だ。
「俺はね、この国でずっと探し物をしていたんだ」
「それは見つかりましたの?」
「あぁ。 ただ、見つけるのが遅かったのかもしれない」
「それはどうして?」
「おそらくはもう手に入らないからさ」
「見つけたのに手に入らないなんて、そんなに高価な物ですの?」
「あぁ、とても高価だ。 この世に二つとない」
「まぁ、それは残念ですね。 貴方が欲しがるのだから、きっと素晴らしく美しいでしょうに」
「とても美しいよ。 心が癒されて、側に置いておきたいと思ってしまう」
ジェイがこんなに思い、探していた何かを手に入れられないなんて、それはどうしてだろうか。
どうにか役に立ちたい、ジェイが少しでも心満たされるように。
身なりのせいではないはず、きっとこれは偽り。
私やロナウドにも見せたくない本心があるのだ。
それが悲しくあるのは、私だけが彼の理解者のような気がしたから。
「だが、それももう終わりさ」
「どういう意味?」
「実は国に帰らなくてはならなくなってね」
国に、帰る……?
「確か、トラウデンバーグでしたね」
「父……から帰って来るようにと文が届いてね」
「それで、いつ?」
「来週末には戻るつもりだよ」
「そんな、来週だなんて。 私とロナウドは来週にはホワイト家に向かう予定だというのに……」
「見送りはいいさ。 だからこうして君に会いに来たのだからね」
「もう、会えませんの?」
「残念ながらね。 この国には用が無くなったから」
もう会えない? 二度と?
「せっかくだからビアンカも連れて行くよ。 君との大切な思い出だ」
「ジェイ……会えないなんて……」
ドレスを手でギュッと摘まんだ。
「ロナウドには君から伝えておいてくれないか?」
「何と伝えれば……」
俯いた顔を上げればきっと、いつものジェイの微笑みが見える。
なのに今は見たくない、寂しいだなんて感じたら。
「リリィお姉様?」
居間で待ちくたびれたのか、ロージーが玄関ドアから顔を覗かせる。
「お姉様、どうなさったの?」
「ロージー、こちらはロナウドのご友人のジェイ様よ」
私の紹介を受けて、彼がお辞儀をする。
それは貴族らしい貴族の態度そのものだ。
「ロナウド様の?」
なのにロージーの顔が、執事や他の使用人同様のような気がするのはどうしてだろうか。
「あの……子爵家の次女、リリィお姉様の妹でロージーと申します」
「貴方がロージー嬢ですか、ロナウドから聞いていますよ。 いや、聞かされたと言った方が正解かな」
「何をお聞きになりましたの?」
「別に。 美しいのだ、とね」
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