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それが何なのか

 ×月×日


 刺繍をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。

 もちろん読書もそうだし、最近凝っているのはレース編みだ。


 それに庭の花壇の手入れ。

 基本的には庭師がするから私の手が土で汚れる事はない。 できる事といえば、咲いた花が虫で駄目にならないように目視するくらい。


 侍女や庭師からも手出しはするな、ときつく言われている。

 もし破って怪我でもしたら、二度と触らせてもらえない。

 それだけは嫌だ。 貴重な安らぎを無駄にしたくない。


 ロージーが邸に遊びに来た時は一緒に花を愛でながら心地良い風を感じたり、時には庭の芝の上に布を敷いて寝転んでみたり。

 その度に侍女から叱られるのは常で、もはや呆れて言葉も出なくなるようだ。


「来年の春にはきっと色んな花が咲き誇るようになるわ。 薔薇もアマリリスもね」


「私の好きな花、覚えていて下さったのですね、お姉様」


「もちろんよ。 それだけではなくて、どの花も綺麗だから好きなの。 心が踊るわ」


 頻繁にとはいかないが、ロージーはよく邸に顔を出す。 それはロナウドが仕事で留守の時でも。


 以前はビアンカに会いにジェイの邸へ足を運んだ私だったのに、最近はご無沙汰だ。

 元気にしているだろうか、ジェイもビアンカも。


「リリィお姉様、来週にはいらっしゃるでしょう?」


「えぇ、ロナウドと行くわ」


「お父様もお母様も久しぶりに会えるのを楽しみにしていますよ」


「あまりにご無沙汰過ぎて、怒っていらっしゃらないかしら?」


「いつも私の持ち帰る話を楽しそうに聞いていますわ」


 ロナウドの王宮での仕事の都合がつかず、やっとホワイト家に顔を出せるのが来週だ。


 すっかり日が経過してしまい、庭に咲く薔薇はピークを過ぎようとしている。


「リリィ様、お客様がお見えなのですが」


 執事が居間のドアをノックし、顔を覗かせる。


「どなた?」


「リリィ様の親しい殿方です」


「ジェイなの? 彼はロナウドの友人ですよ、弁えなさい」


 執事を諭す言い方になったのはジェイを馬鹿にしたからだ。

 彼は立派な貴族であり、ロナウドの寄宿学校時代の友人。


 確かに風貌や振る舞いに貴族らしからぬところがあったとしても、見下す言動は年上の執事だとて許される事ではない。 この邸の主人であるロナウドを馬鹿にするのと同じ意味を持つのだから。


「申し訳ございません」


 執事が恭しく礼をして下がり、私に先立って玄関ホールへと向かう。

 私も椅子から立ち上がり、ジェイを待たせないように急ぐ事にする。


「ごめんなさいね、ロージー。 ちょっと待っていて」


 ジェイを居間へと引き入れなかったのは私なりの理由がある。

 ロージーが執事や侍女達と同じように彼を見た目だけで判断しないとわかっていても、なんとなくジェイがこの空間に汚されるようで嫌な気がしてしまったのだ。

 その一方で、ロージーに会わせたくないという私の我が儘も混在しながら。


 執事の後をついて玄関ホールへ向かうと、そこに彼はいない。


「ジェイはどこ?」


「庭で待って頂いております」


「どうして中でお待ち頂かないの?」


「シモンズ家は貴族階級の家格です。 失礼ながら彼は無作法ではないにしても、平民のような身なりをしておいでです」


「それは失礼だわ。 彼は思いやりと親切心を忘れない心優しき立派な紳士よ」


「さようですか。 あの方とリリィ様はお似合いでいらっしゃるから」


「貴方という人は……」


 この執事はこんなにも冷えた感情の持ち主だっただろうか。

 不覚にも腹が立った。 人への判断材料を見た目のみとするなんて。


「もういいわ。 ジェイの要件は私が窺います」


 彼は庭の花壇の前で、腰を屈めながら花の匂いを嗅いでいる。

 今の季節はあまり種類が少ないから眺めても楽しくないかもしれないというのに。


「ジェイ、こんにちは」


「やぁ、リリィ嬢。 少し見ない間に庭の花壇が整備されていて気持ち良いね。 きっと君のおかげだね」

評価、ブクマ等よろしくお願いします。

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