羨望
×月×日
「お姉様が元気そうで良かったですわ」
「ここは空気が美味しいから」
「きっとお父様とお母様も安心なさいますね」
「ロージーからも私が元気だった事、伝えてちょうだいね」
「えぇ、もちろんです」
ロージーの愛くるしくて、コロコロ変わる表情は子供の頃のまま。 それでいて少女から大人の女性に変わりつつある美しさは姉の私でも見惚れるくらい。
テーブルに置かれたお茶を手に取って前屈みになる度に縦ロールの髪が揺れる。 まるでお伽の国のお姫様のように。
(綺麗だわ、とても綺麗。 私の短い髪とは大違いね)
思わず私は、肩までしかない短い髪を手で掬った。
実はここに戻って来る前に、実家のホワイト家で切って来たのだ。
長い昏睡状態のせいで腰まで伸びすぎてしまった。 動けない事もあって始末に困り、そこで思い切ってバサリと切る事にしたのだった。
☆ ☆ ☆
『リリィお姉様、本当によろしいのですか?』
『えぇ、構わないわ。 こんなに長いと持て余してしまうもの』
それはまるで何かの儀式のようで、覚悟のいる決断でもあった。
女の髪は命だ、キラキラと輝く揺れる長い髪は誰もが憧れる。 だから切るだなんて考える女は滅多にいない。
それでも私にはこの長い髪が、無用の長物のように思えたのだ。
鏡台の前に座った私の髪を優しい手触りで撫でながら、ロージーは残念そうに言った。
『お姉様の真っ直ぐな髪、とても好んでいましたのに』
『私は貴方の癖毛も好きなのよ』
ロージーが私の後方に立ち、自ら鋏を手にして一束を挟んだ。
その手は震えて、グッと表情が固くなる。
『ロージー、いいのよ。 髪はすぐに長くなるわ』
片手に髪の束、片手に鋏。
髪を切るというのはこんなにも尊い気持ちになるのだろうか。
軽くなった髪と、ロージーの手にした髪の束が切り離されたのだと知った瞬間、目から涙が溢れた。
まるでこれまでの時間がそこにあるようで、とてつもなく悲しくなったのだ。
『お姉様……』
ロージーも、そしてロナウドも肩までの短い私の髪を褒めてくれる。
活動的だ、昔のリリィが戻って来たようだ、と。
それでもやはりロージーの、お人形のような雰囲気を羨ましく思える。
私にはない、それが彼女に備わっている事に。
☆ ☆ ☆
「リリィお姉様?」
ロージーに声を掛けられて、ハッと我に返った。
どうやら考え事をして、呼び掛けに気づかなかったらしい。
「どうなさったのですか、お姉様? ご気分でも?」
心配そうにロージーが前のめりになる。
「大丈夫よ」
「誰か呼んで来ましょうか?」
「いいえ、大したことないから気にしないでちょうだい」
「そうですか……?」
「それより、ロージー。 貴方もお年頃、お父様達から何か話はされないの?」
「話、とは?」
「貴方の縁談よ。 たくさんお話が来ているのでしょう?」
ロージーは頬を少しだけ赤らめて俯く。
「どなたか慕っている殿方が?」
「こうして時々、お姉様のお側にいられたらそれだけでじゅうぶんですわ」
「きっとロナウドも心配のはずよ。 美しい義妹が縁談を断ってばかりで」
「そんな事は……」
ロージーは奥手なのか、相手に高望みすぎるのか。 それともいつまでたっても姉の私にべったりなだけなのか。
一つ言えるのは、妹はとても美しく、おそらく王子に見初められたとしても可笑しくないだろうという事だ。
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