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〈廃都-071〉へと至る巨大な入場門を潜り抜けた直後、敵襲を報せるロックオンアラートがコックピットに鳴り響いた。
索敵──は間に合わない。推力全開、ウィングスラスターも展開するが空中には逃げず、脚部をアスファルトに接地させたまま最大出力まで跳ね上げる。
金属の足底とアスファルトの大地の接触で激しく火花が散る。それにより生じた振動及び抵抗で機体のバランスが急激に不安定な状態に陥り、そのいつ転倒してもおかしくない状況が、決して滑らかとはいえないスライド移動に混じったつまりが敵機の算出した予兆測を崩す。
青い熱線。しかし機体に直撃する筈だったそれは、ドリフト紛いの歪で曲線的な回避機動によって機体右側面を通過し後方のアスファルトに着弾する。
『嘘だろ! 何だ今のは!?』
ENロングレンジライフルの狙撃は弾道……熱線の痕跡が残りやすく、何処から撃たれたか目視での把握が容易だ。即座に入場門広場に面したビルの屋上へとENライフル『レーゲン』の照準を合わせ、照射。
熱線は膝射の姿勢を取っていた敵中量級GHの右肩部に直撃、装甲が爆ぜて吹き飛ぶが、敵機も早い段階でその場から退いて直撃とまでは至らない。右腕の機能は残されたままだ。
『くっっそっ!!』
(もげなかったか。R武器じゃも少し当て続けなきゃ無理と。まあ当たっただけでも御の字か)
命中はしたが与えた損傷は軽微。両手で構えていたENライフルから左腕を放し、再びショットガンとの遠近対応の二挺持ちへと構え直し、地上戦を選択した敵機と正面から相対する。
『経験者かよっ、ツイてねえな……!』
「──砲戦型か」
ロングレンジライフルを投棄した敵機は、背部のエネルギーパックと接続したENキャノン砲二門を腰だめに構え、肩部に外付けされたミサイルランチャーの砲門が開口する。射程と火力はあるが中・近距離での取り回しに難のあるロングライフルに拘らず、しかしあくまで砲戦を嗜好するタイプのリターナーらしい。
障害物が少なく、広く戦場を使える廃都正門前の空間を活かした戦法としては確かに手堅い。エネルギー系、実弾問わずそう何度も無傷で凌げるものではない。ならばと手数を増やして押し切る戦術をお互いが選択したことも、偶然の一致ではなかった。
両機同時に閃光が瞬いた。
実弾と熱線が互いの装甲を砕く。続けて砲弾と誘導弾が戦場を横断し、回避され、空中で撃ち落とされる。
致命傷には程遠い命中弾が機体各所の装甲値を削る。が、直撃で大破もあり得る迫撃砲弾は回避され、強烈な誘導で機体に追い縋るミサイルは散弾銃が撒き散らす小弾の弾幕に阻まれ届かない。
お互いが決定打を欠いたまま続く射撃戦の応酬。しかし、天秤の均衡は決して安定しない。牽制に留まらない必殺の択を押し付け勝負を決めに掛かる。
黒煙を貫いた熱線が自機右腕のENライフルに直撃、武器の耐久値が全損し爆散する。続けて急接近する1発のミサイル。即座に全てのスラスターを用いたマニューバで急旋回、急上昇を行い、目標を失い地面に着弾爆発した衝撃をも利用して敵機の頭上を取る。
対空迎撃のキャノン二連射を置き去りに、SG『ストライカーズ』のマガジンに残された全弾を頭上から叩き込む。機体上部に降り注いだ散弾の雨霰は頭部・胴体の装甲値を大きく削り、加えて引き起こされた肩部ミサイルランチャーの誘爆は、先の狙撃で剥き出しとなっていた右腕部のフレームを巻き込み吹き飛ばした。
『クソが……っ!』
「────っ!!」
慣性落下にスラスター噴射の加速も重ねた勢いそのまま、姿勢を崩した敵機の背後に着地。無手の右腕にENブレードを逆手で構え直し、距離を取ろうとする敵機の左側面から回り込む。
ショットガンの再装填まで5秒。気休め程度に頭部バルカンでフレームを狙う。GHの高等級な装甲には効果が薄く、専ら対無人機を想定していた機関砲も露出したフレーム相手なら打点になる。
結果、右半身への被弾を嫌った敵機は抱えたENキャノンの射角が不十分な体勢での応戦に、必然的にこちらの攻勢を押し留めるために必要な手数の捻出も不可能な状態に陥っていた。
『ストライカーズ』の自動装填が完了。相手の機体に掛かる、甚大な損傷によって生じたスモークやスパークのエフェクト量から大よその残耐久値を推し量り、削り切れると確信して次の交錯に全神経を集中する。
至近距離で『ストライカーズ』を発砲。一射、二射は命中せず、一拍置いた三射目に反応が遅れて回避行動の挙動が鈍り、四射目の直撃によって装甲とキャノン砲が弾け飛ぶ。
『──貰った!!』
(仕込み腕だったか)
──違う。ENキャノンを投棄した敵機の左腕にENブレードが出力された。腕部内蔵型の仕込み暗器を用いた、拳よりもリーチのあるカウンター。防御の困難なエネルギー兵器による刺突も、読めてさえいれば対応は容易い。
予め逆手に構えたENブレードを跳ね上げ、アッパー気味に放たれた刺突に切先同士を重ねて軌道を逸らす。身体が開き切って隙だらけの敵機に『ストライカーズ』の銃身を捩じ込むように突き付け、必中必殺を期した最後の散弾を叩き付ける。
『嘘……だろ……』
砕けた装甲の隙間から飛び込んだ無数の小弾が、フレームを、ジェネレーターを、そしてコックピットを縦横無尽に破壊し尽くす。致命的な被害を受けた敵機のデュアルアイから光が消え、制御する術を失ったGHの巨体が重い音を立てて崩れ落ちた。
(……強かったな)
戦闘終了。自機が負った損害はENライフルの喪失に、大きく削られた各部装甲の耐久値。直撃こそなかった筈だが、カス当たりの熱線や迎撃したミサイルの爆発の余波でここまで装甲値を擦り減らされたとなれば、相当出来の良いENキャノンとそれを扱う力量の持ち主だったのだろう。武装こそ違えど、初弾の狙撃を回避できたのは本当に僥倖だった。
(反省会は後だ。さっさと使える兵装を換装して離れないと次が来る。このペースで連戦したら流石にボロが出る)
目の前で擱座したGHをスキャンし即席で使える〈ENキャノン〉と脚部装甲〈NNR-スピリム〉を自機に付け替える。
先の戦闘で大いに苦しめてくれたキャノン砲は言わずもがな、『スピリム』もSR等級の格付けに足る性能と装甲値を残し、大きく装甲値を損耗した〈SLO-軽量脚部『隼』〉の代わりとしては申し分ない。アタッチメントの付け替えも終わり、この数十秒で済ませた調整としては十分な成果だ。
そして、まるでこちらの準備が終わるのを待ち構えていたようなタイミングでレーダーに新たな機影が映る。──「中身入り」のGH。幸いにも射線はまだ通らず、交戦か離脱かの選択肢は自由に決められる状況にあり、迷わず退避を選択できた。
はっきり言って機体も、自身もここから更に連戦に臨むのは無理だ。無人機戦と対人戦では消耗の度合いも文字通り桁が違う。補給を兼ねた休息を挟まず連戦に臨んだ場合、しょうもないタイミングでミスしてやられるのが目に見えている。折角の戦利品をみすみすくれてやるのも業腹ではあるが、トラップを仕掛ける余裕もない以上は、大人しく退くしかない。
それに、いつまでも都市外縁部で屯していては効率が悪い。採算を考えればGH1機から獲れるパーツよりも廃都の内側で得られる資材の方が質も量も良い。
己にそう言い聞かせ、機首を翻して正門前広場から離脱する。目指すのは、より兵装を洗練させた猛者たちが集う中枢部。廃都周辺領域内で唯一、ドローンポッドを呼び出し可能な地獄の激戦区だ。