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結論から言えば、他のリターナーによる襲撃は起きなかった。実入りの少ない荒野を敢えて戦場にするメリットが少なく標的として不適当だと判断されたのだろうか。もう間も無くドローンポッドは打ち上げを開始する。
案外打ち上げ前のドローンポッドを狙うリターナーと出会わないな。ドローンポッドの降下情報とその着地点は結構な範囲のリターナーに通知される。幾ら「肉入り」が無人機に比べ撃破難度が高いといっても、その後に残るのは効率的に選り好みされた物資が詰め込まれた宝の箱だ。自分は挑戦に値するリターンは得られると思っているが、他の連中はそうは考えないのかもしれない。
リターナーの拠点、〈マザーベース〉を統括する管理者は物資の獲得方法に善悪を問わない。どの様な手段を取ろうとも、ただ母船に届けられた物資を、送り届けた者を評価する。それが同業者からの収奪であったとしても。
まあ、対人戦は確かにリスクもある。今回この惑星にいるほぼ全てのリターナーにはこれが初のファーストアプローチとなる筈で、被撃墜を回避するため及び腰となり、リターナーの襲撃に消極的な姿勢になったとしても不思議なことではない。
今回は折角の戦利品がネコババされなかったことを素直に喜ぶとしよう。
(そもそも、他のプレイヤーとエンカしても必ず戦わなくちゃならないわけじゃないしな……)
操縦席越しに、機体後方のGHの様子をちらりと窺う。
そこには、二挺のロングライフルを両脇に抱えた重量級のGHが、こちらに背中を向けたまま立ち尽くしていた。
中型無人機──通称ムカデを自身と共同で撃破した、初対面の野良リターナーが駆るGH。火器搭載過多になりがちな重量級としては珍しく、火力は両腕のロングライフルのみと、機動力に比重を置いた装備構築でムカデと渡り合っていたやり手のリターナー。
寡黙なリターナーが搭乗する機体らしく、暇だからと待ち時間に特に荒ぶることもなく、むしろ放置かと疑う沈黙、不動状態でこの待機時間を過ごしていた。
それを別に探るわけでもなく眺めている内に、2台のドローンポッドが起動し、噴射煙が周辺一帯を覆い尽くす。
白煙が風に乗って薄れ、再び視界が明瞭になった頃には既に荒野の遠く彼方まで彼我の距離は離れていた。モニターに映る機影も小さく、方向的に同じ目的地、廃墟の都市を目指しその外縁部に至ろうとしている。
……ま、あれだけの技量を持つリターナーと変に拗れて潰し合いにならなかっただけマシと考えよう。都市中心部が実質的な終着点である以上は再会する可能性もある。その時にむざむざ墜とされぬよう気を引き締めて掛からなければ。
若干出遅れたが、ペダルを踏み機体を飛ばす。戦闘中に掛かった負荷が嘘のように緩いGをアバター越しに受けて目指すのは、暫定最後の交戦フィールド──〈廃都-071〉。
かつて人類が惑星上に無数に建造した生存圏の一つ。文字通り滅び、それでも尚人類の痕跡を色濃く残したかつての人跡を舞台とした戦域。必然的なことに、集積され、消費される筈だった膨大な量の物資が無人機の急速な浸透によって遺棄され残された。
故に都市部には、郊外の軍事基地やその他のエリアとは比べ物にならない量と質の銃火器、装甲、強化アタッチメント、そして資源コンテナが眠っている。ここでリターナー同士が奪い合い、勝ち取った者が初めて「元を取れる」。
……β版の頃からそんな気はしていたが、強欲さと自制力の両立を要求する中々嫌味なゲームだと思う。
無理をして欲張ったことで撃破され、高い出撃コストを全額支払う羽目になるか、また一方で慎重に動き過ぎて、大した物資を集められずに帰還し赤字を出すか。
強さを誇示するだけではやがてコンディション維持に必要なリソースが先細りしてそれも困難になり、かといって常にステルスで物資のみ収奪して帰還できる程甘いゲームデザインでもない。
(要は匙加減、自身のコンディションを正確に把握して適切なタイミングで退くことを覚えたら良いわけだ。……そんな簡単に損切りできる、人間の出来た奴なんて見たことないが)
それには当然自分も含まれる。「イーリスティア」として姿を、性別を変え臨んだこのゲームであっても、その性は変わらない。
火器を喪い、片腕・片脚になろうと戦い、爆ぜた火の粉のように燃え尽きる。そこまでしてやっと、求めるモノに手が届く。
(だから、限界を求めて戦い続ける。それが自分にとって一番わかり易く、戦りやすい方法だ。大半のプレイヤーよりほんの僅かに経験で勝る分、上手くやってやる)
改めて正面の構造物を見据える。ついに目視ではっきりと都市の輪郭を捉えられる距離まで詰めた。
荒野を物理的に分断する廃墟都市の外壁と、比較して小さく見える入場門。しかしGHでも悠々と通過できる程度には巨大であり、その顎は無防備に開け放たれたままリターナーを待ち受ける。
活動予定時間は15分。可能な限り同業者との接敵は少なく済ませ、多くの物資を確保する。ここがファーストアプローチ最後の戦場だ。