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自身が座すコックピットのサイドモニターに、獲得した物資と兵装が文字の羅列となって上から下へと流れていく。それはスクラップと成り果て目の前に鎮座する中型無人機『ムカデ』が貯め込んでいたドロップ品だ。目を瞠るような兵装こそ落ちなかったが、元々パーティーでの討伐が推奨されるだけあって都市郊外の敵としては破格の報酬量だった。
ムカデがドロップする物資の大半は鉱物資源の類だ。かつて自動採掘機だった名残としてその分厚い装甲の下に貯め込んだものらしい。一応細かいアタッチメントや装備以外ではGHに搭載不可の砲塔とその弾薬(結局どちらも換金用だ)もドロップする。が、自動採掘重機が何故武装するに至ったのかリターナーに知る術はない。
……いや、確かβテストでは都市エリアの工業区画で稀に拾える機械端末に、中身入りの物があった筈だ。GH用の強化アタッチメントではなく、通常より高額で換金可能な以外は『ルインズプラネット』の世界観を補完するコレクション要素でしかなかったが、案外今回みたいな些細な疑問を解消するのに役立つかもしれない。
ただ、ドロップ率は相当低く、しかも道中で撃破されれば当然データも紛失するため、戦場でこれを目当てに探し求めるのは非現実的だろう。
兎も角、ムカデの撃破による戦利品を無事に換金できれば余裕で黒字だ。
それは、──目の前で佇む重量級GHと半々で分け合っても変わらない。……分け合えるものなら、だが。
「…………」
軽く首を回し、仮想世界の肉体ではあり得ない凝りを解す。こちらが取るべき対応は相手の出方次第……と受け身でいたかったが、残念ながらこの微妙な空気の原因を作ったのは間違いなく自分のロックオンとその後のFF未遂だ。戦闘中に割り込まれた件も鑑みるに、この示談でイニシアチブを取らなくては本気で物資の奪い合いになりかねない。
『……あれは、狙ってやったのか?』
面倒だしむしろそっちの方が楽か……? と生来の対人忌避感から思考が物騒な方向に傾く直前、ヘビィ乗りのリターナーから通信が入ってしまった。
若い男の声、といっても肉声ではなくボイスチェンジャー……キャラメイクと同時に割り当てられた合成音声だ。自分はネカマのためにボイチェンを使っているが、ここ数年のVRを用いた多人数用ゲームの傾向からして、特別身元を隠す理由がなくてもボイスチェンジャーの使用が一般的になっていた。
どうするか。「彼」は、戦闘終了直後から機体正面を無人機の残骸に向けたままで、好戦的な態度を見せていない。些か無警戒が過ぎる気もするが、アレを回避した際の反応速度は並外れていた。今また同じ手を打ったとしても、二度同じ手は通用しないばかりかカウンターまで決められかねない。
……いや駄目だ。何故か戦うことを前提にしたが、そもそもこのエリアで戦闘を続けること自体のメリットが少ないことは変わらない。外敵を排除しても漁れる物資は限られ、待ち伏せ・奇襲に特段適した地形でもない。考えれば考えるほどここで喧嘩を売る理由がなかった。
となれば、大人しく通信に応じるしか選択肢がない。内実はともあれ背中を撃った相手との通信なんてご遠慮願いたいが、……やるしかないのが怠い。
「ああ、そうだけど?」
『そうか』
そうか、だけ。その後に続く言葉はなかった。
……まあ気にしてないならこの件は終わりだ。このまま戦利品分配の交渉も進めてしまうか。
「こいつの分け前は? 基本は1:1。欲しい物があれば要相談、それで構わない?」
『問題ない。個別に必要なものも……特にないな』
さっきまでの自分の葛藤は何だったのか。話は驚くほどあっさり纏まった。……あれか、さっきのやり取りでβ版経験者か何かと目星を付けられたか。それを理由に臆されても困るが、円滑な交渉に使える分には悪くない。
ムカデの戦利品が表示されたサイドモニターに手を這わせ、金額ベースで等分しタグを付ける。目録の項目もおおよそ半分程度に分割され、それぞれ自身とヘビィ乗りのIDが紐付けられた。
後は回収要請に応じて降下したそれぞれのドローンポッドがタグで指定された通りに資源を分配し、惑星降下艇へと送り届ける。資源の回収からドローンポッドの打ち上げまでは多少の待ち時間が発生し、その間に徘徊する無人機や同業者に破壊される可能性がある。そうならないために打ち上げまで護衛にあたるのだが、……最後まで張り付いておく必要はない。要は周辺に敵がいなければ放置しても打ち上がるわけだ。
今いる荒野というフィールドは見晴らしは良いがその分馬鹿みたい広大だ。守るべき施設のないエリアを無駄に徘徊する無人機は存在せず、同業者にしても進路上でニアミスしたなら兎も角、敢えて遠くの打ち上げ地点まで足を運ぶ奴は少なかった。……まあこれもβ版までの話で、定石も定まらないサービス開始初期は効率の良し悪し関係なく襲撃される可能性はある。その時は諦めざるを得ないわけだ。
ただ、今回は戦利品を分け合うリターナーが同じ場にいる関係で、回収ポッド護衛を放棄して都市中心部に向かう選択肢が取れない。ヘビィ乗りが自身の物資を護衛するのに便乗して、自分だけこの場を去るのは体裁が悪いというか、厚かまし過ぎる。個人的な感傷込みで、その選択は流石に取れなかった。
(何もせずに待機。忍耐力を鍛えると思えば、ちょうど良いか。……あっちもお喋りは好みじゃないみたいだしな)
操縦席の上で姿勢を崩し、楽な体勢を取る。例え仮想現実であっても精神的な疲労からは逃れられない。予定30分の長丁場だ。休める時に休む。気を緩められるタイミングを確保できれば、それがたった数十秒であってもパフォーマンスは変わるからだ。
操縦桿やペダルに手足を軽く添えたまま、全身の力を抜いて瞳を閉じる。今回は幸いなことに棒立ち仲間がもう一機いる。
運が良ければ、奇襲の初弾はあっちに行くだろう。