6話 迫る影
小さな村だからこそ、その事件は瞬く間に広がった。女性や子どもは家の中に籠り、男たちはこん棒や鍬といった兎に角武器になりそうな物を手に村長宅の前に集まった。
殺された村人ジャックはカエサルを襲った盗賊たちの報告をしに、ここから早馬で2時間ほど走らせたところにあるリサーフと言う町に向かうはずであった。そこはルベルたちが休憩に立ち寄る予定の町でもあり、その町なら憲兵団や冒険者ギルドにも連絡が付く。捉えた盗賊たちの引き渡しの手続きや説明、護送の依頼をするのが目的であった。
しかし報告に行ったはずの彼の馬が一時間もしないうちに戻ってきたのだ。主の死体をその背に括り付けて。
「一体誰がジャックをっ!!」
「早く町の憲兵に知らせないと!」
「だがジャックを襲ったやつが近くにいるんじゃ...」
「とにかく村の連中、特に女、子どもは家に隠れるようにしないと」
村の男たちが集まり話し合うも事態が好転するような案は出ない。誰かが一刻も早くリサーフへ知らせに行かないといけないのだが、今村の外に出れは今度は自分が殺されるのではないのかという不安から誰もが二の足を踏んでしまっていた。
「ふ~ん、あの暴虐牛か。こりゃ町に知らせても被害が出るだけかもな」
「だね。相手は国を相手にして生き残るだけの実力の持ち主。多分だけどリサーフに知らせても憲兵団は来ないよ。討伐に動くよりも町の守りに入ると思う」
「そんなに恐ろしいのかの?その暴虐牛とやらは」
「そうだね~。俺が知ってる限りだと―――」
村に重たい空気が流れる中ルベルたち三人は、話し合いに参加せず自分たちの馬車前で彼らの様子を見ていた。盗賊たちの強気な証言に殺された男性の遺体に付けられた焼き跡からまず盗賊集団マスカの影が動いているとみている彼らだが、特にどうこうするつもりも無かった。
ルベルがルナリスにマスカの影の説明をしているのを横目にさてどうするかと考えるカイト。このままハイさよならはどうかと思うが面倒ごとに顔を突っ込みたくないのもある。
「う~ん...」
「・・・ってくらい有名で...あ、二コラ」
「ん?あ~あ~。今の連中にそんな情報流したら・・・」
「その話は本当かっ!!!」
ルベルがルナリスに説明していると、二コラが集まっている村人の一人に何か話す姿が目に入った。恐らく盗賊団マスカの影のことを知らせたのだろうが、ルベルとカイトが懸念した通り途端にパニックが始起きてしまった。
「マスカの影だって!!?」
「そんなっ、そんなどうすれば!!?」
「落ち着け!まだそうと決まったわけじゃ!」
「このままじゃ俺たち...」
「静まれぃ!!」
不安が、恐怖が、絶望が広がっていく。逃げ出すべきという意見。隠れるという意見。降伏し見逃してもらおうという意見。最早収拾がつかなくなりつつある村人たちへ静かに、されど力強い村長の一喝が入れられた。
「この火急の事態に村がバラバラになってどうする。そんなことでは助かる命も助からんぞ」
「ウィクサーさん...。でもどうする!このままじゃ俺たち!!」
「分かっておる」
少し冷静になるも不安が消えるわけも無く焦る村人の肩にウィクサーは手を置き宥めた。そして成り行きを見守っていたルベルたちに顔を向けた。
「そうだ、彼らなら...」
「誰だ?」
「ほらカエサルさんを助けたって言う...」
ウィクサーの後を付いてきた村人たちもルベルたちの存在を思い出しハッとする。
盗賊たちを物ともせずに襲われていたカエサル夫妻を助け、村まで護衛を果たした凄腕の冒険者。
彼らならもしかして、と期待の籠った眼差しが向けられる。
「爺さん。何か用かい?」
「これは人が悪い。話は聞こえていたじゃろう?」
「まあ、な。じゃあさっさと話しを進めるけど俺たちが手を貸すとして報酬はどうする?」
『っ!!?』
村人たちにざわりとした動揺が走る。
「まさか無償で助けてくれ、なんて言わないよな?」
「金を取るって言うのかっ!!?」
「強いんだろ!?」
「よせ」
「でも村長!!」
「よさぬか!」
「...ぐっ」
「どうするんだ?」
想定内の、しかし一番の問題点と言える報酬についてウィクサーは悩まし気に唸る。
「幾らじゃ?」
「5千万コル」
『なっ!!!???』
提示された額に驚愕する村の男たち。セルトラ村のような小さな村にそのような大金を払う収入源や貯蓄があるわけもなく、まるで裏切られたかのように村人たちからルベルたちへ向けられる視線が険しくなる。
「足元見やがって」「くそ、金の亡者め」「汚ねえぞ!」口々に向けられる不満や非難の声だがカイトとルベルの表情は変わらない。
「カイトさん!ルベルさん!・・どうしてもダメなんですか?せめてもう少し...」
するといつの間にか近くで事の成り行きを見守っていたマリーが堪らず声をあげた。彼女も分かってはいる。自分たちのために動いてもらうのならそれ相応の対価は必要になるということを。だがそれでもカイトの提示した額は簡単に用意できる額ではないのだ。
「残念だけど、俺たち冒険者は慈善団体じゃあない。大して時間も労力もかからないなら手を貸してもいいけど、今回は話が変わってくる。相手は全国に指名手配されている凶悪な犯罪者集団。それも飛び切りの危険な男。 そんな奴を相手にするんだ。その分の報酬を求めるのは当然のことだし、これでもカイトは譲歩しているくらいだよ?」
悔し気に俯くマリーだがこればかりはどうしようもない。一億コルとはボーギンスに懸けられた賞金だ。つまり国が彼の討伐にそれだけの価値や労力が必要だと判断している事になる。カイトはその半額で手を打つと言うのだ。勿論正義のヒーローよろしく無償で助けることも出来る。だがそれは虫のいい話と言うもの。世の中そんなに甘くは無い。
「でもっ!」
諦めきれないマリー。彼女にとって颯爽と盗賊から助けてくれた二人は英雄のようだった。力を振りかざすことも偉ぶることも無く、弱者の声を聴いてくれる。そんな存在だと。
「マリーちゃん、もう良い。命には代えられん。 カイト殿、ルベル殿。お金は何としてでも払うと約束します。だからどうか、どうかお二人のお力を...っ」
「お、お願いします!!」
「ウィクサーさん、マリーちゃん...」
「くそっ、何だってこんなことに!!」
静かに膝を付き頭を下げるウィクサーと深く頭を下げるマリー。後ろにいた男たちは納得がいかないが村長が頭を下げてまでいる中、ルベルたちを非難することも出来ず悔し気に視線を地面へと向けた。
「交渉成立、だな!」
カイトはパチンと指を鳴らした。
「頑張れ~」
「お前もやるんだよ!」
「ええ~、カイト一人でもいけるでしょー」
やる気のないルベルの首に手を手を回すカイト。ぱしぱしとタップするルベル。
これから戦いに挑む者には見えない平静っぷりに不安そうな顔をする村長たちだった。
「意外じゃの」
「何がだ?」
「あの娘を助けるのに金銭を求めたところがじゃ。妾はてっきり無償で手を貸すと思うたぞ。もしや自分に気が無いからと見限ったのか?」
「おいおい。ルナリス嬢に俺はどんだけちいせえ男だと思われてんのよ。流石に傷つくぜ? 確かにマリーちゃんの頼みなら何とかしてやりたいが、流石に今回のは片手間で終わる話じゃないしな。 ま、貰うもんはきっちり貰うしその分の働きはしっかりする。それに無償の善意ほどおっかないもんはねえぞ?」
「そうなのか?」
「そうなの」
「あれ、光ってる?」
「ルベルさん!私たちも戦います!!」
カチャカチャと防具を着込むカイトに道具を整理するルベルの元へ、二コラとロックが走り寄ってきた。カエサルの家で寝ていたはずのロックも鎧を着て準備万端であり、表情は少し硬いが覚悟を決めた目をしている。
「その気持ちはありがたいが止めとけ」
「何でですか!!?今は一人でも戦力が多い方がっ――」
「おいおい、数時間前のこともう忘れたのか?」
「うぐっ、でもっ!私たちも戦えます!」
「あ~...」
引き下がろうとしない二人に頭を悩ませるカイト。正直二人の実力は村人たちよりは強い程度。こってこての駆け出し冒険者なのだ。午前中での戦いを見るに着いてきても足手まといになるのは目に見えていた。
「なら付いてくる?」
「おい、ルベル...」
どうにか二人を説得しようと言葉を選んでいたカイトだが、荷物の整理を終えたルベルのまさかの提案にいったい何を考えてるんだと止めに入る。
「けど多分ほっといても勝手についてくるよ。この二人」
「だからってこいつらが来ても。一人は怪我してんじゃねえか」
「僕なら大丈夫です!傷も深くないですし、止血はしてるので戦えます!」
「確かに私たちはまだまだ弱いです。でもだからって指を加えて見てるなんてできません!!!」
「勇気と蛮勇は違うぞー?」
「死ぬかもしれないよ?」
「...っ、分かってます!」
「覚悟しています」
「聞けよ...」
どうにかして説得しようにも二人の決意は固く、相棒は何故か二人の味方。ルナリスは中立。
じっとカイトの目を見る二人。
「あ~~もうっ!!分かったわぁーかったよ。好きにしろ!ったく...」
「「はい!!」」
途端にパァアッと表情を明るくさせた二コラとロック。その様子に若さゆえの無鉄砲さも、頑固なところも可愛いもんだとカイトの頬が緩む。
確かにルベルの言う通り村に残れと言っても、彼らは勝手に着いてきそうではあった。であれば、目に付くところにいてくれた方が守る者としてはやりやすい。
(ここはいっちょ先輩として頑張るとするか)
気合は上々。依頼はこの村に迫る盗賊集団マスカの影と思われる賊の排除。想定外の仲間も加わり、ルベルたち5人は村の男たち集まる村長宅前へ歩いて行った。
――――――
「おい、次の女はどうした?」
「お、お頭!!?」
盗賊団マスカの影が設営した野営地。その中央にある天幕からボーギンズは出ると見張りの一人を睨みつけた。
「そ、それがまだバドの兄貴が帰って来てなくて...」
「何ぃ? チッ、女一人さっさと連れてこれねえ愚図が。ダルヴァ!!おい居ねえのかダルヴァ!!」
『っっっ!!??』
ボーギンズの大気を震わすような大声に辺りで騒いでいた盗賊団メンバーは水を打ったように静まった。しかしボーギンズの呼びかけに答える声は出ない。ボーギンズは周りを見渡しダルヴァを探すがその姿を確認することは出来ない。他のメンバーも近くを見渡すなどして探すがいないようだった。
「おい、ダルヴァはどうした?まさかアイツもヘマしたわけじゃないよな?」
「ひぃぃ、い、いえ!まだそんな報告はっ・・!」
じわりじわりと増していくボーギンスの怒気に腰が引ける見張り。
「お頭」
「あ゛?何だいるじゃねえか何故すぐ来ねえ」
ボーギンズの苛立ちが最高潮に達しようとしたその時。背後から聞こえた声にボーギンズが振り向くと丁度探し人であるダルヴァが小走りでこちらに向かってきているところであった。
「すいやせん。実はさっき戻ってきたところでして。それと知らせたいことが」
「何だ?手短にしろ」
「うす。俺と数人でバドの野郎を探したところ、どうやらあいつ近くの村に捕まったみたいでさぁ」
「何?」
「丁度村の男が一人早馬で、恐らくリサーフに辺りに向かおうとしてたんでしょう。そいつを捉えて尋問したんで間違いないかと」
「で? のこのこ帰ってきたのか?てめえは...」
「それについてはすいやせん。ただ、そいつが言うには凄腕の冒険者二人がバドをやったらしく、念のため報告に戻って来やした」
「凄腕の冒険者だぁ...? ふん、まあいい。俺たちの邪魔しようってんなら殺すまでよ。その二人はまだ村にいんのか?」
「恐らく」
「よぅし、野郎ぉぉども!!!戦いの準備を始めろぉ!!!」
『うおおおおぉぉぉぉぉォォ!!!!!』
ボーギンズの大号令に答える数十人規模の雄叫びは森中に響き渡り、近くにいた鳥や動物、魔物までもが驚きその場から慌てて逃げ去っていく。
今から襲う村の事を考えているのか待ちきれないとばかりにガンッガンッと武器を、ダンッダンッと足で地面を踏み鳴らし盗賊たちのボルテージは上がっていく。そして流石は全国に名を知られている盗賊団と言えるのか。だらしなく騒いでいた者たちとは思えないほど迅速に戦いの準備を終えると天幕前に立つボーギンズの前に集まった。
ボーギンズは用意された四頭の馬が引くチャリオットに乗り込むと、集まる団員をぐるりと見渡す。
「野郎ども!!行くぞオオォォォ!!!」
そして頭上に掲げた巨大な斧を合図にマスカの影が動き出した。