5話 平和な村に吹く不穏な風
「ぎゃはは!それでよ!見逃してくれと汚え顔で懇願するその男をばっさりと切ってやったのよ!そん時の顔ときたらっ!」
「ぶはっ! おまっ、ひでー!!」
「だったら俺もこの前の襲撃で―――」
鬱蒼と生える木々が空を隠し、風に揺れる葉の間から僅かに日の光が差し込むだけの薄暗い森の奥。そこは猟師どころか動物も立ち寄らぬ魔物蔓延る弱肉強食の世界。
そんな場所に100人規模の集団が各々焚き木を囲い、肉を酒をと騒いでいた。全員が男で女はおらず、身形は薄汚い。魔物の存在など知ったことかと聞くに堪えない自慢話を気持ちよさげに話していた。
そしてその集団の中央に一つの立派な天幕が建てられていた。何故かそこだけ木が生えておらずぽっかりと空き地になっており、アーチ状に曲がったや木々やロープ、動物の毛皮、布を用いて作られた天幕の前には見張りが二人立っていた。
「おい、バドの奴はまだ戻ってこないのか?」
すると一人のスキンヘッドの男が見張りの1人に尋ねた。
「ダルヴァさん、確かにまだ戻って来ないっすね。なあ?」
「ああ。昼頃には戻るんじゃなかったのか?」
「ちっ。今すぐ誰か数人連れて確認して来い」
「え、は、はい!」
慌てて走り去る部下の背中を見送った男は奥にある天幕の前に立ち声を上げた。
「入れ」
「うす」
ばさりと入口の幕を潜り入ると焚かれているお香の甘ったるい匂いが男を迎えた。
思わず顔を顰める男。
窓もなく薄暗いその天幕に入ると目に付くのは、地面に敷かれた布の上に散乱した無数の酒瓶と脱ぎ捨てられた衣服。そして、倒れる裸の女たち。一様に涎を垂らし、時折びくびくと痙攣しているところを見るにそう言うことなのだろう。そして部屋の奥に藁に布と言う簡素な作りながらも特大サイズのベットが設置されていた。
「何の用だ?」
そしてその特大ベットに寝そべる男がいた。大の男4人が横に並んで寝られるほどのベットで丁度と思えるほどの巨躯。比喩表現抜きの丸太のような腕と足。隆々とした体には幾つもの戦闘を乗り越えた証の傷跡が刻まれていた。
この男こそ盗賊集団『マスカの影』を纏めるお頭、名をボーギンズ。暴虐牛と呼ばれ恐れられている一億コルもの賞金首だ(1円=1コル)。彼らは気の向くままに世界を渡り近隣の街や村で略奪行為を繰り返してきた。彼らによって故郷を滅ぼされた者は数多くいる。遂には国を挙げての討伐隊が組まれたがその尽くをボーギンズ率いるマスカの影は返り討ちにしてきたのだ。
彼はむくりと体を起こす。その両腕には一人ずつ、裸の女性が寄り添っていた。彼女らは張り付けたような青白い笑みを浮かべており、よくよく見れば小刻みに震えている。
「実はバドの野郎がまだ戻って来ないようで」
「バド...?ああ、替えの女の調達を任せた奴か」
「そうです」
「こいつらが潰れる前にさっさと連れてこい」
「ひっ!」
「...わかりやした」
他に用件はあるのか、とボーギンズの視線に頭を軽く下げ男は天幕を後にした。
◇
「はい。どうぞ召し上がってください」
「ありがとー」
「おお、こりゃまた美味そうだ!」
そうルンルンと目を輝かせるルベルたちの前に湯気立ち昇るクリームシチューが注がれた。付け合わせに簡単なサラダと黒パンが用意されている。場所はカエサルの家。三人家族にしては広いリビングのテーブルにつき、ルベルたちは昼食をご馳走になっていた。
「あむ...む!」
「どう?ルナリスちゃん」
「これは美味じゃの!ホクホクに煮込まれた野菜にトロっとしたスープがまた合う!この肉は何の肉じゃ?やわらかいのー」
「それは近くの森で捕れるタロリ鳥って言う野鳥のお肉なんだけど柔らかくてどんな料理にも合うの。美味しいでしょ?」
「うむ。見事じゃ」
パクパクと食が進むルナリスを微笑ましそうに眺めるマリー。
「あの僕たちも一緒でよかったんですか?その、護衛も満足に出来たわけじゃないから」
すると駆け出し冒険者であるロックが目の前の料理を見つめて言う。隣に座った二コラも同じ思いなのか料理に手を付けていなかった。確かに彼らは護衛任務を遂行できたかと問われれば悩むところ。ルベルたちが来なければ殺されていただろうし、盗賊はほぼカイトが倒した。それなのに、という気持ちなのだ。
「勿論ですよ」
「カエサルさん...」
悩む二人にカエサルは笑みを向けた。
「確かに盗賊を倒したのはカイトさんとルベルさんです。彼らが来なければ私たちは死んでいたかもしれません」
「はい...」
「ですが、彼らが来るまでちゃんと守って貰えたのもまた事実です。結果私たちは誰一人死んでしまうことは無かった。怪我も擦り傷程度。こうやってまた家族揃って話が出来ます。ですのでどうか召し上がって下さい。私たち家族の気持ちを」
「・・・ぐすっ、はい゛!!いただきます!」
「いただきます!!」
悔しかったのだろう。涙を流しながら一心不乱にシチューをかきこむ二人をカエサルは優し気に見守る。
「おい、しい...です」
「おいしい、おいしいっ!」
「はは、火傷に気を付けるんだよ」
『はい!!』
そっと差し出された飲み物をグイっと飲む二人。今回の依頼は彼らにとってかけがえのない大きな経験となったことだろう。
「ん~美味しい。ところで無視しようとしたカイトさん。今のお気持ちは?」
「へーへー、悪うござんしたー」
「はふはふっ」
美味しい食事を食べているにも拘らず苦虫を噛み潰したような表情をするカイトだった。
――
「ご馳走様~」
「ごっそさん」
「ふふっ。お口に合ったようで良かったです」
食事の余韻に浸る一同。ハンナとマリーは綺麗に空になった皿を嬉しそうに下げる。
「あたし手伝います!」
「あ、俺も!」
「あらあら有難いわね。でも大丈夫よ。だてに10年主婦やってないから」
それなりの人数であったため洗う食器もそれなりに多くなる。それを器用にお盆に乗せて運ぶハンナ。彼女の細腕のどこにそんな力があるのかと思うほど軽々と運ぶ。慌ててロックと二コラは手伝いを申し出たが彼女はやんわりと断り外にある共同洗い場へ向かっていった。
「妾は散歩しに行こうかの」
「あ、なら私が案内しようか?」
「うむ。では頼むとしようか」
すっ、ピンッ――パシッ。
「裏」
「ハズレ」
「ちぇ、俺か」
「心配せずとも何もせんよ」
「?」
無言で硬貨を取り出したルベルが指で弾く。くるくると宙を回り手の甲で受け止めた。結果は表で「しゃーない」とカイトが立ち上がった。
忘れてはならないがルナリスは人類が恐れる魔王の1人。監視と言うと聞こえは悪いがルベルとカイト、こうと決めたわけでは無いのだが自然とどちらかは常にルナリスの傍にいるようにしていた。
行ってくる。と外に出て行った三人を見送りルベルもさてどうするか考える。このような長閑な村にルベルの興味が引かれるものは無い。とは言えこの家にこのまま居座るのも迷惑と考えた。カエサルなら構いませんと言うだろうが、何もせず他人の家にいるのは何とも居心地が悪いもの。と言うわけで竜馬たちの世話をするかと腰を上げた彼の前に何か言いたげな二コラが立った。
「何か用?」
「ああ、えっと...、ついさっきまで言い忘れてたことがあって、大方捕まりたくないからの嘘だと思うんですけど、ここに来るまでの馬車で、ですね...。盗賊たちが気になることを言ってたので...」
「気になること?」
「はい、その『俺たちマスカの影に手ぇ出してタダで済むと思うなよ!!!』と...。マスカの影って言うと小さい子でも知ってるくらい有名じゃないですか。だから多分嘘だと思うんですけど...」
二コラの話を聞き少し考えるルベル。自分たちの背後にいる存在をちらつかせて相手をびびらせる脅迫の常套手段。二コラの言う通り口から出まかせなのかそれとも...。
出来ればもう少し早く、カイトが居るときに話してほしかったが、そこは言っても仕方ないこと。
「...う~ん、ちょっと話を聞きに行こうか」
「聞きにって盗賊たちにですか?」
「うん」
「でもそんなのどうせ苦し紛れの嘘だと...」
「だと、いいんだけどね~」
そしてやってきたカエサルの馬車前。村人が数人見張っておりこちらにやってくるルベルと二コラを見て笑みを浮かべた。
「やあ、君たちがカエサルさん一家を守ってくれた冒険者たちかい?ありがとうね。彼らがいなくなると村が困窮すると言っていいほど重要な人たちだからほんとに感謝するよ。それでどうしたんだい?」
「ちょっと盗賊たちに聞きたいことが出来てね。その前に彼らは何か言ってた?」
「そうだな、大半は何もできないから口うるさく騒いでるだけだよ。マスカの影に~ってね。そんなこと誰が信じるんだって話だよ。マスカの影って言えば全世界に名を轟かす盗賊団だろう?なんでそんな奴らがこんな何もない村に来るんだっての」
「で、ですよね!ほらルベルさんも。時間の無駄ですって」
「まあまあ」
はっはっと笑う村人に同調する二コラ。しかしルベルはのらりくらりと歩いていくと手足を縛られ身動きが取れない盗賊たちの前まで行く。
「てめぇは――っ!!」
「ど~も」
襲撃を台無しにした二人の内一人であるルベルをぎろりと睨みつける盗賊のリーダー。拘束されていなければ今にも襲い掛かりそうなほどプルプルと震えていた。
「さっきはよくもやってくれたな。だがお前は死ぬほど後悔するぜ!俺たちマスカの影に手を出したことをな!!」
「ざまーねえぜ!」
「さっさと縄ほどけ!」
「死ねくそが!!」
「煩いぞお前たち!!」
リーダーを筆頭に好き好きに騒ぎ出す盗賊たち。反省する気配もなく仕舞いには何故かルベルたちを非難し始めた。その身勝手な言い分に我慢の限界か見張りをしている村人たちまでこん棒を持つ手に力が入りだした。
「ちょっといい?」
「はっ、何だ?今更怖気づいたのか?ならさっさとこの縄をほどけ!!」
「さっきから言ってるええ~っとおバカの皮?って何のこと?」
「マスカの影だ!! てめえも聞いたことあるだろう?暴虐牛のボーギンスて名をっ!懸賞金1億コルもの最強の人さ。今まで何人もの人を血祭りにあげ、国からの討伐隊も壊滅させた男。俺たちはそんなあの人の部下に当たる。そしてお前は俺たちに手を出した。へっへっへ、つまりあの人に喧嘩を売ったってことだ!これがどういう意味か馬鹿なてめえでもわかるだろ!!!?」
「口から出まかせを言うんじゃないわよ!!」
「ほ~う、嬢ちゃんはそう思うのかい?だったらいいさ。すぐにあの人が報復にやってくる。てめえら全員皆殺しだぁ!!はぁーはっはっはーー!!!」
「こ、この...、言わせておけばっ!!」
「はいストーップ」
「――っ、ルベルさん...」
ルベルはこん棒を振り上げようとした村人の手を止める。
「何だ?やらねえのか?腰抜けめぇぇぇええぇぇ~~~」バタリ
「は?」
「え?」
「がぁ・・がぁ・・」
「ね、寝てる?」
「ほ、他の盗賊も!?」
あれだけ興奮し騒いでいた者が突然、糸の切れた人形のように倒れ眠ってしまった盗賊たちに困惑する二コラと村人の男。
「よし、聞きたいことは聞けたし行こーか。この村に村長さんいる?」
「あ、ああ。いるにはいるが、何をしたんだ?」
「じゃじゃーん。ルベル謹製スリープパウダー&超強力麻酔針ぃーー」
と楽しそうにルベルが見せたのは小さな小袋と細い針。どうやらいつの間にかそれらで盗賊を眠らせたようだ。
(全然気が付かなかった...)
ルベルのすぐ後ろで彼と盗賊のやり取りを見ていたにも関わらず二コラではいつルベルがそれらを使ったのか分からなかったのだ。その腕前に流石はあのカイトの相方なのだと再度その凄さを知った二コラだった。
その時だった――
「きゃあああぁぁーーーー!!!!」
『!!?』
突如村に響く悲鳴。
「...」
「あっ、ルベルさん!!って早!!?」
村人の男に案内され村長宅へ歩いていたルベルは悲鳴が聞こえるや否や走り出した。悲鳴に驚き固まった二コラも慌てて追いかけるが、あっという間に引き離されてしまう。
「ちょっと、ルベルさん、早すぎです...ってこれは――っ!!?」
「...」
「趣味が良いとは言えんの」
「ジャック!ジャック!いやぁ!なんで、こんな!!嘘よ!!」
「落ち着いてシェリー!」
ルベルに追いつき人込みをかき分けた二コラの目には無残にも体中を切られた死体に縋りつく一人の女性と、彼女を宥めるマリー。
ルベル、カイト、ルナリスは険しい表情で立っていた。そして何より目に付くのが――
「牛の、焼き印...?」
殺された男の腕や足、顔といった肌が見える場所すべてに牛を模る無数の焼き印が付けられていた。