1話 目覚めた少女は
ギルドでの依頼は住人からの依頼だけでなく余所の地域からも依頼が舞い込むのでその数は多い。中には難易度の難しい依頼も含まれているので、依頼を受注する場合受付カウンターにいるギルド員が選んだものを受けることが望ましいとされている。これは依頼成功率上昇に繋がり冒険者の死亡率を減らす重要な事柄だ。
「あ、それ俺が狙っていた依頼だぞ!!」
「早いもん勝ちだバーカ」
しかしそうも言ってられないのが現状だ。数多くいる冒険者それぞれにあった依頼をギルド員が探し、紹介するという手順を踏めば当然手続きは長くなり、受付の負担も多くなる。そこで登場したのが掲示板だった。ギルドが判断した難易度によって分けられた依頼書を掲示板に張り、冒険者は己の判断でその依頼を受ける。そうすることで職員の負担を軽減しているのだ。勿論身の丈に合わない依頼書を受付に持って行っても許可されることはない。黙って依頼を受けると報酬は払われず罰則も発生する。
「クソ、こっちじゃ手出せねえ」
「はっは、早く他のを探してきな」
「くそがッ!」
中年冒険者が犯したペナルティを早く消化しようと多くの冒険者が掲示板に張り出された依頼書を巡って激しい奪い合いをしていた。勿論掲示板があるのは酒場フロアでは無いので手を出すことは無い。そんな中ルベルはのんびりとテーブルに座り助けた少女の様子を見ていた。
「ん、んぅ。・・・ここは...?」
「あ、目覚めた?」
そして遂に普段の2割増しで騒がしいギルド内で少女は目を覚ました。ゆっくりと身体を起こしキョロキョロと辺りを見渡すと横に座っていたルベルと目が合った。
「誰じゃ?」
「俺はルベル。ハンターとして活動してるんだ。それで仕事の最中に倒れてる君を見つけて、とりあえずここ冒険者ギルドの『ラワーク支部』に連れ帰ったんだ。迷子の依頼とか無いかなって。無かったけど」
「ギルド...?あ奴は、聖騎士の女はどこに行った?それにこの姿...小さく、いや幼くなっている? 力を使い果たしたせいか?」
(聖騎士の女?)
段々と小声になっていき思考の海に沈んでいった少女。ルベルとしては混乱し騒ぎ出すのか、泣き出してしまうと思っていた。しかし予想に反して目の前の少女は酷く冷静で拍子抜けしてしまった。
そして安堵する気持ちとは別に少女の言動に引っかかりを覚えた。『聖騎士の女』に自分の姿に戸惑っている様子。ギルドには少女を探しているといった依頼は無く、見つけた場所も今思えば一般人が入るとは思えない危険地帯の奥。人攫いにあったにしては彼女の身形は汚れておらず綺麗だ。
(もしかして精霊の一種?だったらあの髪色からして闇属性...?でも闇の精霊なんて聞いたことなしな~。それに聖騎士の女って誰のこと?)
どうやらこの見た目ただの少女は普通ではないのかもしれない。ルベルのこれまでハンターとして数々の冒険や出来事を経験して得た勘がそう告げていた。
「・・・いやすまん。それよりルベルと言ったか、どうやらお主に助けられた様じゃな。礼を言うぞ」
「それは別にいいけど、とりあえず名前を教えて貰って良いかな?」
暫くお互いに考え事をしていたが、先に少女が現実に戻りルベルへと感謝を述べた。ルベルも考えるのを一旦止め会話を続ける。
「・・名か。久しく呼ばれておらんせいで忘れてしもうたわ。そうじゃな...。よし妾は今日からルナリスじゃ。よろしくの、ルベルとやら」
「何か気になるけど、まあうん、よろしく。それでなんだけどルナリスは――「お!その子目覚めたみたいだな」――カイト」
未だ数多くの冒険者たちが受付へと殺到する中、勝ち取ってきた依頼書をヒラヒラさせてカイトがやってきた。
「誰じゃ?」
「こいつはカイト。俺の冒険仲間。それでこの子はルナリス。さっき目を覚ましたんだ」
「そいつはよかった。初めましてルナリス嬢。改めてカイトと申します。以後お見知りおきを」
「うむ。よろしくの。カイトとやら」
「「ッ!?」」
笑みを浮かべどこかの執事のような挨拶をするカイトに対し、律儀に椅子から立ち上がりカーテシ―を返したルナリス。カイトのような形だけなぞったものではなく、ルナリスのは優雅で実に様になっていた。しかし問題はそこでは無かった。椅子から下りカイトの正面へと歩くルナリスの全身をほんの一瞬黒い光が包むとそこには黒を基調としたドレス姿のルナリスが立っていたのだ。それまでは薄い布を被っただけといった風貌であったのにだ。
(魔力の物質化、それにしても構築が早すぎるでしょ)
(おいおいどうなってんだルベルよ。単なるかわい子ちゃんじゃねえのかよ)
「?」
ピクピクと早くも笑顔の仮面が剥がれかけているカイトの視線からそっと逸らすルベル。そんな二人の気も知らず当のルナリスは固まる二人にコテンと首を傾げた。
「妾は魔王と呼ばれておった」
「ぶっ!!!!?」
「ええぇぇ...」
騒がしいギルドから場所を移動し二人が泊っている宿の一室。各々が適当な場所に腰を下ろし改めて今後について話し合いを始めようとしたところの第一声だった。何の気も無しにルナリスからもたらされた爆弾にカイトは飲みかけの水を吹き出し、ルベルは乾いた声を上げた。
「魔王ってあれか?魔界にいるとされる四人の魔族の王」
「そうじゃな。その認識で合っておる」
「何でここに?」
「待て待てルベル。信じるのか?」
冗談にしては質が悪く、真実ならとんでもないことにも関わらずスルーし話を進めようとするルベルを止めたカイト。
「だってそう言ってるし」
「だからってはいそうですかと信じれる訳ないだろ!?」
「じゃあどうすんの?」
カイトとしては信じられない話だが、ギルドで見せた魔力運用は並みの者には出来ずそれこそ魔王クラスの技術と言われれば納得する程のもの。それだけで怪しさは十分。だとしたら警戒は必然。
「なあ自称魔王さん。自分が魔王だってどう証明する?今ならまだ聞かなかったことに出来るぞ?」
ルナリスに向けられたのは殺気。カイトが発するそれは部屋の調度品や窓ガラスがガタガタと揺れ動かす。何の訓練もしていないような者ならば一瞬にして意識を刈り取られてしまうであろう殺気が部屋を埋め尽くす。
嘘は許さない。おかしな行動を取ればすぐさま殺すと言外に告げられている彼女だったが眉一つ動かさない。そのまま時間にしてほんの数秒。お互い静かに見つめ合う。バタンッと上の階から物音が響く。運悪く近くの通りを歩いていたおじさんが顔を青白く染めその場に蹲った。
「カイト。殺気押さえて」
ルベルに言われ一先ず殺気を押さえたカイトだが、その視線は鋭くルナリスを見つめたままだ。
「そなたの聞き間違いではあらんよ」
ルナリスのその言葉にピクリと眉を動かすカイト。しかしルナリスの話を続く。
「それにしても証明か...、証明せよとは難しいの。力もほぼ残っておらぬ。気付けば周りからそう呼ばれ配下が出来た。皆が皆、妾を『魔王』と呼ぶので妾も自分をそう言う存在なのだと思っていた。が、何をもって魔王とするのかなど考えたことも無かったの。そもそも魔王かどうか、などどう証明するのじゃ?カイトは自分を人だと証明できるのかの?妾は皆にそう呼ばれていただけなのじゃよ」
「...」
そもそも人や魔族と種族を決めたのは誰なのだろうか。その定義は。姿かたちを標準にするならば目の前の少女は普通の人と変わらない。――強力な魔力?それはこの世界の強者になれば当てになどならない。――肉親が人なら人。そもそも現状ルナリスの両親など分かる筈もない。――知性があるかかどうか。ルナリスはこうして話し合う知性がある。
結局のところ何をどう定義したら自分が人だと証明できるのか、カイトは直ぐに答えることが出来なかった。
「もしかして聖フューエル教会が誇るルドベキア聖騎士団が討伐した魔王ってルナリスのこと?」
ふとルベルは思い出したように問いかけた。
「そうじゃな。妾としては突然攻められ結果、抵抗虚しく打ち取られてしまった」
聖フューエル教会。この世界からの魔の根絶を信条に掲げるロスト教の教えを元に立ち上げた宗教団体で信者は世界人口の3割を占める最大規模の宗教だ。その勢力はティリム法国として国を建国するほどの歴史と力を持つ。これは非常に珍しく、過去宗教を元に建国した国はティリム法国だけである。
そんな法国が半年前、魔界へと進軍すると電撃発表をした。
『我々、ルドベキア聖騎士団は主神フェニアス様の名に誓って西の魔王を討伐すると今ここで宣言します!!』
恐らくティリム法国で撮られたのだろう大広場には埋め尽くすほどの人が映されており、広場中央の壇上に上がった女性騎士が輝く剣を掲げ宣言した姿は瞬く間に世界へと発信され世間を騒がせた。
人類の悲願を宣言した彼女の名はオリヴィエ・ザムジード。金糸のようなサラサラの髪に透き通る肌。顔立ちはきつい印象の美人。そして協会が誇るルドベキア聖騎士団の団長であり法国の剣とも呼ばれている。
オリヴィエはその後、如何に魔王が恐ろしいか、年間どれくらい魔物の被害が起きているかなどを踏まえ語り、そしてルドベキア聖騎士団がどれだけ優れているのか、活動実績を計2時間ほど演説を続けた。途中滅多に表舞台へと姿を現さない法王ジュラルミまで現れたことで如何に魔王討伐が本気なのかをアピールしていた。
そしてつい先日。法国よりもたらされた情報に世界は歓喜した。過去歴史において未だ誰も為しえなかった魔王の討伐に成功したと発表したのだ。またも騒ぎ出す世の人々。新聞の一面を飾るルドベキア聖騎士団の姿はボロボロだったが彼らの表情は明るかった。
現在本当に魔王は討たれたのか各国による合同調査団が編成され、聖騎士団が通った足取りを追っているというところだ。
「いや討伐出来てねぇーじゃねえか」
「だね」
仮にルナリスの話を信じるなら彼女は西の魔王で聖騎士団に討伐されたはず。生きているはずはない。
「そこが妾にも分からんのよ。あの戦いで妾は確かに死んだはず、なのじゃが気が付いたらルベルに拾われておった。ワハハ、謎じゃな!」
「謎だね~」
ケラケラと笑う二人にカイトの額にピキリと筋が走る。ルナリスはともかくルベルも一緒に笑っていたのが気に食わない。
(だがこの嬢ちゃんは俺の殺気に対し表情一つ変えなかった――か)
正体はともかくルナリスが相当な実力者もしくは経験をしてきたのは判明した。
「で?ルベルはどうすんのよ。魔王さまを」
今のところルナリスに全くの警戒をしなかったルベル。事の重大さを理解していないわけでは無いだろうがそれでもここまで無警戒だと何か考えがあるのではと、カイトは一旦考えるのを止めルベルへと視線を向けた。
そもそもルナリスを見つけたのはルベルだ。決めるのは彼に任せるのが無難というもの。法国に知らせを送るのか、はたまた黙っておくのか。それとも――。
「う~ん。ルナリスはどうしたいの?」
「妾か?妾は...何をすればいいんじゃろうな~。死んだと思うたこの生。どういう訳か生き残ったのじゃが、正直目的などあらんしの~。魔王として配下がいた当時は彼らを守るという使命感があった。――が、その配下もおらぬ。皆死んだからのぅ。ゆえに生きる理由も意義も無くなった。ううむ、そうじゃの~......死にたいとは思わんが、主らがその気なら抵抗はせぬぞ?どうじゃ、殺すか?」
「...」
「...」
両手を広げほれほれと煽るルナリス。彼女が今何を考え何を思っているのか二人には分からなかったが、これだけは感じた。今二人が武器を振るえばルナリスは宣言通り無抵抗で死ぬ、と。
「何じゃ。来んのか」
動かない二人。カイトはルベルに判断を任せており、ルベルは静かに様々なポーズをとるルナリスを見つめていた。暫く煽っていたルナリスだがやがて飽きたのか腕を下ろした。そして何となしに窓の外から見える空をボーっと眺めた。
(どうしたいのか、か...)
生まれて百数年。そう言えば自分のために望んで何かを成したいと考えたことが無かったと、今まで歩んだ己の生を振り返る。記憶にあるのは配下がどこからか入手した世界各国の本の内容と、たまに現れる下克上を狙う者を適当にあしらう日々。
(鳥か...、全く。人の気も知らんで呑気なものよの~)
二羽の鳥が空をじゃれ合いどこかへ飛んでいく。流れる雲はただ漂い、静かな部屋に外の人々の営みの騒動が聞こえていた。実に平和な時間。ルドベキア聖騎士団との壮絶な戦いなど、ここに暮らす人々が知る由もない。だがそれも既に終わったこと。
「じゃあ、さ」
「?」
不意にルナリスの隣へと移動し腰を下ろしたルベルは、不思議そうにこちらを見上げる少女へ悪戯をするようなニヤリとした笑みを向けた。
「一緒に来る?」
「ほ?」
「はあぁぁぁぁ~~」
ルベルの提案にポカンと呆けるルナリスに何となく、そうルベルがルナリスの隣に移動した辺りでうっすらと察していたカイトはガクンと首を落とし情けない声を出した。
「死にたいわけじゃない。けど生きる目的がないんでしょ?だったら暫くは俺たちと共に世界を回って見てもいいんじゃない?暇つぶしにさ」
「ほう!それは名案じゃな!―――だが良いのか?妾がいても。魔王じゃぞ、妾」
ルベルの言葉を理解したルナリスは一瞬表情を明るくしたが、すぐに申し訳なさそうに言った。
「嘘かもしれないでしょ?」
「う、嘘ではないぞ!!?」
しかしルベルは呑気に笑う。ここまで真剣に話してまさか法螺話と流されていたのか!? と詰め寄るルナリスの頭に手を置いたルベルは優し気にその夜空のような髪を一撫でした。
「問題ないよ。何かあっても俺とカイトがいるし」
「っ!!気安く触れる出ない!」
「お~い、勝手に入れるな~」
「いいじゃん。俺とカイトの仲でしょ?」
ほんのりと頬を赤く染めたルナリスは乗せられたルベルの手を払う。ひらひらと払われた手を振りのんびり笑うルベルを見てカイトは深い、それはもう肺の中の空気を全て吐き出したかのような長い溜息を吐いた。
「なぜそこまで...」
ルナリスは自分が人類にとってどれほどの脅威と捉えられているか理解している。勿論何かしようなどと考えてはいないが、何故目の前の人間は自分を警戒しないのか。何故信じるのか。仲間に迎え入れれるのか。逆に不審に思えてしまう。
「俺の勘だよ」
「勘...じゃと..?」
「そ。これでも大事な出来事に関して外したことないんだ俺」
「そんなバカな理由でっ・・!?」
呆気にとられるとは正にこの事だろう様子でポカンと口が開くルナリス。とそこにコホンとカイトが咳ばらいをした。
「この馬鹿がこれだから俺から言わせてもらうけど、これだけは約束しろ。二度と人を傷つけるな。もしお前が誰かにその力を振るえば俺は躊躇なくお前を切り捨てる。そしてその時一切の抵抗するな。それが人類の敵とまで恐れられたお前を仲間にする条件だ」
その言葉に尚のこと目を見開いたルナリス。己の命を賭ける重い約束。だがこれには魔術的な制約をもたらすものでも、道具を用いた拘束も何もないただの口約束。破ろうと思えば何のリスクもなく破ることのできる弱くて脆いもの。
「・・・よいのか?本当に・・お主らに付いて行って」
「勿論」
「約束を守るならな」
ルベルはニコリと、カイトは仕方ないと言った風に笑った。
「...妾が言うのもなんじゃが相当変わり者じゃな、お主ら」
「かもね~」
「おい、変わり者はこの馬鹿だけだろ」
げしげしとルベルの足を蹴るカイト。
「なら、お主らの旅に同行させてもらおうかの」
「よろしくね」
「ま、よろしくな」
こうしてルベルとカイトの旅にルナリスが加わった。