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四つ足持つ盲目 マリーズ&悪魔の歯車 レオ


屋敷には十席分の部屋が用意されているが、八席、九席の二人は同じ部屋に住んでいる。

盲目の少女八席マリーズと。巨漢の兄レオ。それぞれ、闇と光の魔法、そして移動の魔法を極めている。目の見えない妹の世話を焼くレオだが、当のマリーズは感覚に優れ普通に暮らせているらしいという。


ノックの後入室。二人は床に絨毯を敷いて座り、向き合って指先を合わせていた。体格の違う二人のそれは、どうも獣か何かと子供にしか見えない。入室許可を出したのにも関わらず黙っている二人を不審に見ながらも、仕方なくレミィは紙とペンを取り出す。


「マリーズ様、レオ様、よろしいでしょうか」

「………ああ。気にせず続けてくれ。悪いが、今心を読むことができない」

「……ちなみに、今は何を?」


目を閉じ指を触れ合わせながら、レオは地に響くような低い声でレミィに応える。


「マリーズは俺のオドを……すまない、言っても解らないな」

「いえ、マナ、魔法力、オド?あたりの話は伺っております。リセル様にお伝えするために必要だろうと」

「そうか。簡単に言えば、マリーズとオレは四六時中行動をともにしているからだ。オレのオドを覚えさせなければ危険だからな」

「……はあ」

「レオ、それで解るわけがないでしょう。ちゃんと話してあげないと」


作業は終わったのか、マリーズが手を離し部屋の隅から小さな椅子を持ち出してきた。一人で歩き一人で運んできているというのに、全くと言っていいほどその姿に迷いは見られない。レオが心配そうに彼女を見てはいるものの、何のトラブルも起こることなく、どうぞ?とレミィのすぐ後ろに椅子が置かれた。


そして、やはり何の躊躇いも無く体相応の歩幅で、膝をつくレオの身体を駆け上がる。肩にちょこんと座るのが、彼女のいつもの恰好であり、二人ともそれを不自然には思っていない。


「私は目が見えないからこうしてレオとくっついて生活しているのだけどね。それとは別に、周囲の状況が解っていれば結構見えているみたいに振る舞うこともできるの。今は貴女が声を出していて、しかもそこから一歩も動かないから椅子を渡せた。あ、座っていいわよ」

「あ……失礼します……」


腰を下ろす。椅子は寸分狂いも無く、レミィがそのまま座って問題の無い位置にあった。それも、左右前後ともレミィが座って自然と感じられる位置に。


「だけど、それでもレオと一緒にいる方が都合が良いの。では、何かの拍子にもし離れてしまったら?そういうときのために、私とレオはお互いのオドを覚えるようにしているの」

「オド……魔法使いの体の中のものですよね」

「そう。だけど、貴女も聞いた通りオドというのは魔法使いが魔法を使ったときに出る不純物のようなものなの。そして、レオの使う移動系の魔法は上位になってくるとオドを使うものも増えてくる。つまり、定期的にレオの中のオドを覚えないと、オドを辿って行けないの」

「無論、マリーズがオレを見失ってもオレが迎えに行く。これは保険だ。絶対に離れないための」

「レオ……」


見えないはずの二人が、見つめ合っている。感情とは別に思うところが無いわけではない。レミィも女である。そういうラブロマンスを夢に見たこともないわけではないが、同時に、彼女らはそうなると面倒なのも聞いている。先代から聞いた通りの展開で安心している節さえある。曰く、マリーズ達は誰と会話していても、気が付けば二人の世界に入ってしまう、と。


「……あの、学校の話をお願いできますか?」

「あ、ごめんね。えっと……とりあえず、光の魔法はとても簡単だから、序盤に教えてもいいと思うわ。でも、応用は利かないから長く時間を取ってやるものでもないかな。闇の魔法は……こっちは結構使えるんだけど、難しいから最後のほうに時間を取りたいわね」

「移動系の魔法は最優先だ。空も飛べない魔法使いなど話にならん。オレ達のように何人も纏めて移動できるようになれば食い扶持には困らん」

「あ……はい」


すぐに切り替えちゃんと答えてくれる二人に面食らいつつ、言われたことを忠実に書き留めていく。


「後は……そうそう、光の魔法が出来ていない人間は最低限卒業させるべきではないと思う、と言っておいて」

「光魔法ですね」

「ええ。光の魔法……光のマナを集めるのだけど、こう、私がこうやって光を集めても、周りって暗くならな……レオ、窓を開けて」


マリーズが立てた人差し指に、思わず目が眩むほどの光の球が生まれた。目を逸らしてしまうレミィだったが、彼女の真後ろには濃すぎる影が出来ていた。その光が放つ明るさが届かないレミィの身体の後ろは、錯覚でも何でも無く明るさを失っていた。レオが窓を開けた音と共に戻り、影も薄くなる。


「光のマナってのは他のマナに比べてたくさんあるの。お日様が無限に供給してくれるからね。だから、集めるのも簡単だし、何なら光のマナを集めただけで光になる。だから、これが出来ないなら魔法使いをやめた方が良いと思うわ」

「なるほど……」


光の球は無くなり、マリーズはレオに乗ったまま伸びをした。白く濁った瞳をレミィに向け、指先で杖を遊ばせながら手を振った。


「そもそも私はレオから離れないから、教壇は広めに作っておいてって伝えておいてね?」


目は感情を表す。しかし、彼女はその魔法力でそれを示すのだ。本日何度目か解らない寒気を感じながら、レミィは一礼の後部屋を出た。



―――

―――

―――



「ふう……これで屋敷にいる人は全員でしょうか……」


歩きながら、書き留めたものを纏めていくレミィ。何人か軽い態度だったり話を脱線させたりする魔法使い達だが、これを判断するのはリセルである。言われたままに伝えなければならないので、纏めて話せるようにしておかなくては。


何せ、レミィはこうした仕事をまた貰わなければならないのだから。


これまで、この屋敷のお飾り貴族というのは、代々文字通りお飾りで、貴族の振りをするだけが仕事だったのだから。

大陸国家の全ては法を持ってはいるが、領地上リセルの屋敷が属するローセイン国法では、貴族が直接に国に税を納める必要は無いとされている。その代わりに献上品などは横行しているらしいのだが、それは権力闘争であってリセルには関係が無い。

問題は、リセルを平民の立場にしてしまうと税収が発生するというところである。リセル自身、他人の力をもって生きるつもりは無い。この瞬間世界の全てが滅んでも、彼は一人で永遠を生きるだろう。だから、国への義務を果たすつもりもない。

しかし、国としてはいかなる理由だろうとリセルに例外を許し改法を行えば、国を挙げて魔法使いに屈したと認めることになる。

だが、リセルを貴族とするとそれはそれで問題も生じる。貴族というのは世襲のみとし、その他には戦争において戦果を挙げるようなもので一代のみの位が与えられるのが通常である。


リセルは魔法を使って普通の人間を害するつもりは無い。蟻を潰して楽しいのは狂人だけだと語ったのは彼自身である。だから、どんな戦火が起きようが、屋敷に飛び火しない限り対応するつもりは無い。


そこで、ローセイン国家の体裁を保つため、滅ぶ寸前の貴族の末代の娘を屋敷に招き、それからは身寄りのない女子を攫ってくることで養子とし。それをもって貴族という体面を保っている。


とは言え、問題は多い。男児当主であればどんな形であれ戦争への参加は義務である。一方女子当主の場合暗黙の了解として大量の支援をしなければならない。今のところ、それは法ではないというのを理由にリセルが無視し見過ごされている状態だ。


政治についてレミィはそう詳しくは知らない。貴族を装うために最低限の知識を知らされているだけの出生不明、恐らく貧しい平民の出である。だからこそ、ここに拾われ、満足な仕事をしながら何も強制されない暮らしができることを心から感謝している。少なくとも、身寄りがない女の行く先などたかが知れていると子供心に知ったあの日からは。



だが、リセルは文字通り何も仕事を回さない。やらなければならないことは掃除と、公的な多少の雑務。そのどれも、リセルが必要としているものではなく、住む彼女らやローセインの都合でやらなければいけない仕事なのだ。人生ごと救われたことへの対価として見合っているのだろうか、というのが、代々の悩みである。それどころか、ここで働くすべての人間の。

一方今のこの仕事はどうだ。これはリセルがやりたくてやっていることだ。それを手伝えることは、直接的に彼の目的に帰することになる。これからもこうしたことができることは至上の喜びにもなり得るのだ。


「頑張らないと……!」


それも、彼女が何かミスをして、リセルが、手間を一瞬かけてでも魔法で全てを解決した方が早いと思ってしまえばそれまでなのだ。気を引き締めつつ、彼女は何度も何度も伝える内容を反芻するのだった。

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