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凍り付く時の旅人 フィルマン


四席エーリク、五席アン、六席ミーシャを飛ばして、次は七席フィルマンである。装いも新たにペンダントを握り締め、時を操る今は少年の姿をした彼の部屋をノック。


「フィルマン様、レミィです。リセル様の話をお伝えに参りまし……た……?」

「いらっしゃい」


ノックし、口上を述べていたはずだ。無許可で他人の部屋に入るなど、お飾り貴族とは言われるが従者に近しいレミィは行わない。それ以前に人としてすはずもないが、しかし次の瞬間、彼女は室内で椅子に座らされ、目の前にはベッドに座り頬杖をつく少年フィルマンの姿があった。

初期にはベッドとクローゼット、ごく小さなテーブルしかない部屋に大量の家具を持ち込み、元の家具が部屋の隅に追いやられている部屋の様子は、まぎれもなくフィルマンの部屋である。


「軽いね。四十五キルくらい?一メット半はあるのに?ちゃんとご飯食べてる?師匠も長く食べてないし、もしかして巻き込まれて自給自足とか……」

「い、いえ、食べてます、毎日お腹いっぱい食べられています……」

「そう?」


凍り付く時の旅人、フィルマン。時間に関する魔法に特化した魔法使い。全員が老化を止め自分の全盛期の姿を元にしている全席魔法使いの中で、唯一何故か成長して若返ってを繰り返す変わり者だ。生意気盛りの少年に見える彼だが、当然レミィ何百人分という高齢である。

当然一連の現象も、彼が時間を止め、レミィを運び込んだことによる種有りの手品のようなもので、特に理由なく自分の体重をバラされたことに怒りつつも、メモを取り出し同じ文言を繰り返す。


「そうだねえ……まあ、時間の魔法は知らなくていいと思うよ」


フィルマンは腕を組み、飄々と言い放ちいつの間にか手に持っていた本を読み始めた。


「うんうん、まあそうだよね。火の魔法や水の魔法はそこそこ役に立つんだよね」

「見……!?」

「あはは、そんな粗末な魔法結晶じゃ記憶は守れないよ。残念だけど」


咄嗟に結晶を頭に押し付けたレミィ。フィルマンが笑った瞬間、それは彼の手にあり、指先でくるくると回されてしまっていた。レミィを守る唯一の道具が、良くない相手に渡ってしまった。


「それは主さまに頂いたものです!返してください!」

「あー、やっぱり師匠のやつかあ。後でダーチャに作り直してもらった方が良いよ。師匠、強すぎてそういうの雑だから」

「フィリーネ様にも言われました……」

「でしょ。今更師匠を傷付けられる魔法なんかないんだから、そりゃ防御なんて杜撰になるでしょ?」


フィルマンは結晶を放り投げ返す。彼らがレミィを害するはずも無いがそれでも、特にフィルマンは何をするか解らない。

話も通じるしそう賢いことも言わないフィリーネ達、基本的に温和で友好的なアン、リセルに敵対しなければ安全と解っているアリューザやダーチャ、二人の世界にいるマリーズ達と違い、ミーシャとフィルマンは何をするか、どう扱って良いかが解らない、というのが代々のお飾りの評判である。


「話戻すけど、まあ……時間の魔法はねえ、説明……僕もしたかったんだけど、ちょっと難しいんだよねえ……」

「いえ、説明を求めているわけではないのですが……」

「そう?ごめんね?専門なのに……勉強しておくね。で、教えるかどうかなんだけど、感覚時間を延ばすとか、相手を一時拘束するとか、そのレベルだけなら教えてもいいかな。本当に最後の方とか、もし武器戦闘を教えるならそれと一緒に教えるよ。あーでも、あんまり短いと本当に才能のある人しか習得できないかもって伝えておいて」

「はい。伝えておきます……武器戦闘もですか?」


ん?とフィルマンは首を傾げた。


「そりゃ武器戦闘はするよ。もちろん兵士みたいに命がけではやらないよ?でも、近付いて来られたら成す術ないなんて魔法使い失格だからね」


彼がそこまで言うと、ピタッと世界から音が消えた。不審に思ったレミィが辺りを見回そうとして……しかし、身体がどこも動かない。それどころか、彼女の身体は呼吸を止めていた。不自然なほど静かになった部屋で、フィルマンの心臓の鼓動すら聞こえるのに、自分のそれは聞こえない。視界だけが動き、ゆっくりと立ち上がるフィルマンを捉える。


「見えてる……のかな?少しだけだけど結晶を弄ってみたんだけど……後でダーチャに見てもらってね。まあ、ダーチャに新しいのを貰った方が早いけど。ちょっと待っててね……」


レミィの顔は動かず、部屋のクローゼットに向かったフィルマンの姿は見えない。ガチャガチャと金属音を鳴らし、彼はベッドに大量の武器を投げ込んだ。剣、槍、盾、刀、棍棒、鎖鎌まで多様な武器が山のように積まれていく。フィルマンは戻って一振りを手に取った。


「はい、解除」


その声と同時にレミィの身体が戻ってくる。屋敷の外で呑気に鳴く鳥達の声も聞こえるし、胸に手を当てれば鼓動も感じる。これが時間停止なの、と震え始めるレミィの前で、彼は平気な顔をして剣を振り回し肩掛けに構えた。身の半分はありそうな剣を片手で軽々と振り、何か負担がかかった様子もないフィルマン。少なくとも、今の彼は十台の男子にしか見えないのだから、不自然極まりない姿である。年相応の細腕は、鍛えているようには見えない。


「だから、近付かれても何とかなるように、僕達魔法使いは案外近接もちゃんと特訓する。片手間にね。だから、師匠もそれは前提にしてる……と思う。でも、師匠だしなあ……」


あの人ならそんな心配してないんだろうなあ、とフィルマンは頬を掻いて笑った。


「師匠なら零距離でも魔法で何とかするだろうし。まあ、一応確認して、考えてなかったらそれも言っておいてね。師匠が考えてなくてもダーチャは考えてると思うけどね。ダーチャは結構そういうのしっかりしてるし」

「ダーチャ様が」

「雑魚だからね、言っちゃ悪いけど。マナと魔法の説明はされてたよね?ダーチャはマナを集めるのが極端に下手だから、魔法の発動すら覚束ないし、誰かと競合したら絶対に勝てない。そんじょそこらの魔法使いにも勝てないだろうね。だから色んなマジックアイテムを作って補ってるわけ。たぶん彼女なら、こういう」


パチン、と指を鳴らしたのは、レミィに時間停止を気付かせるためだろう。再び体が動かなくなり、フィルマンが一つずつ得物を飛ばして収納していく。刃物を飛ばしていてもクローゼットが傷ついているような音が聞こえないのは、それだけフィルマンが丁寧に飛ばしているということなのだろう。


「時間が止まっても、普通に動いてるだろうね。あ、まあ、この時間停止は全然適当なものだし、全席魔法使いなら動けると思うけど、本気でもダーチャなら動くよ」

「違いが解りません……同じ時間停止ではないのですか」

「んー……時間を止める方法もいくつかあってね。簡単なものと難しいものと……まあ、知らなくていいよ。さっきのこと、適当に伝えておいてね。場所とかはいらないから」

「了解しました。それとこの結晶、ありがとうございます。改良して頂けて」

「良いよ良いよ。気を付けなね、簡単に死んじゃうんだから」

「……ええ」


フィルマンは何をするか解らない。笑顔で見送る彼を見て、さらにちゃんと考えよう、とレミィは思うのだった。

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