会議 1
「では話し合いをしよう、エーリク、アン、アリューザ……どうしてダーチャが?」
「さあ~?その話をすると言ったら飛び起きて勝手に着いてきたの」
「どうして話したんですか……」
次の日、早朝。リセルは珍しくも二日連続で地下から上がってきていた。応接室として用意されている部屋に集められた四人に対し、レミィがせっせとお茶を出す。彼女自身は人間であり、昨日の宴会で太陽が昇る直前まで働いていた疲れは残る。しかし、そこは大魔導士リセルが付いている。難なく疲れが消え去り、しっかりとした足取りで給仕を行い扉に控える。
「良い。ダーチャも意見を出してくれ」
「はい!任せてください!こう見えても私はですね、弟子にはまるで学校のように教えているんですよ!」
「あの一人だけの弟子にか?」
「……おーいおいおいチビ、なあ!?私の邪魔をしないでいただきたいんですけどねえ!!?」
「では、始める。まずは学校のシステムについてだ」
揉めている一席と十席には誰も触れない。アリューザとダーチャには特に構わない方が話が進む。リセルと眼鏡のエーリク、彼の真似をして眼鏡を着けたアン、三人により何事も無かったかのように装う。
「魔法を教えるということで、とりあえず何を教えるか、なのですが。教えない魔法を指定した方が良いかと。魔導書もこちらで用意するわけですから」
「そうねえ~……目安としては、絶対に教えない魔法、適性があれば教えてもいい魔法、通常教える魔法、最低限教える魔法に分けるべきでしょうね~……」
「うむ。働くにせよ戦うにせよ、一定のことができると担保するのは職に繋がる。であれば……すまないな、エーリク。君の魔法は少なくとも必須ではない」
「そうでしょうね。残念ですが」
眼鏡をかけた痩身の青年エーリクは肩をすくめ、提供されたティーカップに口を付けた。
彼ら弟子の魔法使いは、その誰もが何かの魔法に特化している。類まれなる才能と圧倒的な時間をかけ魔法を一から作り出したリセルと違い、たとえその弟子といえどあらゆる魔法を使いこなすことは出来ない。
エーリクは雷の魔法に特化した魔法使いだ。本人も自覚している通り、雷の魔法は圧倒的な破壊力と影響するまでの速さがある代わり応用が利きにくい。もちろん、エーリクほどの使い手になれば手加減と応用を覚えるだろうが、若輩にそれを期待するのは難しいだろう。
「私の魔法は知っていて損は無いはずよね~?」
「うむ。大地の魔法を知っておけば働き口には困るまいて」
「お役に立てて羨ましい限りですよ」
一方、胸元や素足を煽情的に露出させた長袖の黒装束に身を包み、とんがり帽を指で弄り回すアンは、大地の魔法に適性を持つ弟子である。うーん、と伸びをすると、唯一普通の人間であるレミィだけが大きく揺れる胸元に視線が吸い込まれる。
「とりあえず武器や道具を作れるだけでも重宝される。鍛冶屋の仕事を奪い過ぎないよう高めに売りさばかなければならないだろうがな」
「教育次第ですよ~」
大地の魔法は創造の魔法とリセルがかつて読んでいたものだ。土を原料に様々なものを生み出し、土そのものを生み出す。その気になれば大地のエネルギーをそのまま操ることもでき、人間社会にもっとも必要とされる魔法だろう。実際彼女が作る武器は非常に高級で、彼女に気にいられなければ作ってはもらえないが、一本あれば末代まで食い扶持には困らないとまで言われる性能を誇る。
「教えて危険なのは……空間に関する魔法だな。あれは世界を破壊する魔法だ。知らない方が良い」
「まあそうでしょうね。後は……精神干渉はどうしましょう」
「む……私としては、そんなもの掛かる方が悪いとは思うが……」
「身を守る魔法を学ぶだけの授業をカリキュラムに取り入れればいいのではないですか?まずは自分がやられないこと、それが魔法使いの肝要です!」
「身を守るよりも相手を潰した方が早いだろうチビ」
揉めていた二人が戻る。特に理由もなく眼鏡を作り着けているアリューザと、口の端から血を垂らしたダーチャ。レミィがハンカチを手渡すと、拭きながら割り込んだ。
劣化リセルであり非常に優秀、魔法をリセルが作ったものでなければリセルと並んだであろうアリューザと、致命的に魔法を使うセンスが無く代わり知識を詰め込み道具に魔法の力を託したダーチャでは考え方が違う。二人とも真剣に、まずは護身か先手必勝という対局のことを吐いている。
「うむ……私はアリューザに同意見だが、二人はどうだ」
「私は~……ダーチャかしらね~……」
「私もダーチャです。素人ですから、まずは安全を確保するべきかと」
「ではダーチャ案とするか」
「見た!?見ましたか厚底チビがよお!?はい私の勝ちぃ!六千二百三勝六千二百二敗三分け!」
「何だと……?六千二百三敗六千二百二勝三分けの間違いだろう」
「では、それは優先しよう。後は……そうだな、最低限移動の魔法は使えないと話になるまい。それも序盤に教えるべきだな」
「ではそれも加えましょう。後はそうですね……まあ、基礎的な魔法の理論なんかを早いうちに教えて、それから実践、でしょうか」
「が、良いだろうな。本来なら二十年は座学で使いたいところだが……この際必要不可欠なものだけを抽出しよう」
一息つきつつ、レミィはリセルの合図を受け会議の内容を書き留める。魔法使いは叡智の使い手、こんな会話程度忘れることはあり得ないが、彼女はこの後各部屋を回り、その考えを伝え意見を聞き出す役目を背負っている。
同時に、エーリクもアンもパイプを取り出し指を鳴らし火をつけ吸い始めた。通常の美的感覚を持つレミィからは、その姿も当然魅力的に映ってしまう。魔法使いというのは何の因果か美形が多い。人形として作られたアリューザや変化を使うミーシャはともかく、粗野なアルドスや巨漢のレオですら顔つきは悪くない。しかし、取り立てて良くも悪くもないレミィが見ても嫉妬すら覚える隙も与えないほど、全員が妖しい魅力を放っているのだ。
「しかし、面倒ですね……私の知る限り、今の人間の教育機関というのは簡単な計算や読み書き、戦闘訓練や農業のやり方を教えて二年です」
「ほう……ずいぶん短いものだ。それで大成するとは思えないな」
「まったくです。半生を賭けられないものに価値などない。そうは思いませんか、アン」
「そうねえ……でも、これから作る学校も、それくらいにしないといけないのかしらね~……」
「馬鹿を言うな。短すぎる」
今日で一番はっきりと言葉を切ったリセル。頭に来ているわけでもなく、二人も煙を吐き出しながら応える。
「とは言え、家業の担い手が減るわけですから。その二年すら惜しむ者も多くいるようです。よほど強く言わなければ、子が望んでも親が学校など行かせないでしょう」
「何、卒業すれば地位を担保するのだからいいだろう」
「そういうことじゃあないのよねえ~……今の一年の労働力の方が大切なのよ……貧しい地域なんかは特にね~……」
「そんなものか……良くないな。地下に引きこもり過ぎて人間の常識を思い出せない。日々の糧が優先……確かにもっともだ」
パタパタと手を仰いで煙を嫌うアリューザとダーチャ。レミィは窓を開け、メモは書けましたとそのページを見せる。確認したのちエーリクはパイプを放り投げ、再び前のめりになって話す体勢を整える。パイプは空中で煙に消えていった。
「後考えなければならないのは……そうか、通常の学校の代わりに計算や読み書きもさせなければならないのか?」
「そのレベルからとなると本当に十年かかっちゃうわよね~……」
「そこでつまずくレベルで魔法を習得できるとは思えません。この際まずは貴族に対象を絞り、二年に加えてこちらの教育を受ける余裕のある人間に限るべきでしょう」
「やはりそうなるか……まあ、その方が良いか。まずは人を集めねば話にならん」
リセルの嘆息を見つつも、今回ばかりは誰も否定はできない。リセルとしては、そもそもリセル本人が貴族というものを理解していないというのもあり、人間が裕福化どうかも知ったことではない。リセルからすれば身分の違い程度で魔法の才能を逃したくないのだが、まあ裕福で余裕のある人間のほうが教えるには楽でいい。
「我々のカリキュラムは……まあ、どんなに削っても三年は必要でしょうか。十年は人間に厳しいでしょうし」
「そうねえ……五年……五年でも反対されるかも……」
「どう思う、今代の」
「え、あ、はい、そうですね……」
突然全席から視線を向けられ戸惑うレミィ。魔法使いというのはアリューザを除いてすべて元人間であるが……しかしながら、あまりに昔のことで忘れてしまっていることがほとんどなのだ。
その点レミィは出生不明の孤児として拾われてきたとはいえ現人間。詳しいわけではないが、それでも無知ではない。彼らは無知なのだ。書くのを止め、拾われる前の小さいころを思い出す。
「……正直、ほんの数日でもいなくなるのは辛いと思います。平民……いや、街に住んでいる平民なら大丈夫かも……」
「ああ……まあ、どちらにせよでしょう。こちらからは五年を要求するなら大して変わるものではありません」
「多少名が上がれば、信用して無理に通おうという人間も出てくるでしょう。こんなこと言いたくはありませんが」
少しの苛立ちがエーリクから全員に伝わってくる。前提として彼ら魔法使いにとってのリセルというのは大魔導士として敬われるべき存在であり、その彼が教えを授けるというなら頭を下げるのが筋である。
だが、一般人にとっては仕事を引き受けてくれる魔法使いの方が偉大なのである。彼らも、聞かれないのに師匠の師匠、リセルの名を出したりはしない。一部の人間からはたいそうな二つ名すら付けられている全席と違い、どうもリセルは存在すら認知されていない。
「ではそんなところで。規模はどうしましょう?」
「うむ。土地は心当たりがある。必要な設備もすべて揃えよう。お前たちも常駐させてしまうことになるなら、望む設備を与えるから言ってみなさい」
「は!?お師匠様、それは不味いですって!練習を超える設備は設置するべきじゃありません!危険です!」
「なんだダーチャ。実験設備などそう危険なものでも……」
「ダメ、危ないです!お師匠様、小爆発だって受けたら人間は死ぬんですよ!」
「む……それは解るが……」
「同意見です。しばらくは死者は出ないように最大限配慮すべきでしょう」
エーリク、そして飛び掛からんばかりの勢いで叫ぶダーチャを見て、少ししゅんとするリセル。顔が赤くなるのをぐっと抑えつつ、ダーチャはさらに続ける。
「お師匠様、私たち向けの研究設備を作ることにはありがたいとは思います。しかし、何かの間違いでそれを素人が触ったら計り知れない被害が出ます!」
「………お前達がしっかりと管理するなりすればいいだろう」
「フィリーネやアルドスもいるんですよ!?」
「あの、同意見ではあるんですが、私の親友を一体何だと思っているのですか、ダーチャは」
呆れる三人組の二枚目担当。リセルも彼らが直情的で、だからこそ魔法力を無駄遣いするような火の魔法や水の魔法を使いこなし極めることができたことは解っているのだが。彼らのことだ、もし生徒が秘密裏に何か起こしてしまったらその叱責で殺しかねない。
「ではそれは見送る。あとは……アンとミーシャ、ダーチャも来なさい。早速その土地を見せよう。生徒を住まわせる場所も一緒に作る。エーリクはもう少し期間と教える魔法を詰めておいてくれ。しばらくした後全員を集め会合を開く。今代の、他全員への説明と、事前の意見提出をさせておいてくれ」
「解りました。では私は戻ります。今代、お茶、ありがとうございました」
「は、はい!では私は皆さんに聞き取りを行います!」
老体がゆっくりと退室し、ちょこちょことダーチャがそれを追う。アンによる挨拶代わりの頬へのキスを受け取りつつ、身体を固めながらもレミィは他の部屋に向かうのだった。