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魔法使い、集結 後編

次にレミィが目を覚ましたのは、大食堂のテーブルの上である。取り囲むように、出迎えるべき客人と、主たるリセルが揃い座っている。


「……フィリーネ様」

「い、いや違うって!殺したのは私じゃない!アルドスよ!」

「待て待て待て!元はと言えばそいつが今代を油断させたのが悪い!俺じゃない!」

「二人とも、魔法の制御が下手なんですよ。雑魚が無理をするからそうなるんです」

「「最下位の雑魚は黙ってろや!」」

「……んだと、クズ共がよ……!」


言い争う三人。テーブルの長辺、短辺に座るリセルの右手側に座るのは、一席から五席まで。うち二席、三席、四席の言い争いに、レミィは大体の事情を察した。


彼女は死んだのだ。恐らくはあの油断した一瞬、片手が結晶から離れていたのだろう、効力を失った魔法結晶は彼女を守ることなく、二番目に来たアルドスに殺されたのだ。いや、本人に殺す気は無かったことは解っている。そこにたまたまレミィがいたから、そしてレミィが只の人間だったから死んだのだ。自分の両手を眺め握ったり緩めたり。レミィに何か思うところがあるかというと……そんなものは無かった。


「蘇生していただき感謝いたします……アリューザ様」


一席アリューザは、劣化リセルと呼ばれている。これは蔑称でも何でもない。本来ならば全ての魔法使いは劣化リセルである。それでも彼女がリセルの名をもって呼ばれているのは、彼女自身がリセルの戯れで作られた人形であり、第一の弟子であり、何にも傾倒することなく全ての魔法を満遍なく高い水準で使いこなしてみせるから。一ミリも表情の変わらない人形の顔は、それを除けば人にしか見えない。手を軽く振り上げ、淡々と発声する。


「ん……気を付けなさいね。あと、服は他の給仕に合わせておいたけど、下着は見てないから作ってないわ」

「…………ありがとうございます」


少し不満は残るが意図せず望んでいた一般給仕服になったレミィは、ゆっくりと足を着けないようにテーブルを下りる。揉めている三人の間を縫って、出入り口の横へ。彼女が下りた直後、誰かが操った風がテーブルを吹き荒れ塵を窓の外へ吹き飛ばしていった。


「やんのかてめえよお!」

「良い度胸だ表に出ろゴミ共が!」

「やってやろうじゃない!灰にしてやる!」

「やめないか。後にしろ、フィリーネ、アルドス、エーリク」


「……覚えてろよてめえら」

「こっちの台詞よ」

「……次は私が勝ちますので」


リセルが一声かけると、部屋の中は静寂に包まれ、彼が次に何を言うのかに全員が耳を傾ける。その姿を見るとレミィにも、どれほど彼が恐れられているのか、あるいは敬われているのかを再確認させられる。全ての魔法の祖、無尽の大魔導士。ここにいる全員が束になってかかってやっと、何とか勝負になるであろう圧倒的な強者。唯一老体でありながら、それはリセルが好きでやっていること。その力とは関係しない。一番の体躯を持つレオや、変幻自在なミーシャであっても、たとえ肉弾戦であろうと、彼には勝てないことを全員が知っている。


「さて……今日は急に呼び出して済まなかったな。よく来てくれた」

「当然です!お師匠様が呼んだのですから全員来て当然!」


大声で叫んだのは十席、ダーチャ。リセル最後の弟子、末弟を自称する少女……の姿をした魔法使いである。外見は魔法使いにとって大した問題ではない。彼女は最後の弟子として、リセルの持つ知識を全て叩き込まれた、今のところの最高傑作とも言われている存在である。豪華絢爛なアクセサリーの数々はどれも彼女の叡智のもと作られたマジックアイテムである。魔法を実際に使う技能に関しては全くと言っていいほど才能の無かった彼女をもってリセルは自分の限界を悟り、弟子を取ることをやめてしまった。


「そうか。まだ慕われているようで何よりだ。早速だが本題に入る。私は……一つ協力を求めたい」

「……珍しいな、師匠が協力?命令って言ってくれれば俺達は喜んで従うぜ」

「そうは言わんさ。どうするかはお前たちが決めてほしい。私は今から、お前たちに教えてきたことを覆す。本当に済まない。私が間違っていた」


そう言って、リセルはその場で両手をつき頭を下げた。反射的に止めようとしたダーチャが立ち上がりかけるも、その様子の並々ならぬを読み取り黙って見ている。彼が何を言うかは昨晩のこと、未来から屋敷に帰ってきたレミィには既に知らされている。長らくひれ伏していたリセルは顔を上げると、何かを噛み締めるようにして小さく呟いた。


「私は……魔法を世に知らしめなければならない」



―――

―――

―――



魔法とは、選ばれし者の技術でなければならない、とリセルは普段から弟子に繰り返し伝えていた。

魔法を使える一部の者が対価によって使えない者に手を貸す、それ以上のことがあってはいけないとリセルは考えていた。


魔法とは万能の力である。ことリセルほどの存在になれば不可能は無い。ここ最近でリセルの望みが叶わなかったことと言えば、対等な相手がいないくらいのものだ。彼ほどでなくとも、ここにいる魔法使いたちなら並大抵の欲望は叶えられる。

しかし、リセルは思った。魔法とは欲望を叶える道具であり、それを誰もが持つことがあれば必ず争いを巻き起こす。全員が魔法を覚えれば極端な話、上位の人間は一方的に生殺与奪を握ることになる。だから弟子たちにも、魔法を教えるなら絶対に悪用しない者にしろと口酸っぱく言い聞かせてきた。おかげで今の世には、大魔導士リセル、魔法使いの十席、そしてその他の魔法使いが百人に一人。その程度なのだ。それでもリセルからすれば多いくらいだと思っていた。一部の正しい魔法使いが研鑽を重ね、技術を昇華させ、もし悪しき者が現れればその師が責任をもって殺す。それが健全だと思っていた。


「しかし、しかしだ。私は見てしまったのだ。千年後の未来を。この目で直接見てきた。あの絶望的な世界をだ」


しかし昨日、リセルが見た世界が、その考えを否定した。


商人に魔法を否定されたリセルは、その後都市にたどり着き、聞き込みを続けた。ゴーレムを使役して魔法使いを探知し続けながら、そうしてしばらく聞いていった。しかし、やはり世界で一番強いのは兵士だった。誰に聞いても同じ答えしか返ってこない。魔法使いも一人として見当たらないし、街で使われている技術もからくり仕掛けで魔法が使われていない。

王城の書庫に潜入して文献まで漁っても、まるで魔法など最初から存在しなかったかのように歴史から消えていた。子供向けの言い伝えにのみ名が残るのみ。魔法は、千年を経て消滅していた。

ならばと五百年ほど時間をずらそうとも考えたリセルだったが、ふと考えた。


少なくとも、リセルは生きているし、恐らく弟子たちも寿命で死ぬことはない。兵士が一番強い世界で、弟子たちを害するものがいるはずがない。仮に死んでいても、だとしても、リセルがいながら魔法が滅んでしまったのは間違いがないのだ。リセルは自分を信じている。リセルにはどうしようもない何かの要因で滅んだことは間違いない。魔法はもはや世界には不要の存在だったのだ。


そして、自室で日記を見つけた時、推測は確信に変わった。


「私は知った。魔法使いはいつの日か、必要とされなくなる。魔法使いを排除して、文明を自分達の手で進化させようと退化する動きが来る。魔法使いは世を捨て進化しすぎたのだ。魔法使いがこの大陸を、この星を捨て、絶望と共にどこかに消える。そんな未来が、そのうちに来る。我々にとってはそう遠くないうちだ」

「…………クソが」


誰かが呟いた。口汚い誰かなのか、怒りのあまり口調すら変わったか、誰かの声かも解らないほど重く低い声だった。その場にいる全員がリセルの話を信じ、訪れる未来、リセルを失望させ、魔法使いが消え、リセルが歴史から消え去ることに苛立ちを覚えていた。そんなことが許される筈がない。未来の自分は何をしていたのか。血が出そうなくらいに噛み締めて、そんなこと答えは出ている。諦めたのだ。魔法使いは受け入れられることを諦め、どこかに消えた。リセルの、自分と戦える存在が欲しいという願いは叶わないまま、誰も叶えられないまま、いるのかも解らない未知に託すしかなかった。誰もその境地に至ることは出来なかったのだ。リセルに何もかもを与えられておきながら、彼の願いひとつ叶えることができず、それを本人から聞かされた。


「私は……それは、気に入らない。私が滅ぶのは良い。歴史に名を残そうとは思わん。だが、未来の私も、結局誰とも戦うことなく、満足することなく……このまま永遠に待たなければいけないのか、私は」

「そんな……私が必ず、お師匠様に追い付いてみせます!絶対にお師匠様を越えてみせます!」

「ありがとう、ダーチャ。しかし、お前たちにばかり頑張れ頑張れと言っていても仕方が無い。私にも責任がある。魔法をお前たちに教えた責任がな」


レミィには理解できない境地だが、一連の話を全員が固唾を呑んで聞いていることでその真剣さは伝わる。少なくともここにいる全員はリセルの願いを叶えようとしているのだ。


「だから、私はこれから、魔法を周知させる。魔法使いという存在が一般的になるまで、誰しもが魔法を使えるようになるまで広めることにした」

「何……?」


部屋が少しざわめいた。


「今、魔法使いは少数だ。きちんと依頼をして、対価を受け取って、荷物運びだの護衛だのを頼むのが普通だ。さらに推し進める。誰もが魔法を知り、現実的に魔法使いを進路として選べるほどまでにする」

「でも、それじゃあ悪用されるんじゃないの~?」

「確かにそうだ、アン。悪しき者が魔法を使い、起こるトラブルもあるだろう。しかし、それは私達の傲慢だったのではないかと思っているよ」

「傲慢~?」


五席、アンがわざとらしく、しかし無意識に指を口元に当てて首を傾げた。


「人間は魔法を悪用する。魔法使いは悪用しても師が責任を取って自浄する。それが人間の間では起こらないと断ずるのは、私が人間を見下しているからだ。しかしそうではない。人間はそういう生き物だ。正しい者も悪しき者もいるだろう。そのなかで上手く、勝手にバランスをとるのが生物というものだ。最近はそう考えている」

「……ふ~ん……」

「で、どうやって周知を?これから弟子を多く取るのですか?」


アンが落ち着き、代わるようにエーリクが問いかけた。エーリクもアンも、比較的話を纏め引っ張る気質を持つ。全員が知りたいだろうことを、知りたいように聞く。口の下手なフィリーネやレオ、師匠への敬愛が強すぎて時に脱線するダーチャは語らない。


「それがお前たちへの協力の話だ。言っておくが強制はしない。これまでの教えに従い私に離反してもお前たちは私の弟子だ。遠慮なく殺しに来い。私を殺した者が大魔導士だ。それは揺るがない」

「そんな……いえ、いつか殺すわ。でも、離反なんてしない。手足のように思っていただければそれでいいの。最大限協力するわ」

「言い過ぎだ。好きにすればいい。お前たちはもう一人の魔法使いだ。私の弟子というのは、踏み外したら迎えに行く、困ったら頼れと言っているんだ。後は時々顔を見せてくれればいい。うちの貴族を殺すのは勘弁してもらいたいがね」

「……すまねえ師匠」

「話を戻そう。周知の方法だが……学校を作る」

「……学校?」


リセルは杖を振り、全員に資料を飛ばす。上手くは無いがギリギリ大きな建物だと解らなくはない塩梅の絵と、細かく達筆に書き込まれた文字があった。それを見て、ダーチャが四角い何かを取り出しそれを映像保存しようとしているのには誰も触れず、それを読み込んだ。


「私には金品は事欠かない。いずれは教師もこの学校の卒業生にやらせる。腕の立つ魔法使いには私から職を斡旋してもいい。現実的な進路になるほどまでに浸透させれば無くならない。あまりにも身近なものになれば、人間が勝手に取り締まるだろう。最初のうちはお前達に頼みたい」


リセルは立ち上がり、再度深く腰を折った。老体では背が曲がり解りにくいだろうと、わざわざ青年の姿に戻ってまで、リセルはそれほど本気なのだと彼らに示した。

であれば、彼の弟子が受け入れないはずがない。彼がその結論に達したのは元はと言えば、千年経ってもリセルに届かなかった自分たちの怠慢でもあるのだ。誓って、リセルが本気で魔法を広めようとしているとは考えられない。それは手段だ。それしか取れなくしてしまったのは自分達。


「もちろん、私は乗る。お師匠。私に何でも言ってくれ。この未熟者に務まるのなら先生でも何でもしようじゃないか」

「アリューザ」


「俺もやる。師匠にこうまでさせた責任は取る」

「同じく。この脳筋より良い教師になれると思うわ」

「二人だけでは不安でしょう。手綱は握りますのでお任せください」

「アルドス、フィリーネ、エーリク」


「もちろん私も協力するわよ~?面白そうだし~……どっちみち、私じゃお師匠には勝てそうにないし~……後に託すとするわ~」

「アン」


「僕たちも協力するよ。まあ、この魔法を素人が使えるかは知らないけど」

「まあ、やるだけやるのもいいんじゃないですか。ね、師匠」

「フィルマン、ミーシャ」


「目も見えぬ身で良ければ尽力いたします、お師匠様。弟ともども」

「いや。オレはオレの意思で先生に従う。マリーズと二人で、これは譲れないが」

「マリーズ、レオ」


「言うまでも無く私はお師匠様の忠実な僕みたいなものです!若輩ですが何でも言ってください!」

「この勢いで私と同じことを言うとは、忠誠が足りないんじゃないのか、チビ」

「アリューザから何か聞こえましたねええ!!???お!?お前のその厚底ブーツ脱いでから身長で煽ってくださいよ寸胴チビ!」

「殺すぞ」

「ダーチャ……みんなありがとう」


騒ぎはありつつ、顔を上げたリセルは数十年ぶりに涙を流していた。魔法使いになってからは初めてだろうか。研究のため人間を手にかけ倫理観を失い、悲しいとも思わなくなってから以来だ。


「話はまた追って伝える。とりあえず今日は真面目な話は終わりにしようじゃないか……今代の、食事を運び入れてくれ。さあ、何か変わったことが無かったか教えてくれ、弟子たちよ」

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