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魔法使い、集結 前編


その日、いつも人気の無いはずのリセルの屋敷は慌ただしく動き回っていた。レミィと同じように拾われてきた給仕服の娘たちが、普段は軽くしか行わない全部屋の掃除を熱心に行っている。


「食事はリストにあるものを正確にお出ししてください。それから、お飲み物は私が主さまに頼んで頂いて来ます」

「レミィさん、正面玄関のお掃除が終わりました」

「解りました、確認に行きます。何人か見繕ってお手洗いのお掃除に回ってください。女性用のみで構わないはずです……いえ、一応男性用も掃除だけはしておきましょう。ミーシャ様がどちらのお姿でいらっしゃるか解りません。それから、個室の一つの扉が外れていることを確認しておいてください」

「畏まりました」


定期的に行われるこのイベントにおいて給仕たちに指示を出すのは、今年からはレミィの仕事。ニーアは次代の給仕やお飾り貴族の候補を探しに外に出ているから、彼女が張り切らなければならない。これも大事な仕事だ。来客に対し失礼があってはいけない。


「レミィさん、食事なんですが、この作り方が……」

「ニーアさんの部屋に行ってレシピを漁って構いません。確か去年はマリーさんが作っていたはずだから聞いても良いわ」

「レミィさん、お部屋の椅子が一つ少し傷付いていまして」

「二階の倉庫に替えがあったはずよ。無ければ作って頂くから言ってください」


矢継ぎ早の質問や相談に応えることができるのは、ひとえにニーアの教育のおかげ。一通り全員が作業中であることを確認すると、レミィは一階の大食堂に向かった。


「大丈夫ですか。あと一時間で時間になりますよ」

「はい!大丈夫です。ここは……あ、椅子が一つないだけです!」

「椅子、持ってきました!」

「ならもう大丈夫です!」

「解りました。お疲れ様です」


昨日、レミィはこの催しが行われることをリセルに言われて知っていた。突然だが驚きはしない。それほど理由が無いなら一月は前に言われる筈だから、それなりの理由があるはずなのだ。今日行われるイベントは、定期的だが時期が決まっているわけではない。開催頻度も時期も全てリセルの気まぐれ。大食堂の長テーブルに、リセルが過去に弟子に取った十人が一堂に会するというだけの会合だ。

しかし、その誰もが大魔導士リセルから直接教えを受けただけあって、得意な魔法分野の関してはリセルと肩を並べることができるほどの実力を持つ。誰もが名を言えば子供でも分かるような実力者であり、リセルも指先一つで世界を滅ぼせるが、彼らでも腕一本で世界を滅ぼすことができる。

彼らが屋敷に来るのだから気合も入って当然。自分の主の弟子であるのだから、主と同じように丁重に扱えとの言葉が代々お飾り貴族に受け継がれている。


「レミィさん、そろそろお着換えを」

「あ、はい。お願いします」


しかし、国の小役人でもあるまいし、全員が事情を知っているのに自分が着飾る意味があるのだろうか。他と同じ給仕服では駄目なのか。それも、彼女たちに語り継がれている、弟子たちの悪ふざけである。



―――

―――

―――



「マリーズ様とレオ様がいらっしゃいました!」

「解りました。食事係以外は全員正面玄関に集合!急いで!」


展望台から周囲を望遠鏡で覗いていた給仕から、時間通りに来る二人の来客が報じられた。作業用の給仕服から、美しい貴族が着る豪華絢爛なドレスに身を包み、レミィは他の給仕たちと並んで正面玄関から正面階段を囲む。とはいっても、彼女だけは列をなす給仕たちの間、来客を通す道に立たなければならないのだが。そうして、全員が息一つ乱さず、玄関から勝手に入ってくるだろう来客を出迎える。


「……失礼する。八席マリーズ、九席レオ、師の呼びかけに参上した」


重厚な玄関がゆっくりと開き、一組の男女が、男性の肩に女性が乗るという形で現れた。給仕たちは一斉にに頭を下げ静止。レミィだけが数秒の後面を上げ、彼らに近付き再び頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました。マリーズ様、レオ様」

「ん?ああ……もうそんな時期であったか。先代には世話になった。伝えておいてくれ。貴女の名前は」

「レミィと申します。マリーズ様、レオ様、以後お見知りおきを」


銀色の髪、筋肉質な巨体に精悍な顔立ち、一人の青年として魅力的で、鎧にマントというまるでどこかの王のような堂々たる立ち振る舞いのレオと、その左肩にちょこんと座る、ドレスを着た白髪白目の幼い少女マリーズ。一見したうえではレオが上位の存在であり、子供でも連れてきたようにしか見えないが、その名を呼ぶときは必ずマリーズを先に呼ぶこととなっている。レオのたっての希望である。


「マリーズ。お飾りが変わったようだ。見えるか」

「声で解るわ、レオ。レミィ、顔をこっちに寄せて。触れることを許して」

「もちろんでございます」


玄関を何とか通れるほどの巨漢であるレオが膝をつき、レミィとマリーズの身体が近付く。儚げな雰囲気で、じっくりと直視しなければ薄幸の美少女としか言いようがない透き通るような彼女が、レミィの頬に触れる。目を閉じるレミィの顔のパーツを一つ一つなぞるように、細指で撫でる。彼女のことを見ているようなマリーズのその目は、白目。光を失い、何も見えていない。


「……ありがとう。覚えたわ。行きましょうレオ」

「ああ。では今代の。また後で」

「はい。行ってらっしゃいませ」


八席マリーズと九席レオ。どこからどう見ても親子にしか見えず、顔も似ておらず、髪の色すら銀と白で微妙に異なる彼女らは、その実兄妹にあたる。生まれつき目の見えないマリーズと、身体が大きく器用なことが苦手で、マリーズを手伝うことすら覚束なかったレオ。心中まで考えていた二人の才覚を見抜きリセルが魔法を教えたことまで、レミィ達も聞かされている。それ以上は知らされていないし、知る必要もないと納得していた。重要なのは、二人を扱うときは必ずマリーズを優先させ先に立てること。温和で心優しく、決して他人に怒りを向けないマリーズと違い、レオは怒るときは怒るのだ。

とは言え、その他は何の問題も無い来客だ。移動に関する魔法を極めたレオと感覚を司る光と闇の魔法を極めた二人には、精々が食器を木製にするとか、お手洗いの扉をあらかじめ外しておくとか、理由はよく解らないが言いつけられた配慮はその程度である。そもそも盲目と言えど感覚はレミィ達非魔法使いと比べれば人外であり、一人でいても危険はないほど周りのことを認識できているのだが。


「みんなお二人みたいに正面から入ってきてくだされば楽なのですが……」

「あ、ダメだった?」

「っ…………フィルマン様、そういうところです。心臓に悪いですから、どうか玄関からいらっしゃってください」

「ごめーんね」


いつの間にか、この場の誰も認識することなく、後ろからレミィにのしかかるように抱き着いているのは七席、フィルマン。不老であり青年程度で外見年齢を固定している者が多いリセルの弟子の中でも、何故か歩くのがやっとの赤子に戻り老人まで成長しを趣味で繰り返している酔狂である。今現在は幼さの残る思春期の少年と言ったところだろうか。綺麗に整えた金髪と上等な燕尾服のおかげで背伸びをした子供にしか見えないのが救いだった。中年の姿で同じことをされた日には、前もって予見していたレミィといえども反射的に裏の拳の一つは向けてしまったかもしれない。


「今度のお飾りはまた綺麗な子だね。ミーシャもそう思うでしょ?」

「……ミーシャ様もいらっしゃるのですか?」

「あ、うん。そこら辺に羽虫になって飛び回ってるよ」

「……全給仕に伝えてください。屋敷内で羽虫を見付けたら、攻撃する旨を伝えてから退治するように。六席ミーシャ様である可能性があります」


給仕に伝えに行かせ、フィルマンの手を丁寧に払いのける。何度か服を叩き整えてから、彼にも一礼、名乗りを上げる。


「ん、よろしく。長生きしてね。先代は?」

「次代を探しに出ております」

「そう。帰ったらよろしく言っておいて。それと、ミーシャが死ぬ前に姿をよく見せてって言ってたよ」

「伝えておきます。いってらっしゃいませ」


時に関する魔法を操るフィルマンと、変化を自在に操るミーシャ。二人に関してはレミィから接触を図ることができないため、ミーシャへの挨拶は出来ないだろう。もちろんリセルの前では流石に姿を現すだろうが、その時レミィに発言は許されていない。

定位置に戻り、時計を取り出し確認。集合時間を過ぎた。十人中四人しか時間通りには来ない。いつものことだと代々言われている。魔法使いというのは人間だが、寿命を捨てたことと研究に没頭する気質から時間に対しての感覚がめちゃくちゃになる。現状に満足してあまり熱心に研究を行っていないマリーズ達と、時間を操るフィルマン、変化により魔法使いながら一般人に交じって暮らしているらしいミーシャのみが、約束した時間にマトモに現れるのだ。

というわけで少しの間待機。抱き着かれてズレたであろう服を鏡を見ながらしっかりと整え、再び定位置へ。そして、三十分ほど待つのがいつものことだ。


「……そろそろね。玄関を開け放しなさい。全員少し下がって」


感覚だがそれだけ待って、指示を飛ばしながら、懐から拳ほどの宝石を取り出す。リセルから客人を出迎えるため、お飾りだけが受け取る魔法結晶だ。これを両手で握っている間、彼女は()()()()()()()()()()()()()()


「フィリーネ様、アルドス様、エーリク様、いらっしゃいます!」

「全員しゃがんで!吹っ飛ばされるわよ!」


伝令給仕の声と共に、宝石をぎゅっと握りながら足で踏ん張る。

全ての給仕が頭を抱えてしゃがみこんだのと同時。


「うおおおおぉぉぉぉおおおぉっっっっしゃあああああぁぁぁっっっ!!!!!!」


音すら置き去りにするような衝撃と、恐らく本人も意識して抑えてなお、給仕たちが肌をしきりに擦るほどの熱。一瞬にして周囲の人間を火傷させるほどの熱量が、開け放たれた玄関を突き抜け、正面階段に突っ込んでいった。一秒遅れて、第二の熱風と、踏みとどまってなお身体ごと転がされるほどの圧力。魔法結晶だけは決して手放さないまま、レミィはゴロゴロと身体中を打ち付けながら、流れ星のように突っ込んできて階段に大穴を開けたその魔法使いのところまで転がっていった。

それが通った玄関前の調度品や絨毯は全て、一波で黒いナニかに成り下がり、二波で粉々になり通り過ぎた爆炎に沿って散らばっている。焦げ臭い臭いが充満し、給仕の中には衝撃で気を失ったものもいるなかで、全身の痛みに耐えながらレミィは立ち上がり、階段の大穴に対して声をかけた。足元が少し溶けて歩きにくい。


「おめでとうございます、フィリーネ様。一番でございます」

「へへ……で、でしょ……?この間発明した新技術よ……よ、よし、被害は出てないわね……」


何もかもを吹き飛ばし焼け焦げさせて侵入を果たしたのは、二席フィリーネ。燃えるような赤髪赤目と煽情的な衣装、褐色の肌と、情熱的な外見の女性だ。周囲の人間が生きていることを魔法で確認しつつ、ふう、と一息つきつつ、転びそうになっているレミィの手を掴んだ。



「ありがとうございます……それとお言葉ですが、物品には出ました」

「後で直してもらってちょうだい……それよりお前、その恰好はお飾り?今代の?」

「はい、レミィと申します。今代の―――」

「あ、不味いわ、結晶握ってないと、負け犬どもが……あ」

「え?」

「どけどけどけどけどけどけええええええ!!!!!!」


最後にレミィが見たものは、振り返った焼け焦げた玄関から、火花を散らした激流が、大穴に向けて突っ込んでくる……ような、そうではないような。どちらにせよ、彼女に目視することは不可能であっただろう。あっけなく飲み込まれた二席フィリーネとレミィのうちどちらが死にどちらが生き残ったのか、もはや語るまでも無いだろう。

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