表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

時間停止剣


アリューザ、ダーチャが地獄を作り出している中、フィルマンはそうではなかった。


元々、フィルマンの扱う時間の魔法は非常に高度で難易度の高い魔法である。他の超越魔法使いが概ねの魔法を使える上で特定の魔法を極めているのに対し、フィルマンは時間の魔法を完全に使いこなしている代わりに他の魔法の技能が低い。

だからこそ、彼は魔法で一方的に蹂躙するというよりは、時間を操りつつ自らの物理攻撃で倒す、といった形をとる。よって、その分手加減も上手い。兵士達との対決においても、ちょうどその攻撃を受けず、ギリギリでも兵士に躱せる攻撃を繰り出していた。


「いいね。良い反応だ。さっきのよりよほど素晴らしい」

「くそっ……舐めるなッ!」


吠えて剣を振る兵士の動きが悪いわけではない。斬るのみならず突きも織り交ぜながら、フィルマンを前に出させないよう攻め続けている。攻撃の度に織り交ぜるフェイントも、兵士長である自分でさえ反応してしまうような精密で高速なものだ。フィルマンにせよそれを目で追ってしまっている。技術は大したことはない。それはアリューザも同様だ。

しかし、フィルマンはそれらの隙を反応速度で補い、付かず離れず、二歩の距離を保っている。攻撃に一歩踏み込む間合いで、後の先をとれるように足を止めない。


こいつは動けるのか、と兵士長は舌を打った。魔法使いは近付けば何とかなると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。さらにあそこから魔法を使われてはどうしようもない。


「つぇいッ!」

「おっと……危ない危ない」


兵士長の心配とは裏腹に、兵士の攻撃がフィルマンの頬を掠めた。アリューザと違い通常の傷が付き、ずっと接近戦を続けていたフィルマンが急ぎ後ろに回転しながら離れていく。頬を指でなぞると、血が拭われ傷も消えた。


「良いね。もう少し若ければ完璧……いや、若返らせればいいかな……」

「ふーっ……ふー……」

「うん。君は採用候補だ。もう見なくてもいいかな……はい次」


フィルマンが機嫌よくそう言うと、兵士の姿が一瞬にして消えた。吹き飛ばされたでも何でもなく、ただ忽然と。


「何……?」

「……ふう。はい、次次。どんどんかかってきなよ。何なら二人ずつくらいで来る?僕はそれでも良いんだけど」


何をしたかは解らないし、どこに行ったのかも解らない。だが、大方魔法なのだ。言われるがままに二人で構える部下に辟易としつつ、しかしそれなら、と思ってしまったのも事実だった。フィルマンの動きは明らかにアリューザより良い。しかし、剣で血を流したことからも耐久力が並であることは間違いない。彼女がおかしかったのか彼が脆いのか。

二人で挟み込むように向かっていく兵士に対し、フィルマンは片手に盾を発現させた。タイミングのズレた二撃をそれぞれ受け止めながら、身体を回転させて追撃も防ぐ。

斬り下ろしを反って避け、そのまま倒れ込んで突きも躱す。倒れ込みながらも足を振り上げ追撃の顎を振り抜く。後ろに後ろにと飛び回転していき、ふらつくこともなく静止。既に左右から分かれて向かってくる兵士達。何度攻撃を受けようと、フィルマンはその全てを見切っている。寸でのところで躱しているようにしか見えないが、それですべて回避できるならその方が良いことは誰にでも解る。


「よっ……うーん……悪くはないけど不合格。二人なんだし攻撃の一つや二つ当ててほしかったなあ……」

「くそ……馬鹿な……魔法か何か使っているのだろう!」

「使ってないよ」

「そんなはずがない!何もせずあんな反応が出来るはずがない!」

「心外だなあ」


何とも思ってなさそうにフィルマンは言った。兵士長から見れば実力差は歴然である。もちろん、魔法を使っていないと断じることは出来ない。しかしどちらにせよ、負けた後に卑怯だったと糾弾するほどの恥は無い。止めるべきかと踏み出した兵士長の前で、それは起こった。


「魔法を使ったらこんな感じになるんだよ、覚えておきなね」

「う、うおおおおっ!!!?」


文句を呟いた兵士が鎧を剥がれ、内に着ていた薄服を地面に刃で縫い付けられていた。その剣は何か。兵士たちが持っていたものだ。フィルマンが持っていたものも含め三本。ぴったりと兵士が動けないように地面に縫い付け、一本の柄を踏みつける。


「魔法使いが魔法で戦うなら、時間対策は最重要事項だね。もちろん、学校を卒業するような普通の魔法使いはこんなことできないけど……あんまり生意気言うもんじゃないよ」

「ば、馬鹿な……!」


そんなはずがない。フィルマンが言ったこと、そしてこの現象。魔法使いは時間を止める、もしくはそれに類することができる。どんな技術も武具も否定しているようなものではないか。何をしても勝てない。どんな上等な鎧も、剥がれれば無意味である。彼の言い分を見るに、まず間違いなくリセルの弟子は全員が同じことができるのだ。


一本一本仲間に抜かれる部下を見て、兵士長は愕然として膝を折った。もう一人試験官役はいたはずだ。

剣が通らない奴、人を一人吹き飛ばし瀕死にさせ、そこから一瞬にして蘇生させる奴、魔法使いでありながら二対一を捌き時まで止める奴。


こんなもの勝てるはずがないではないか。魔法使いが戦争に参加してきたらそれで兵士の時代は終わりだ。普通の魔法使いはあそこまで出来ないと言われようと、誰がそんなもの信じられようか。


「……フィルマン殿」

「ん……?」

「少しだけ、お相手願いたい。一合お願いできるだろうか」

「……まあ、いいよ。これ、使って」


無造作に投げられた上鉄の剣を抜く。痛み入るばかりだが、魔法でしか精錬できない特殊な上鉄と、兵士達用の下鉄や中鉄の剣では強度が明らかに違う。腰の中鉄は捨てる。腕が同等の戦いでランクの違う剣がぶつかり合えば、刃が欠け剣は折れる。それが自分達なら。せめて同じランクの武器が必要だ。


「魔法はどうしようか」

「……完全に止められさっきのようになれば、申し訳ないが勝負にならない」

「じゃあ、ほんの少しだけ使おうか。人間がどこまで反応できるか解らないからさ……気合で避けてよ」

「承知した。来い!」


腰だめに構え、剣を空振りするフィルマンの一挙手一投足を細かく睨む。盾はとにかく前に。息を吐ききり、ひたすらに集中。視界が狭まる。多人数では決してやるべきではないほどに、目の前の敵に集中。


「……ほっ」


驚くほど軽い勢いで、フィルマンが踏み込んだ。全く力など入っていないような様子で、しかし信じられない速度での斬り下ろし。防いだ盾に尋常ではない衝撃が伝わった。後退らないよう踏ん張りながら、振り返す。並の兵士なら対応できるはずのない完全な防御からの攻撃後の隙を彼は背を反って躱した。紙一重、剣圧でローブが切れてしまいそうなほど寸前で透かす。

彼に攻撃を許すわけにはいかない。兵士長はさらに一歩踏み込み、左右大振りに彼を下がらせる。一閃一閃で彼を殺すという意思を持って、ひらりひらりと身軽に躱すフィルマンを追い詰めていく。


超越魔法使いは手を出さず、風を切って振られる刃を見切って避けていく。首を傾け身体を引いて、攻撃を受けることなく下がっていく。


「そろそろ魔法を使ってもいいかな?」

「はッ、ずあッ!来いッ!」

「行くよ」


兵士長が頭上から振り下ろした剣を、フィルマンはわざわざ横に飛んで躱していく。間違いない。時間が止められる。わざわざ隙を晒すような回避をするはずがない。追わずに盾を構えた彼は身体を固める。時を止められるとするなら。時を止めて拘束する、殺害する方法をとらないならば。


「後ろッ!」

「おっと」


目の前のフィルマンが、突如として視界から消えた。それを確認してから、兵士長は振り向きざまに得物を振り向いた。いるかいないか、ではない。そこにいる。絶対にそうするという信頼にも似た何かを根拠に全力を賭した刃が、何かに激突して弾かれた。音と衝撃の後に視界が追いつく。フィルマンが驚いたような顔で、兵士長の剣を相殺していた。


「解りやす過ぎたかな」

「……ッ!」


鍛え抜いた兵士長と少年のフィルマンでありながら、そこに鍔迫り合いは発生しない。負けるのは兵士長。弾かれざまに盾で殴りかかるも、彼はそれを真っ向から掌で受け止めた。


「こういうこともしてみようか」


追撃に突き出した剣が空を切った。並の回避ではない。時を止めて体一つ分躱している。咄嗟に後ろに攻撃しそうになる。その隙を、フィルマンが咎め袈裟に斬り下ろす。ギリギリの間合い。しかしだからといって、弾けば隙になることに変わりはない。剣先に合わせるようにして盾を構え、隙を窺う。右の得物で斜めに切り下ろせば、こちらも右から大きく切り裂けば避けられない。少しでも無茶な回避をさせればまだ可能性はある。迫り来る剣を見ながら、フィルマンの左半身が全て空いていることを確認して。


「……何……ッ!?」


剣が消えた。剣先は兵士長の左には無い。その一瞬で、彼の頭がさらに回る。時間は止められている。間違いない。しかし、彼の姿は。もう一度決め打って後ろ、いや、二度同じことを、それも連続でなんて。顔を上げる。視界の端にフィルマン。


そして、右下から迫る剣戟。


「ぐッ……」


斬るはずだった剣でそれに合わせていく。明らかに圧力が弱い。速さもない。手を抜かれている。剣は拮抗し、構えたまま殴りに切り替えた盾も、フィルマンが一瞬にして顔の位置を大きくずらした。

時間を止めた上で攻撃を強引にキャンセルする技能。これも脅威だ。もちろん、理不尽に殺されないだけマシではあるが、それでも勝ち目が見えなくなることに変わりはない。過剰な集中の反動で息が上がる。どの攻撃も、フィルマンがその気なら終わっていた。それに、誰が真後ろから瞬時に切り裂かれて反応できるというのか。兵士長と言えど、彼が時間を止める魔法の使い手だと知ってやっと出来たに過ぎない。


「……まだやる?」

「……いや」


勝てない。教えられて、見て、体験して、全てにおいてそう悟った。さっきまで、傍観者でありながら絶望していたのだ。剣を置き頭を下げると、兵士長は部下たちに背を向けた。もう一人の試験官を見ることもなく、彼は陛下の元へ戻っていった。

伝えなければならない。魔法使いは世界を変える。剣では勝てない時代が、彼の生きているうちにも来てしまう。それに備えることは出来なくても……覚悟をしておかなければならないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ