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国王アムス


その日、ローセイン国家は揺れていた。


とある日の昼下がり、国家諜報担当とされているケールは、突然、脳内に響く声で、私室のベッドを飛び起きた。


『これからそちらに往く。準備をしておいてくれ』


脳内に響くその老人の声は、彼が唯一の仕事として割り振られている、大魔導士リセルからの知らせである。国家諜報担当である彼は、妙な魔法を国王の身代わりに頭に掛けられたうえで、一応の礼儀、と訪問を伝えてくる彼の言葉を受け取る役目を仰せつかっている。


「国王陛下!陛下はおられるか!」

「貴様、そう音を立てて走るとは……ケールか……」


適当に上着を羽織り、急いで王の私室に向かう。廊下を駆け護衛の兵士、魔法使いに問いかける。不遜な態度ではあるが、ケールの尋常ではない様子、彼の仕事が唯一であることから態度を和らげた。


大魔導士リセル。いつであったかローセイン領に現れた魔法使いの一人……いや、そこらの魔法使いとは格の違う、単独で全てを成し得る魔法使いだ。彼に関することはそのほとんどが国家存亡と言っても過言ではない。礼節も飛ばして扉を開けたケールは、机で話す現国王アムス・ローセインと宰相に迷わず割り込んだ。


「陛下!リセル殿です!リセル殿が今から来られるそうです!」

「………宰相。すまないな。後のことを考えておいてくれ」

「……畏まりました」


話を途中で切り全てを任された宰相も、特に何を言うわけでもなく机に散らばった紙束を抱え始める。アムスは急いで冠を取らせ、玉座に座る。ここまでの一つとして余計な動きも無く、座ったアムスはただ一言。


「……リセルだ」


その一言で、玉座詰めの兵士が外に飛び出していった。仲間を呼ぶのではない。全員が避難するためだ。リセル来訪に際して入室を許されているのは、一部の優秀な兵士、のさらに選ばれた数人である。重装備に身を包んだ彼らが代わりに玉座に詰め、王の後ろに構える。

兵士を集めないのは、何かの拍子で攻撃されたときの被害を抑えるため。本来玉座を使っての謁見では王妃も王子も王女も来るがそれも無い。あくまで国王単独で迎えることとなっている。


「陛下。リセル殿はいつ?」

「……解らん。だがいつものことだ。直に来る」


アムス達代々国王は、まずリセルの扱いを知るところから全てが始まる。当然だ。かの大魔導士は国になど興味が無い。まだ話が通じ、権力を狙ってこないだけマシとも言える。こちらを一息で滅ぼしてなお全く意に介さず生きていく存在であるのだ。

が、必要以上に下手に出てはならない。リセルは余計な闘争から自分を守るものだとして、ローセインを認めているという。不可侵条約も、国内では形式上の対等だなんだと一部貴族が騒いでいるようだが実際に対等なものであるとしている。もちろん、それを保証する魔法による契約もリセルが作ったものなのだが。


ただ座ったままで待つアムス。少し経ち、玉座の間の扉がゆっくりと開いた。



「……リセル」

「やあ国王。久しいな」


開いた扉から悠々と歩いてくる、黒色のローブを身に纏った白髪白眉の老人が当人のリセル。アムスに対し手を振ると、部屋の中心まで来て椅子に座りだした。


「私が用意しても良かったのだが」

「構わないさ。そう長話をするつもりもない。人数分運ぶのも骨だろう」


リセルの代わりに扉を開けた、リセルと同じ格好をした無表情の少女がアリューザ。身体中に大量のアクセサリーを付けた少女がダーチャ。胸元を大きく開けた女性がアン。王国に伝わる姿から変化していないなら間違いない。もう一人、リセルが連れている犬は?と聞こうとしたアムスだったが、そういえばと思い出す。変化が得意な弟子が一人いたはずだ。


「そちらの犬は……ミーシャで間違いないか」

「うむ。素晴らしいだろう。これほど見事な変化はミーシャにしかできないぞ。何せこの私でさえどう探ってもただの犬にしか見えない」

「グルルゥゥ……」

「話せるくせに吠える辺りもだ」


その人数分の椅子を勝手に作り出し座ることにはもはや誰も驚かない。犬が魔法使いだということにしても聞くだけ無駄だと知っている。弟子達とともに会いに来るのは少ないが、まあ三人だろうと四人だろうと脅威は変わったものではない。


「で、今日はどうしたのだ。まだ私も諜報も死んではいないぞ」

「しばらく死なれては困る事情が出来た。ローセイン領の北に荒野があっただろう。あれを使わせてもらおうと思うのだが」

「何……?北の荒野だと?何の風の吹き回しだ?」


リセルは内政には一切関わってこない。件の荒野もリセルの魔法があれば緑豊かな森にも実り豊かな農地にもなるだろうが、それに足る対価を国が用意できないのだ。あっても無くても何の影響もないどころか、魔物の巣窟にすらなっている荒野に一体何の用があるのか。


「学校を作る」

「……は?」

「学校を作るのだよ。私の魔法を広く知らしめる。そのための設備をこれから作るのだ」

「……待て、待ってくれ。何だと?魔法を?知らしめる?リセル、どうしたんだ?」

「説明が面倒だ。ここにアリューザを置いていくから話はそこに聞け。それとも私が残る方が良いか?」

「そうではない。頼むリセル、それだけはやめてくれ。この国が亡ぶ」


リセルの魔法とは、王国にとっては、並みいる魔法使いとは全く異質で格の違うものである。通常の魔法使いであればいい。どんなに力を付けたところで、兵士数人で夜襲すれば済む話だ。しかしリセルは不味い。大陸中の兵士を集めたところでどうしようもないのだ。いや、むしろ一人ずつ兵士を宛がい全滅した方がまだ疲弊により勝機が生まれるのではないかとすら思われる。そんなもの広まった日には既存の全ての存亡に関わる。

焦り立ち上がったアムスに対し、リセルは笑って告げた。


「安心しろ。魔法技術は世を変えるぞ」


彼は裏のある物言いも表情も見せない。必要が無いからだ。こちらの事情になど興味もない。そもそも必要ともされていない。ただ一点、彼らへのつまらない火種、リセルの力を一向に理解しようとしない馬鹿を止めているから、かなり譲歩したローセインの事情に合わせて存在しているのだ。


「……待ってくれ、リセル……少し、考えさせてくれ……」

「私は報告に来ただけだ。後の話はアリューザとしてくれ。一応礼節として事前に言いに来たことを感謝せよ」

「……ぐ……」


しかし、今になってアムスは、リセルの取り扱いについて、もし国家が存続した時に備え追記をしておくべきだと強く自覚した。リセルがこれまでまるで国家に歩み寄るような立場でいたのはあくまで彼が何の意思も無く、こちらの都合と衝突しなかったからだったのだ。今、意思を持ったリセルはもはやこちらの事情を考えるつもりは無い。


しかし、そんな魔法使いが溢れてもらっては困るのだ。聞き入れられるかはともかくとして、言わなければならない。


「リセル。君のような強大な魔法使いが増えては困るんだ。頼むから話を聞いてくれまいか」

「なんだ……そんなことか?私も、私を超えるような存在が簡単に出るとは思っていない。弟子たちにも及ばないような魔法使いがほとんどだろうよ。心配するな」

「………本当だろうな……」

「任せておけ。国が滅んでは生徒がいなくなるだろうが」



ではな、とリセルは部屋から出ていく。止めることも、引き留める言葉もアムスには無い。一人残された無表情の少女を前は、項垂れた彼の姿を見て当然かのように玉座の横にまで歩み寄った。


「安心しろ国王。師匠も言っただろう。人類が滅ぶような真似はしない。ただ魔法を広め、実力者を探そうとしているだけだ」

「実力者……」

「まあ、凡庸な魔法使いがほとんどだろう。師匠は少し期待しすぎているようだが……世はそう簡単には変わらんよ。話をしようじゃないか。師匠も言っただろう。簡単に滅んでもらっては困るのだよ」


何故か理解しているという言葉をかけてくるアリューザ。しかし、もはやアムスには彼女の良心に訴え最大限利益を引き出すしか道が残っていないのだった。

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