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大魔導士リセル

「良いですか、決して失礼の無いように。目の前のお方はその気になれば、指を震わすだけで貴女の身体を消すことができる者だと知りなさい」

「は、はい。承知しましたメイド長。肝に銘じます」

「よほどのことが無ければそんなことは起きないけれど。温和な方だから」


とある山奥に聳え立つ屋敷の奥。地下室に続く扉の前で、二人の女性が身支度を整えていた。一人は豪華なドレスを着た老女。一人は背の高い若い女性で、卸し立ての給仕服を老女に整えられている。その顔はどこか青ざめていて、老女の言葉に生唾を飲み込んだ。

安心させようとしたのか微笑んだ老女は彼女のブリムを真正面に整えると、愛おしそうに彼女の頬を撫でた。


「本当にお願いね、レミィ。私の……これは親心みたいなものなのよ。小さな頃から手塩にかけた貴女には死んでほしくない。しっかり勤めを果たしなさい」

「母様……ありがとうございます」

「よしなさい。私は母ではないわ……では行きましょう」


老女は顔を引き締め、その扉に手を掛けた。重厚に、金属細工があしらわれた身の丈の二倍はあるその両扉を、老女は細腕で軽く開く。少し開くとその扉は勝手に動き、二人がちょうど通れるように奥にあるあまりにも深い、光一つない闇への口を開けた。


「行きましょう」

「は、はい」


老女が手を叩くと、闇が晴れ、薄暗いオレンジの光に照らされ石階段が現れた。しかし、階段に壁は無い。そこは照らされることなく、鼻の先も見えないような暗闇が広がっている。老女がその階段を迷いなく下っていくのに対して、レミィと呼ばれた若い女性は一段一段をゆっくりと踏みしめて震えながら歩いていく。


同じ格好をした二人の女性が最下層まで下ると、今度はレンガ造りの壁と、装飾の何もない木製の扉。再び老女は手を叩き灯りを消すと、その扉をゆっくりと二度叩き、レミィの背中を叩いて急かした。レミィは慌てて、何度も繰り返し老女に習った作法を繰り返す。


「主さま、主さま。私でございます、レミィでございます。前回の訪問から三年が経ちました。入室をお許しください」


前回の訪問はレミィが行ったものではない。しかし、老女は、ニーアはそれでいいと言う。手順の通りに名乗ることが重要なのであって、誰が名乗るか、どういう名を名乗るのか、内容が真実であるかは重要ではないという。残念ながら部屋の主は、人の名前などわざわざ憶えていないのだと、ニーアは過去に寂しそうに語った。


そして数秒後、部屋の主が、やはりしわがれた低い声で呟いた。


「………入りなさい」


声と同時に扉が開き、二人が入ったと同時に勝手に閉まる。部屋の中は少し埃と、何かレミィには嗅ぎ慣れない何かの臭いに満ちていた。地下であるから、とはズレたくらいの寒気がレミィの背筋を濡らした。

声の主は部屋の奥で、二人の客を迎え入れるかのように、重々しい安楽椅子を回転させてその相貌を見せた。


彼の姿は一見して只の老人に見えた。顎を隠し胸辺りまで蓄えた髭と髪は美しいほどに白一色に染まり、身体もそう大きくはない。腕にも足にも何の力もあるようには見えず、安楽椅子に身を委ねて細い目で二人を見つめている。ゆっくりと二人を見比べ、しわが深く顔立ちもよく解らないような、そんな顔で笑った。


「やあ……ふふふ、もう三年も経ったか……時の経つのは早いものだな……顔をよく見せてくれ……」

「……主さま」


孫がいても不思議ではない年齢のニーアも、彼と比べればまだ若い方だろう。どこか呆けたような物言いを不審がるレミィと比べ、ニーアは手慣れた風に溜息をついた。


「時の経つのは早いものです。しかし、主さまがそれに負けないということは重々解っておりますので。

新人をからかうのはお止めください」

「………そうか、そうだったか。今代はそんな女だったな。忘れていたよ」


くつくつくつ、と喉の奥で笑い、老人は安楽椅子から立ち上がり、骨の音を鳴らしながら伸びをした。ゆっくりと首を回し、老人とは思えないしっかりとした足取りでレミィに手を伸ばした。


「改めて、リセルだ。しばらくの間よろしく」

「は、はい!レミィと申します!何卒よろしくお願い致します!」

「そうかい、レミィ。しかし今代の。しっかり教育しておくように言っただろう。私は敬われるようなことはしていない。君達はただ商売相手にするように接してくれればいい」

「そうも参りません。理由を問わず我々は貴方に拾われた身。勘違いなさらぬようお願いいたします」

「そうか……固いな、今代の」


恭しく頭を下げるニーアにリセルはそれ以上は言わず、結局握手も叶わなかった手を眺めながら椅子まで戻る。身体を翻すと、布の服で厚く隠した金属の鎧が音を立てる。

懐から取り出した杖を振ると、一枚の紙が燃えながら空中に出現した。


「ひっ……」

「驚かせたかな。すまないね。ちょっとした名も無き魔法だよ。さて……悪いが、君の人生を貰う。話は聞いているだろうが、契約は私にしか取り消せない。良いかな」

「は……はい。聞き及んでおります。リセル様にこの身を捧げましょう」

「うむ。ではこの紙にしばらく手のひらを触れさせていてくれ。何、ほんの数分で終わる」


黄ばみがかった古ぼけた紙が、レミィの元へ飛んでいく。彼女がまっすぐ手を伸ばしただけで触れられる位置で止まり、レミィは恐る恐るそれに触れた。見届けて、リセルはニーアに向き直る。


「そして、君との契約は今日で潰える。今まで迷惑をかけたね。これからは……屋敷で余生を過ごしてもいいし、宝物庫から見繕って外で暮らしてもいい。君が望むなら、若返ってもう一度青春をやり直しても良い」

「……お言葉ですが、再び若者に混ざれるほどの気概はありませんし、次の子を探す役目もまだ残っております。お暇を頂くとき、再びこちらに参ります」

「そうかい。せめて君が病魔に負けないよう願っておくよ」

「心強いお言葉ですわ」


ニーアは少し笑い、再び頭を下げ、そして部屋を出て行った。紙に手を押し付けるレミィが残されると、リセルはどうも興味を失ったように椅子を戻し、机に向き直ると何かの作業を始めた。


リセルは、奪ってしまった相手には少しだけ良心が痛む。しかし、残された彼女はそうではない。何年後か、契約が終わる時までは彼女は抵当な契約の主体であるからだ。それが、魔法使いと言われる生き物の性質である。



―――

―――

―――



リセルは大魔導士である。特に自分で名乗ったわけではないが、今となっては全ての魔法使いがそう語るため諦めてそう名乗っている。

才能のある人間が、森の民が、一部の魔物が、とにかく人間の中では全くと言っていいほど普及せず未知であったという技術を、全ての人間が使えるように押し上げ、魔法という形で世に伝え、世を変えたと言われる彼だけが、大魔導士という称号を許されている、魔法を使う知的生命体で最も強いのは彼であると、誰しもが、本人すら例外ではなく認めている。彼が打ち立て、未だその先にいるという事実を誰も疑わず、事実に違わない。だからこそ、全ての魔法使いは魔法使いと呼ばれ、魔導士とは呼ばれない。


あまりに強い彼は、現存する大陸国家の全てと不可侵条約を結んでいる。もちろん、それは彼の良心と、無為な殺傷を拒む性格によって保たれているだけのものではあるが、それを彼が破るつもりは無い。

僻地の山奥の屋敷に引きこもり、孤児を見繕ってお飾りの貴族として住まわせ、自分は地下で研究を続ける。副産物の金品を多少納めることで義務の全てを免除され、ほとんど人のいない領地経営も任せ、たまに来る昔の弟子に教えを授けながら生きていた。



だからこそ、リセルは何をしても自分が一番であることに退屈していた。弟子はとった。その誰も、一つにおいて彼に並ぶことは出来ても、本当の意味で彼の隣に立つことは出来なかった。時間を掌握し、物質を作り出し、空間を支配しても、対等な相手を探すことだけは出来なかった。生命を作り出しても、それはリセルを越えられない。リセルはどうやってもそれを手に入れられない事実に心底絶望していた。


このまま生きていたとして、果たして誰が彼を越えられるのか、彼自身解らなかった。未来視をしても、時間が解らなければ何も見ることは出来ない。老いからはとうの昔に解放されているが、それでも無為に刻む時間ほどの苦痛は無い。


そこで、彼は考えた。とにかく未来に行ってしまえば、一人くらいは自分に比する大魔導士がいるのではないか。自分が魔法の始祖である限り過去にはいない。しかし、未来ならば、自分より発展した魔法技術をもって、自分を打ち倒してくれる存在がいるのではないか。


そこで、彼は時空を超える魔法で未来に飛ぶことにした。人類種が滅んでいては意味も無いので、とりあえず千年。よほどの戦争が起きない限り、その程度なら滅びはしないだろう。滅んでいたとてとりあえず、もう少し近い未来に行けば良い。時間を超える自体は彼にとってはもはや難しくはない。自力で戻れなかった場合の保険もかけながら、ある日彼は未来に飛んだ。

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