【第1話:出会い】
(`・ω・) よろしくお願いいたします。
キキャアアァァァァァァ『ドガンッ!』ァァァァァッ!!
……スリップマークをアスファルトに焼き付けて急停車したランクルの中で、私は思わず瞑ってしまった目を開けて、怖々と前方を見た。
山奥の道道の片隅で、交通事故を起こしてしまった……最悪だ。
今はまだ三月、山菜採りに来た気の早い人とかでなければ良いのだが…………ほっ。
違った。
どうやら、私のランクルに突進してきたのは、冬眠明けの羆だったようだ。
舗装道路に伏せた身体はすらりと痩せていて、一見すると人のようにも見えたが、頭の先から足の先まで全身毛に覆われた人など居ない……いないよな?
居ないはずだ……だがもしかして……。
エンジンを切り、私は確認のためにランクルから降りて、前方に倒れて身動き一つしない焦げ茶色の物体に近付いた。
私のランクルは十五年落ちの中古だが、バンパー周りに大型のアニマルガードが付いている。
あーあー、一番頑丈なはずの中央部分が、ぐにゃりと曲がっている。
3t弱の鋼鉄の車体が時速60kmほどで真っ正面から衝突したのだ、これで生きてる動物はいないだろう。
それくらいの激しい衝撃だったのだ。
羆は、まる某少年マンガのヤムチャさんのように、全身の力が抜けて顔を伏せて倒れている。
ピクリとも動かない。
でかい……体長2mほどもありそうだ。だが、クマ牧場で見るようなふっくらとした姿ではなく、まるで鍛え上げられた人間のように、すらりとした体型をしている。
死んでいるせいなのか、その姿は妙に存在感の薄いように思えた。
ああ、やっぱり殺っちゃったか……南無ぅ……。
私は両手で合掌しながら、冬靴の先で死体を突いてみた。
!?
えっ、動いた!?
『ガアアァァァァァァッ!』
ドォンッ!
羆は生きていた!
靴先で突いたとたんにビクリと身を震わし、起き上がりざまに私の身体を左腕で横殴りに吹き飛ばした!
ドサッ! ガンッ!!
私の身体は宙に浮き、ランクルの手前まで吹き飛ばされた。
身体と頭が激しく地面に打ち付けられる。
痛い!
痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!
私は痛む頭を抱えて藻掻くことしかできなかった。
まずい!
羆が生きてるなら、襲われる!
そう思いながらも、私の身体は痛みに震え、地に横たわり朦朧としたまま、動くことすらできないでいた。
頭に当てた掌に、濡れた感触が伝わってくる。
どうやら、頭を打ったときにどこか切れたっぽい。
視界の端に焦げ茶の影が動く。
のろのろと立ち上がる。
やっぱりでかい……170cmの私よりも大きい。
羆は、見上げるほどの大きさだった。
「あー……終わったな……思えば儚い人生だった……。弥生……今そっちに行くから、迎えに来てくれよ……。」
それまで考えもしなかった言葉がすらすらと口を突く。
10年以上も前にガンで先立たれた私の妻の名。
美人とは言い難いが、ふっくらとした、優しげな、大好きだったその笑顔。
他には何も思い浮かばなかった。
私と弥生は片田舎の町の小学校の同僚として出会い、仕事を通じて仲良くなり、そして結ばれた。
だが、望んでも子に恵まれなかった。
二人きりで教員として慎ましく暮らしていたが、それは突然の出来事だった。
子宮頸がん……子に恵まれなかったのも、そのせいだと後に分かった。
ガンの転移は早く、懸命の治療の甲斐無く弥生はあっさりと息を引き取った。
「ごめんね…先にいってるから……。あなたがこっちに来るときは、ちゃんと迎えに行くからね……。」
涙と共に囁かれた、弥生の最期の言葉だった。
『ガアアァァァァァァッ!』
羆がまた吠えた、、、、、と思ったら、私にくるりと背を向けよたよたと……二足歩行のまま道の向こうの、巨木の立ち並ぶ森に逃げていった……。
「助かった……のか?」
ほっとしたような、ちょっとだけ残念なような、複雑な気持ちで私は呟いた。
まだ痛む身体でムリヤリ身を起こす。
地に打ち付けたときのガンガンとした痛みは退いてきたが、切れたところがズキンズキンと痛み出した側頭部をそっと押さえる。
まだ、濡れた感じがする。
当てた手を見てみると、指先にべったりと血が付いていた。
とりあえず血を止めないとなぁ、と思いながらもぼやっと座り込んでいると、いつの間にやら私の傍らに、白い小さな影が立っているのに気がついた。
…………?
なんだ?
振り返ってみると、それは、白い冬毛の野ウサギの親子だった。
親は、結構大きい。
柴犬か、それとも幼児くらいの大きさはありそうだ。
だがその姿は、ふと目を逸らすとかき消えてしまうかのように、儚げな様子に見えた。
……野ウサギたちは、じっと私を見つめている。
妙だな……?
なぜ私に近付いてきた?
なぜ逃げないのだろう?
手が触れそうなほど人に近付いて、しかもじっと見つめているなんて、全く野生動物らしからぬ行動だ。
それとも、こいつらはどこかの飼いウサギなのだろうか?
確かこの近くに小学校の分校があったはずだが、そこのペットなのだろうか。
そういえば、、、、、
ふと事故直前の瞬間が思い浮かんだ。
グネグネと谷沿いの道をドライブしていたが、ナビの表示と周囲の様子が違うとよそ見をしていたときに、ハッと気付くと白い影がギリギリ車の横をすり抜けていった気がする。
その直後にあの羆と正面衝突したのだ。
羆は、このウサギを追いかけていたのだろうか?
「おまえたち、あの羆から逃げていたのか?」
親ウサギが、わからないと言いたげに小首を傾げる。
「おまえたちはどこから来たんだ? 近くの小学校で飼われてるのか?」
やっぱり、親子揃って小首を傾げている。
「もう羆は逃げちゃったよ。おまえたちも早く住処にお帰り。」
親ウサギが後ろ足で立ち上がり、座り込んだ私の肩に前足を置いた。
そのままぐいっと顔を近寄せ、私の頭の臭いを嗅ぐようにスンスンと鼻を鳴らした。
『きゅうう……』
ぺろっ、ぺろぺろぺろっ……
そして、一声鳴いたかと思うといきなり私の頭を舐め始めた。
!?
なんだ?
こいつなにしてる!?
親ウサギは、私の傷口の血を舐め取るかのように熱心に側頭部を舐めている。
普通だったら野生動物に傷口を舐められるなんて雑菌の感染が怖くて到底許せないことだが、まるで手当てをしてくれるかのようなその様子に、私はついつい身を任せてしまっていた。
ぺろぺろぺろっ、ぺろぺろぺろぺろっ……
ウサギの舌は、とても温かかった。
そして、繊細だった。
傷口を直に舐められているのに、痛みよりも、心地よさが伝わってくるようだった。
子ウサギも私の腕に前足を掛けて伸び上がる。
そして、耳から頬に垂れていた血を舐め始めた。
ぺろぺろぺろっ、ちろちろちろちろっ……
親ウサギよりも小さな舌が、私の耳から頬に掛けてを舐め回す。
その小刻みな動きはくすぐったかったが、とても温かかった。
“…………いたい? いたい? だいじょうぶ?”
“…………ごめんね。ごめんね。いたかったね。”
““たすけてくれて、ありがとう。””
まるで、ウサギたちのそんな声が聞こえてくるようだった。
こうして私たちは、不思議な出会いを果たしたのだった。
(´・ω・) やっちゃった、やっちゃいましたよ。
だって、ほのぼのが書きたかったんだもの……。