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異世界裏稼業 ウルチシェンス・ドミヌス(2)「季節はずれの肝試し」  作者: 烏川 ハル


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第二十四話 後始末

   

「それじゃあ、ケン坊。次はいつになるか、わからないが‥‥‥。それまで元気で暮らしなよ」

「はい、ゲルエイさん!」

 口では元気に挨拶しながらも、みやこケンの表情には、名残惜しいという気持ちが、微妙に出てしまっていた。

 ゲルエイ・ドゥは、それに気づきながらも、あえて指摘せずにスルーして、呪文を唱える。

「ヴォカレ・アリクエム・ヴェルサ!」

 これでケンは、無事に、元の世界へと帰っていったはずだ。確認は出来ないが、今回も大丈夫だろう。逆召喚の魔法は、今まで何度も使っており、一度も問題など発生していないのだから‥‥‥。ゲルエイは、そう確信していた。

「さて‥‥‥」

 依頼された裏の仕事を遂行して、別の世界から呼び出した少年ケンも逆召喚した。いつもならば、これで一通り終わったことになるのだが‥‥‥。

「‥‥‥今回は、ちょっとだけ後始末が必要なようだね。だが、それは今日じゃない。明日以降だ」

 一人になった部屋でゲルエイは、自分自身に宣言する意味も兼ねて、言葉にするのだった。


――――――――――――


 翌日。

 霜の月の第十、大地の日。

 つまり、月日としては十一番目の月の十番目の日、曜日としては一週間の中で六番目の日。

 いつものようにピペタ・ピペトは、三人の部下と共に街の見回りをしており、南中央広場に差し掛かるところだった。

「あの野菜売りは、今日は休みのようですね」

 部下の一人であるウイングが、ふと呟いた。

 彼の視線を追うと、そこだけ人の賑わいのない、ぽっかりとした空間が目に入る。いつもはレグ・ミナが野菜を売っている場所だった。

「確か彼は、昨日も休みだったような‥‥‥」

 ウイングは細かい部分にまで気を配っているな、と思いながらピペタが聞いていると、

「店が休みなのは、喪に服している、ということなのでしょうか」

 女性騎士のラヴィが、そんな意見を口にした。彼女は、息子ファバを亡くしたばかりのレグの心情を、思いやりを込めて想像してみたのかもしれない。

 しかし、もう一人の部下であるタイガが、彼女の言葉を否定する。

「いや、それは少しおかしいですよ。だってレグは、二日前も三日前も、元気に店を開いてましたから」

「それを言うなら『元気に』ではなく『気丈に』と言うべきでしょう。おそらく彼は、悲しみをこらえて頑張っていたのでしょうから」

 ウイングが細かい指摘をするが、タイガは聞き流す。重箱の隅をつつく程度の問題、あるいは、一種の揚げ足取りだと思ったのだろう。

 タイガは、一週間前にはファバが身投げする場面に立ち会っているし、四日前の葬儀にも出席している。お調子者のタイガではあるが、この件に関しては、真面目な態度を見せていた。

「騎士様、レグのことでしたら‥‥‥」

 ピペタたちの会話を聞きつけて、近くにいた露天商が、声をかけてくる。

「私たちも心配になって、先ほど、仲間の一人が様子を見に家まで足を運んだのですが‥‥‥。留守だったようです」

「そうか。情報提供、感謝する」

 一応ピペタは、そう返しておく。

 ピペタは、すでにレグが亡くなっているのを知っているが、露天商仲間たちは、その事実をまだ知るはずもないのだ。

「少し妙ですね。商売も休んで、誰にも告げずに、どこへ出かけたのか‥‥‥」

 ウイングが呟くと、呼応するかのように、ラヴィも意見を述べる。

「墓参りでしょうか。息子を弔う意味で、霊園に足繁く通っているとか‥‥‥。あるいは、巡礼の旅にでも出たのでしょうか。ピペタ隊長は、どう思います?」

「どうだろう。私には、見当もつかないな」

 水を向けられたピペタが曖昧な言葉を返す横では、ウイングが、まだ何やら考え込んでいた。

「どちらにせよ、葬儀の翌日からではなく、昨日からというのは‥‥‥。そこに、何らかの意味があるかもしれませんね‥‥‥」

 しかし、レグに関する会話は、そこで終わりとなった。

「ああ、ピペタ小隊のみなさん! やっぱり、この広場でしたね!」

 騎士団本部――通称『城』――で働く若い騎士見習いが、大きく手を振りながら、走ってきたのだ。汗だくの様子を見れば、彼が伝令として大急ぎで駆けつけたのは、一目瞭然だった。

「みなさん、緊急事態です。急いで本部に集合してください。僕は他の小隊にも連絡して回らないといけないので、詳細は本部で聞いてください。それでは、失礼します!」

 それだけ言うと、また走り去る見習い騎士。

「緊急事態とは不穏な話ですね、ピペタ隊長」

「ここで考えても仕方ないだろう。さあ、急いで戻るぞ!」

 心配そうな部下を率いて、ピペタは、本部へと向かう。

 裏の仕事を昨晩遂行したばかりのピペタは、事情を察していた。

 おそらく、今日いつまでも来ないアリカムを心配して、誰かが彼の屋敷に派遣されたのだろう。その結果、アリカムと他二名の死体が発見されたのだろう。

 都市警備騎士団の現役の小隊長が殺されたとなれば、全員が――少なくとも同じ大隊のメンバー全員が――召集されるのも当然。ピペタは、そう考えていた。


――――――――――――


 少し離れた場所で店を構えていたゲルエイにも、ピペタたち四人が慌ただしく帰っていく様子は、はっきりと見えていた。

 ゲルエイの占い屋は、繁盛しているとは言い難い店だ。そんな暇な状態で店番しているのだから、ピペタたちの方に視線を向けていても、不自然ではなかった。

 ピペタ同様、ゲルエイも事態を予想する。

 ようやく、アリカムたちが殺されたと発覚したのだろう。ならば‥‥‥。

「息子たちの方も‥‥‥。そろそろ発見される頃かねえ?」

 ゲルエイは、誰にも聞こえないような小声で、そっと呟いた。


 その夜。

 空がすっかり暗くなった頃。

 ゲルエイは一人で『魔女の遺跡』と呼ばれる屋敷に向かっていた。昨晩、フィリウスたち三人を仕留めた場所だ。

 そして。

 屋敷の近くまで来たところで、門番のように立っている二人の騎士が、ゲルエイの視界に入った。

「ふむ。やはり、もう死体は見つかった後のようだね」

 見張りがいるのは、想定通りだ。

 昨日計画したように、人々に「フィリウスたち三人が『魔女』の呪いで死んだ」と思わせるためには、彼らの死体が『魔女の遺跡』で発見される方が都合よかった。

 だが、死体発見の一報が都市警備騎士団に届けば、現場は当然、捜査の対象となる。一日でどれだけ捜査できるのかゲルエイにはわからないが、少なくとも騎士団としては、現場を荒らされたくないから、夜も一応は見張りを立たせておくのだろう。

 そもそも、この『魔女の遺跡』は、今まで立ち入り禁止とされていたのだ。それなのに、完全に放置されて、誰でも自由に出入りできる状態だったのだ。だからこそ、フィリウスたちの肝試しに使われて、今回のような事件に繋がったわけだが‥‥‥。

「とりあえず、騎士団の方でも『ここで三人が殺された』と認識してくれたなら、この屋敷の役割は、もう終わったようなものだね」

 物陰から二人の見張りに視線を向けながら、ゲルエイは、こっそりと呟く。

 この屋敷には死体発見場所という大事な役割があったから、これから行う『後始末』を昨晩は出来なかったのだ。だが今晩ならば、もう『役割』も完了したから大丈夫だろう。

 頭の中で、今夜これからの行動を確認してから、

「ソムヌス・ヌビブス!」

 ゲルエイは、睡眠魔法ソムヌムで、二人の見張りの騎士を眠らせた。


 さらに屋敷の周囲を見て回って、ゲルエイは、もう二人の見張りを発見。

「ソムヌス・ヌビブス!」

 こちらも、同じく魔法で眠らせた。

 ピペタの小隊を見てもわかるように、騎士団の行動は、四人で一つのユニットを組むのが基本。つまり、これで見張りは全員、眠ったはずだった。

「さて、それじゃあ‥‥‥。後始末しに、行くとするかね」

 昨晩は仲間と共におとずれた屋敷に、今晩は一人で入っていくゲルエイ。

 当然のように、人の気配はない。

 階段を踏みしめる度にミシッミシッと音が鳴るが、無人の屋敷には、その音もよく響く。

「やはり、今日は来ていないようだね」

 予想していたとはいえ、少しの失望も込めて、ゲルエイは、ため息をついた。

 一昨日の夜も、ゲルエイは、この『魔女の遺跡』に来ようとしていた。途中でレグの最期に遭遇することになり、その日の屋敷訪問は断念したのだが、そこで殺し屋モノクとも合流している。

 つまり一昨日の夜は、ゲルエイだけでなく、殺し屋モノクも『魔女の遺跡』を調べに来ようとしていたのだ。ゲルエイと同じように、モノクも「事件の元凶となるモンスターが『魔女の遺跡』に巣食っているのではないか」と気になったのだろうが‥‥‥。

 そのモノクは、今晩は来ていない。おそらくモノクは、昨晩、実際に屋敷に入ってみた結果「そんなモンスターなど存在しない」という結論に至ったのだろう。そうゲルエイは想像していた。

「まあ、殺し屋は魔法が少し使えるとはいえ、魔法使いとは言えないからねえ。仕方ないだろうさ」

 誰もいないのをいいことに、モノクに対する評価を口にするゲルエイ。

 彼女は、モノクとは逆だった。

 昨日、この『魔女の遺跡』に足を踏み入れたからこそ。

 魔法使いであるゲルエイは、強い『魔』の気配を感じたのだった。

 その気配の中心は、かつて『魔女』が呪いの儀式と称して焼身自殺を成し遂げた部屋にあった。

 だから昨晩、ゲルエイだけは部屋を去る時に、少し妙な挙動を示したのだ。

 だが仲間の復讐屋たちは誰も、あの部屋にいる『魔』の気配には、気づいていなかったらしい。

 最後に「ゲルエイさん? どうかしましたか?」と声をかけてきたケンも、別に『魔』の気配に気づいたわけではなく、ゲルエイの様子が気になっただけだ。ケンは復讐屋としては半人前でありながらも、周囲の気配や変化には敏感な時があるのだが‥‥‥。さすがに、モノクやピペタにも察知できない『魔』を感じ取るのは、無理だったようだ。


 そして。

 ゲルエイは、問題の部屋に到着した。

「やっぱり、昨日と同じ気配がするね‥‥‥」 

 小声で呟くゲルエイ。

 昨晩、気になったのと同じ箇所だ。彼女は壁の一点に視線を向けながら、大声で叫ぶ。

「そこにいるんだろう? 隠れてないで、出ておいで! さもないと、この部屋ごと燃やし尽くしてやるよ!」

 その言葉に応じて。

 ゲルエイが睨みつけた壁から、黒い霧状の物体が噴き出してきた。

 その『霧』は、モヤモヤとした、人のような形を作り上げる。

 何も知らない者が見たら「幽霊だ! 悪霊だ!」と騒ぎ出すかもしれない。しかし、ゲルエイは、それが「得体の知れないもの」とは違うことを心得ていた。

 曖昧な存在に見えるけれど、そうではない。目の前の存在は、実体のある、正真正銘のモンスターだ!

「ほう。モンスター風情でも、命は惜しいと見える」

 嘲るようなゲルエイに対して、

「バカを言うな」

 霧状のモンスターは、はっきりとした言葉を返してきた。

「貴様に脅されたからじゃねえぞ。せっかくだから、顔を見せてやろうと思っただけだ。ここで死ぬ貴様に対する、冥土の土産ってやつだな」

 モンスターが人間同様に喋ることにゲルエイは驚嘆するが、そんな気持ちは、おくびにも出さない。努めて冷静に、彼女は聞き返した。

「ここで死ぬ? どういう意味だい?」

「生意気にも貴様は、たった一人で俺を退治しようと、ノコノコやって来たんだろう? その結果、返り討ちにあうってことさ」

 曖昧な形をしたモンスターには、見てわかるような目や鼻や口は存在しない。それでも、モンスターがニヤリと不気味な笑みを浮かべたのを、ゲルエイは感じ取った。

「そうかい。だったら『冥土の土産』ということで、教えておくれ」

 ゲルエイは、口調は変えずに、目つきだけを鋭くして尋ねる。

「この『魔女の遺跡』に関わるという呪い‥‥‥。あれは全て、あんたの仕業かい?」


「ここの『呪い』の話をするなら‥‥‥。まずは、俺自身について少し説明してやろう」

 ゲルエイの質問に律儀に答えようとして、モンスターが話を始める。

 そのモンスターは、もともと、暗黒幽霊ダーク・ゴーストと呼ばれる種族の一匹に過ぎなかった。人間に飼い慣らされたモンスターではなく、そこらをさまよう、野良モンスターだ。

 だが、たまたま辿り着いた『魔女の遺跡』で、暗黒幽霊ダーク・ゴーストは、自分の力が急激に増すのを感じた。ゴースト系モンスター特有の、人々の悪意を吸収する能力‥‥‥。それが、強烈な怨念の漂うこの場所と、相性バッチリだったのだ。

「おかげで俺は進化して、今じゃ、こうして会話まで出来るようになった。今の俺は、もう単なる暗黒幽霊ダーク・ゴーストとは呼べねえ。暗黒幽霊ダーク・ゴーストを超えた暗黒幽霊ダーク・ゴースト、いわば幽霊王ゴースト・キングだ」

「で、その幽霊王ゴースト・キングサマは、今回のファバの一件に、どう関わってくるんだい?」

「ファバ? ‥‥‥ああ、少し前に、この部屋まで一人で来たガキか」

 幽霊王ゴースト・キングは、鼻で笑うような声で告げる。

「あのガキなら‥‥‥。俺は、ほとんど何もしてないぜ。この部屋で、ずいぶん怯えた態度を見せていたから、ちょっと興味が湧いて、ガキの家まで様子見に出かけただけだ。ついでに『呪いが大きくなる』とか何とか、囁いてやったが‥‥‥。そんなこと俺がせずとも、あのガキは既に恐怖でおかしくなってたようだな。幻覚や幻聴に脅えてたようだぜ」

「じゃあ、あんたは、秋キャンプの転落事故には無関係なのかい?」

「転落事故? 何の話だ? 言われてみれば、俺が見に行った時点で、あのガキ、いつのまにか怪我してたような気もするが‥‥‥」

 不思議そうな幽霊王ゴースト・キング。この場で嘘を言うとは思えないから、本当に幽霊王ゴースト・キングは、ファバが崖から落ちた話には関与していないのだろう。ゲルエイは、そう判断する。

 ならば、幽霊王ゴースト・キングの言う通り、ファバは『幻覚や幻聴』に惑わされて、死んでしまったのか。あるいは、幽霊王ゴースト・キングでも感知できないような『魔女』の悪霊が本当にいて、ファバにつきまとっていたのか‥‥‥。

「どちらにせよ、がっかりだねえ。あんたが元凶かと思ったのに‥‥‥」

「何を失望してるのか知らねえが、もう聞きたいことは終わったんだな? だったら‥‥‥。そろそろ、冥土へ行く時間だ!」

 幽霊王ゴースト・キングは、ゲルエイから馬鹿にされたと思ったのかもしれない。少し言葉に怒気を含ませながら、ブンッと腕を振った。

「おっ?」

 風が吹き付けてくるのを感じると同時に、ゲルエイは体が重くなって、吐き気を催す。

「どうだ? 俺の自慢の、瘴気の風を食らった感想は」

「魔法使いの精神力を、なめるんじゃないよ」

 膝を折りたくなる気分に耐えながら、ゲルエイは言い放った。

「あんた、知らないのかい? そもそも魔法っていうのは、術者の精神に左右されるんだよ。想いを形にする奇跡、それが魔法だ。だから‥‥‥」

 ゲルエイは歯を食いしばって、心を強く持つ。

「‥‥‥この程度の瘴気、あたしの精神力で、はねのけてやるさ!」

 彼女の言葉に込められた気迫は、幽霊王ゴースト・キングにも伝わったらしい。

「ならば、直接!」

 幽霊王ゴースト・キングはゲルエイに駆け寄り、彼女の首に手をかけて、絞め上げようとする。

「あんた‥‥‥。物理的に干渉できるのかい‥‥‥」

 正確には『物理的』とも違うのだろう。

 ゲルエイは、呼吸が苦しくなるほど喉を締められているのに、なぜか、こうして声は出せるのだから。

「名前に『幽霊ゴースト』と入っちゃいるが、実際には俺は、悪霊とか幽霊とかのたぐいじゃなくて、モンスターだからな。だから一応、そちらからも干渉できるだろうが‥‥‥」

 幽霊王ゴースト・キングは、表情のない顔で、ニヤリと笑う。

「俺の体は、物理攻撃には耐性がある。よほど熟練した戦士や武闘家でないと、俺の体には傷ひとつ、つけられないぞ」

 物語に出てくる悪役の典型だ。自信があるからこそ、おのれの特徴をペラペラ喋るのだろうが‥‥‥。それが悪役の命取りになるのだ。

 そうゲルエイは思ったが、あえて別の話を口に出した。

「戦士とか武闘家とか‥‥‥。古臭い分類だねえ‥‥‥」

 勇者伝説の時代には、そういう職業名称もあったらしい。だが今では、一般的な用語ではなかった。

「あんた、やっぱり馬鹿だねえ。あたしゃ魔法使いだよ。物理攻撃じゃなくて、魔法攻撃が得意に決まってるじゃないか」

「ハハハ‥‥‥! そんなハッタリ、俺には通用しないぜ!」

 幽霊王ゴースト・キングが、大声で笑い出した。

「昨日、見たぞ。貴様が使える魔法は、闇系統の睡眠魔法と、火系統の第一レベルだけじゃねえか」

 魔法の分類も、ゲルエイの知る名称とは少し違うようだ。それでも幽霊王ゴースト・キングが何を言っているのか、だいたい理解できた。

 つまり、幽霊王ゴースト・キングは誤解しているのだ。

 昨晩ここでゲルエイが使ってみせた魔法から判断して、魔法使いとしての彼女の能力を、見誤っているのだ。

「貴様は、その程度のしょぼい魔法使いだからこそ、最後は重い球を振り上げて、物理的に人殺ししてたんだろう?」

 ゲルエイは、復讐屋として行う裏仕事の中で、睡眠魔法のような補助魔法は使うけれど、攻撃魔法で標的――恨まれた人間――の命を奪うことは、一切しない。攻撃魔法で人の命を奪ってはならない、というのが、ゲルエイが自分に課したルール。魔法使いとして、絶対厳守するべきルールだからだ。

 でも、幽霊王ゴースト・キングはモンスターだ。遠慮する必要は皆無だった。

 ゲルエイは幽霊王ゴースト・キングに対して、超氷魔法フリグガを放つ。

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」

「何だと‥‥‥? 貴様、水系統の第三レベルが使えるのか! ならば、なぜ昨日は‥‥‥」

「あたしの乙女のポリシーを、あんたに説明してやる義理はないね!」

 今の一撃で、幽霊王ゴースト・キングは大きなダメージを受けたようだ。だが、さすがに『王』を自称するだけのことはある。これで消滅するほど、ヤワではなかった。

 それでも。

 まともに食らった幽霊王ゴースト・キングは、体のあちこちが凍りついてしまい、もうゲルエイの首を絞め続けることも出来なくなっていた。

 この隙にゲルエイは、幽霊王ゴースト・キングの手を振り払って脱出。大きく後ろに下がって、相手と距離を取った。

「さあ、幽霊王ゴースト・キング。昨日の炎とは違う、本気の炎を‥‥‥。浄化の炎を見せてやるよ!」

 ただ燃やすのではなく。

 浄化の炎を――不浄に対する清めの炎を――イメージしながら。

 ゲルエイは、呪文を唱えた。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム! アルデント・イーニェ・フォルティシマム! アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 超炎魔法カリディガの三連撃だ。

 先ほどの超氷魔法フリグガには耐え切った幽霊王ゴースト・キングも、これには、ひとたまりもなかった。

「まさか‥‥‥。ここまで力を蓄えた、この俺が‥‥‥。ただの魔法使いの炎に焼かれるとは‥‥‥」

 消滅していくモンスターの、断末魔の叫びに対して。

「ただの魔法使いじゃないよ。あたしこそが現代の魔女、ゲルエイ・ドゥさ」

 ゲルエイは『魔女の遺跡』と呼ばれる屋敷の中で――しかも『魔女』と呼ばれた女性が亡くなった部屋で――、自らを『現代の魔女』と言い表すのだった。


 モンスターを焼き尽くした炎は、それだけでは収まらず、部屋そのものにも引火する。

 かつて『魔女』の焼身自殺により火事になった部屋は、再び今、火事の現場になろうとしていた。

「本当に、呪いなんてものが存在するとしても‥‥‥。この屋敷が消えれば、それも消失するだろうね」

 ゲルエイは、消火を試みることもなく、少しずつ勢いを増していく炎に背を向ける。

「もう焼け落ちてもいい頃合いだよ、この屋敷も」

 そう言い残して。

 ゲルエイは、色々と逸話のある部屋を後にした。


――――――――――――


 翌日。

 霜の月の第十一、太陽の日。

 世間では休日となる太陽の日だが、犯罪者には曜日は関係ないため、警吏であるピペタも同様だ。

 だからピペタは、朝、いつものように都市警備騎士団の詰所に向かったのだが‥‥‥。

 詰所に着いてみると、そこにいる騎士達は、何やら騒然としていた。

「ああ、ピペタ隊長!」

「おはようございます、ピペタ隊長!」

 先に来ていたウイングとラヴィがピペタに気づいて、声をかけてきた。

「ピペタ隊長、聞きましたか? 昨晩、あの屋敷が、また火事になったそうです!」

「ラヴィが言っているのは『魔女の遺跡』のことですよ、ピペタ隊長」

 ラヴィとウイングの説明で、ピペタは今朝の詰所の雰囲気を理解したが、

「なんと!」

 思わず、驚きの声が口から出てしまった。

 そんなピペタとは対照的に、冷静な声で、ウイングが説明する。

「どうやら、かつての『魔女』の焼身自殺で火事になった部屋から、また出火したらしく‥‥‥。最初の火事でもボロボロになった屋敷だけに、今度こそ、ほぼ全焼だったみたいです」

「だが、昨晩は、あの屋敷には見張りがついていたのだろう? 火が出るのを見落としていたのか?」

 聞き返すピペタ。

 昨日の昼間、街を見回りしていた途中でピペタたちも呼び戻されたように、昨日は南部大隊集合の大会議が開かれた。南部大隊の小隊長アリカムを含む三人の男女が、アリカムの屋敷で殺されたこと、並びに、その息子フィリウスたち三人が『魔女の遺跡』で殺されたことが、発覚したからだ。

 それぞれ捜査を担当する小隊が割り当てられ、さらに、夜間も現場を警護する見張りの小隊が決められたはずだった。

「それが‥‥‥。見張りは四人とも、眠っちゃって見過ごしたそうです。屋敷がボウボウと燃える音と、その火の熱さで、ようやく目が覚めたとか」

 ラヴィが、少しバツが悪そうな声で告げた。

 別にラヴィがミスをしたわけでもないだろうに‥‥‥。そう思ったところで、ピペタは気づいた。おそらくラヴィは、自分自身の先月の仕事を思い出したのだろう、と。

 ピペタ小隊の四人も先月、夜間の警護仕事を引き受けたことがある。その仕事の三日目に、彼らは四人とも眠ってしまって‥‥‥。

「まあ、私たちの場合は、その前日の激闘もありましたから‥‥‥。でも今回の見張りの四人は、言い訳できないですよねえ」

 ウイングも、ピペタと同じく、ラヴィの気持ちを察したらしい。フォローの言葉を挟んだ。

 いや、この場合、擁護する対象にラヴィだけでなく自分も含まれてしまうから――自己弁護の意味も入ってしまうから――、『フォローの言葉』という言い方は、少し間違っているかもしれないが。

「そうか‥‥‥」

 話を聞きながら、ピペタは少し考えてしまう。

 四人の見張りが四人とも眠ってしまった、という点から「もしかすると睡眠魔法を食らったのでは?」と、ピンときたのだ。

 そもそも、ピペタは復讐屋の仲間と共に、以前「あの屋敷には『呪い』現象の元凶となるようなモンスターがいたかもしれない」という議論をしている。その『元凶』を処理しようとゲルエイが考えたとしても、不思議ではない。

 昨晩『魔女の遺跡』でピペタ自身は、そんな『元凶』の存在は感知できなかったが‥‥‥。魔法使いであるゲルエイだけは、それらしき感覚を把握できた、という可能性はあるのだ。

 もしもゲルエイが見張りを眠らせた上で、屋敷を燃やしたのだとしたら‥‥‥。見張りたちが火事に巻き込まれないように――適当なタイミングで目覚めるように――、軽めに睡眠魔法をかけたのではないだろうか。ゲルエイならば、それくらいの調節も可能なはずだ。

 そこまで考えたところで、ピペタの耳に、ラヴィの言葉が入ってくる。

「あの屋敷が燃えたのも‥‥‥。『魔女』の呪いなのでしょうか」

 言われているような『魔女』の怨念が『魔女の遺跡』に残っているとしても、それが屋敷そのものに向けられるというのは、理屈が合わないだろう。それでもラヴィが、こんな発言をしてしまうのは、それらしき事件が立て続けに起こったからかもしれない。

 ピペタと同じようにウイングも考えたらしく、一連の事件を総括するかのように、ウイングが述べる。

「自殺ということになったファバに続いて、他の三人の少年たちも死亡‥‥‥。ファバの父親であるレグも少し前から行方不明ですし、他の親たちのうち三人だって殺されたわけです」

 実際にはレグだけでなく、今回ファバが呪われたという話を大衆紙で広めたディウルナも、レグと同じ夜に殺されているのだが‥‥‥。ディウルナはニュース屋という仕事柄、いつも色々と走り回っていたため、まだ誰も彼女の失踪には気づいていないのだった。

「関係者の中で、グラーチの両親だけは現在ですが‥‥‥。今頃は、戦々恐々としているかもしれませんね」

 そんなウイングの言葉を受けて。

「でも、あの屋敷が燃え落ちたなら‥‥‥」

 ラヴィが、しみじみと呟いた。

「呪いの大元が消えたことになるから、もう『魔女』の呪いも、収束すると考えて構わないのでしょうか」


――――――――――――


 それから一週間ほど経った頃‥‥‥。

 モノク・ローが『投げナイフの美女』として働く『アサク演芸会館』では、いつものように、その日の出番を控えた多くの芸人たちが、楽屋に集まっていた。

 そんな彼らの噂話が、壁際に佇むモノクの耳にも入ってくる。

「そういえば最近、あのニュース屋、見なくなったなあ。以前は、しつこくモノクさんの後を追っかけていたのに‥‥‥」

「ああ、ディウルナという名前の女だろう? 確かに、しばらく見てないねえ」

 モノクの名前も挙がっているが、だからといって、彼女自身は、その話に加わろうとはしなかった。それでも少し気になって、耳だけを傾ける。

「ディウルナってニュース屋なら、少し前に発行した大衆紙で、別の話を大きく扱っていたぞ。なんでも『魔女』の呪いに絡んだ事件だとか‥‥‥」

 ファバの事件を大衆紙で読んでいる者も、芸人仲間の中にいたらしい。その芸人が、横から噂話に参加していく。

「なるほど。だから、こっちには来なくなったのか‥‥‥。今は、そっちにかかりっきりってことかい」

「でも、その呪いの話も、それっきりなんだよなあ。続報を匂わせる感じの記事だったのに‥‥‥」

「ニュース屋の関心なんて、そんなものかもしれないねえ。ほら、ただでさえ『女は移り気だ』って言うじゃないか」

 そう言って、彼らは笑っている。

 ディウルナの死体は、ゲルエイとモノクによって秘密裏に処理されたため、彼女が亡くなったことすら、誰も知らないのだ。この楽屋にいる者の中で、真実を知るのは、モノク一人だった。


 誤解されたままなのは、少し可哀想かもしれない。

 だが、自分一人だけでも正しく理解している者がいれば、それで十分ではないか‥‥‥。

 モノクは、そう考えてしまう。

「ニュース屋のディウルナ・ルモラか‥‥‥」

 ふと、ディウルナと知り合った経緯を思い出すモノク。

 それこそ、ディウルナ自身が死に際に語ったように、あまり良い関わり合い方とは言えなかったはずだ。

 それでも。

 迷惑ではあったけれど、悪い人間ではなかった。

 それが、モノクから見た、ディウルナの印象だった。

 だから。

「貴様のことは、いつまでも俺が、忘れないでいてやろう」

 誰にも聞こえないくらいの小声で、そっとモノクは呟くのだった。




(「季節はずれの肝試し」完)

   

   

 あとがきです。少々、長くなります。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 この作品は、あらすじにも記したように、シリーズものではありますが、単独でも楽しめる作品として書いたつもりです。ですから「桃色の髪の少女」は未読という方々もおられると思いますが、もしも興味を持たれたのであれば、そちらも読んでいただけたら幸いです。今回作中で軽く触れた復讐屋再開のエピソードが「桃色の髪の少女」になります。

 また、このシリーズは四大大陸の一つである北の大陸を舞台としていますが、連載中の別作品『「ウイルスって何ですか?」――ウイルス研究者の異世界冒険記――』でも、同じ四大大陸が出てきます。異世界裏稼業シリーズにおいて勇者伝説は「『伝説』なので、どこまで真実かわからない」というスタンスですが、作中で言及される勇者伝説の内容と「ウイルスって何ですか?」で描いている内容が、微妙に似ている感じになっています。異世界裏稼業シリーズの時代で『伝説』として伝えられている勇者たちの真実が「ウイルスって何ですか?」の物語なのではないか‥‥‥。そのように想像できる形式です。

 例えば、この作品の第一話で語られた「勇者が呪いを解いた」という逸話が第一章「コウモリ城の呪い」に相当しますし、また、風の魔王については第二章「魔の山に吹く風」でクローズアップされています。もしも関心をお持ちでしたら、ぜひ『「ウイルスって何ですか?」――ウイルス研究者の異世界冒険記――』も、よろしくお願いします。


 さて、今回の物語を思いついたきっかけは、インターネットで見ていた心霊番組(第一話でケンが見ていたような番組)でした。

 肝試しで呪われた人間、ただし、その肝試しには「誘われて参加した」という程度だった人間。そんな話を見て「とばっちりだな」と、誰もが思うようなことを考えると同時に、ふと「こういう番組では遺族感情に焦点が当てられることは少ないけど、そんな『とばっちり』ならば、遺族が肝試しの主催者を恨む場合もあるだろう」と考えたのです。

 最初は、そんな遺族視点のホラーものを書こうかと思ったのですが、どうも上手く物語が成立しない。この遺族の気持ちって、読者から「そういう人もいそうだ」程度には思ってもらえるかもしれないけれど、あまり共感してもらえそうにない。だから主役に据えるには相応しくない‥‥‥。そう考えるうちに「『恨む』という話なら、復讐屋のフォーマットに当てはまるじゃないか! 異世界裏稼業シリーズがあるじゃないか!」と閃いて、このシリーズの一編として書き始めたのです。

 ですから、第十四話で描いたレグの訴えが、今回のメインだったはずです。しかし、物語としての起承転結を考えたら、他にも書いておきたい内容がいくつも出てきて‥‥‥(例えば「はたして本当に呪われていたのか?」も、最初の構想では、ホラーものらしく、もっと曖昧に済ませるはずでしたが、書いているうちに予定が変わって、あのようなエピローグになりました)。

 ちょっとした思いつきから書き始めた物語だったのに、書き終わるまで、かなりの時間がかかってしまいました。『ちょっとした思いつき』を作品にするのは大変な作業だと、改めて感じました。

 このように、異世界裏稼業シリーズのネタとして何か思いつくたびに、シリーズを書き続けるつもりです。それだけではなく、第一作と第二作の中で示した舞台設定の中にも、さらに広げられそうな要素が色々と残っている、とも思っています(実際、おぼろげなプロットは、現時点で頭の中に二つほど浮かんでいます)。今後も、よろしくお願いします。


(2019年4月12日 投稿)

   

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