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Sceneシリーズ

scene−2

作者: 日下部良介

『scene−1』に続く、sceneシリーズ第2弾です。

scene−2



 バスは港から島の中心部に向かっていく。

右手に、八丈富士の雄大な姿を見上げ、空港へ向かうヤシ並木を通り、ペンション“すとれちあ”に到着した。

“すとれちあ”は、空港のそばにあり、白い壁にアーチ形の窓がいくつもはめ込まれている。

屋根は三角にとがった形をしていて、赤い瓦調の屋根材で覆われている。

建物の裏側にはウッドデッキと木製の白い柵で囲まれたテラスがあり、ビーチパラソルが付いた白い丸テーブルが5つ置かれている。

テラスの先には、広い庭があり、キャンプ場などでよく見かけるようなバーベキュー用の設備がある。

八丈富士を眺めながらのバーベキューは“すとれちあ”の名物でもある。


 直子は、港についた宿泊客をいつものように、送迎用のマイクロバスに乗せて夫の晃と晃の両親が営んでいる八丈島のペンション“すとれちあ”まで送ってきた。

 今日の客は、5人家族が一組み、カップルが二組、一人の客が3人だった。

“すとれちあ”に到着すると、入り口で二人の子供を連れた老夫婦が宿泊客たちを迎えてくれた。

直子はマイクロバスを、駐車場に回すと、客を迎えに行く前に港で仕入れた新鮮な魚を厨房に運んだ。

「よう!お帰り。ご苦労だったな。」

厨房で、コックの島崎と、到着した客に出すお茶受けを用意していた夫の晃が、左手をかざしてウインクした。

「今日は、シマアジのいいのが入ったわよ。」

その言葉を聞いた晃と島崎が、直子の持ち帰った箱の中を覗きに来た。

「ほ〜ぉ!これはたいしたもんだ!よくこんなのウチに廻してくれたなあ!」

箱を覗き込んだ晃と島崎は、目を丸くして直子を見た。

直子は嬉しそうに、二人に自慢した。

「この前、健さんのおふくろさんが、ギックリ腰で動けなくなった時、偶然私が通りかかって、家まで送ってあげたの。健さんがそのお礼だって、特別に譲ってくれたのよ。」

島崎は、直子が仕入れてきたシマアジを手に取って、料理方法を考えた。

「これだけのもの、ただ、鮨や刺身じゃもったいないなあ・・・」

そんな島崎をしり目に、直子は厨房を後にして、宿泊客が待つロビーへ向かった。


 宿泊客は、老夫婦と子供たちに案内されて、ロビーに集まっていた。

老夫婦、晃の両親は、宿泊者名簿への記入が終わった客に部屋の鍵を渡し、一旦、食堂へ案内した。

子供達、晃と直子の長男と長女は宿泊客の荷物を運ぶのを手伝った。

5歳の男の子と、3歳の女の子のサービスに、若いカップルの客は「可愛い〜い!」と感激しきりだった。


 食堂では、直子がお茶とお茶受けの用意をしていた。

宿泊客は、小学生からお年寄りまで年齢層がバラエティに富んでいたので、いくつかのメニューを用意していた。

子供向けには、パッションフルーツの生ジュース、お年寄りには明日葉を煎じて作った明日葉茶、若いカップル向けには八丈島の牛のミルクを使ったミルクティーなどだ。

自分でマイクロバス運転して、宿泊客を迎えに行くからこそできるサービスだった。


 食堂で一休みした客がそれぞれの部屋に入ると、希望者の分の昼食の支度にとりかかった。

 基本的には、宿泊客の昼食はやっていないのだが、船で早朝、島に到着した宿泊客に限り、希望者には昼食を出すことにしている。


 昼食が終わると、夕食のバーベキューの下拵えをしなければならないのだが、それは男達に任せて、直子は子供たちを連れて八丈富士へ車を走らせた。

山頂付近の環状道路、鉢巻道路に車を止めて、そこから先は歩いて頂上まで登った。

頂上付近は、巨大な岩が累積しているが、その間には草木が密生していて、その大部分は牧場を思わせるような草原のようになっている。

頂上に着くと、浅間神社にお参りをした。

 直子は、初めて島に来た時に見たここからの景色を未だに忘れていなかった。

今、こうして、子供達と同じ景色を見ることになろうとは、その時には想像もできなかった。

「ねえ、お母さん、お母さんが初めて島に来たのはお父さんが好きだったからでしょう?」

5歳になる長男の太郎は、ここに来ると必ずこの質問をする。

「あら、おませな質問ね。」

今までは、ごまかしてはっきりしたことを話さなかった直子だが、今日はちゃんと話してみようと思った。

彼が理解できるかどうかは別にして。



 二人が知り合ったのが大学生の頃だった。

晃は名門中の名門と謳われる聖都大学で“カレッジイベントプロデュース”というサークルに入っていた。

“カレッジイベントプロデュース”とは文字通り、大学のイベントをプロデュースするサークルで、“CIP”の略称で関東の大学や企業の間では名の知れた“組織”だった。

 そのCIPが年に1回企画して執り行われているイベントの一つに『合コンラリー』というのがある。

その名の通り、いくつがの大学や、社会人のグループが総当たりで合コンを実施し、成立したカップルによってポイントを競うというものだ。

 晃が1年の時、エントリーした団体の情報収集を担当することになった。

その時エントリーした団体の中に、直子が通っていた、西東京国際大学のダイヴィング同好会があった。


 直子は、欧米の文化について学ぶために、この大学の西洋歴史学を専攻する学科に入学した。

将来は、スペインで観光に係る仕事をしたいと思っていた。


 出会いはまさにドラマチックだった。


 晃は、参加メンバーから情報収集を行うために、西東京国際大学のダイヴィング同好会の部室を訪れるところだった。

階段を駆け上がって、廊下を左の曲がろうとしたとき、段ボールの箱にぶつかった。

正確には、段ボールの箱を抱えた女の子にぶつかった。

女の子ははずみで段ボール箱を放りだして尻もちをついた。

放り出された段ボール箱は、晃ががっちりと受け止めた。

晃は段ボール越しに、尻もちをついて、腰のあたりをさすっている女の子を見た。

「大丈夫ですか?」

一瞬、何が起こったのか分らないような表情していた女の子は、晃の言葉に、顔を赤らめて、立ち上がると、段ボール箱を受け取り、何も言わずに、廊下を進んでいった。

「よかった!けがはないようだな。」

小走りに走り去る女の子を見送って晃は目的の部屋へ急いだ。


 晃は必要な情報をメンバーからリサーチすると、雑談に入った。

晃は生まれが八丈島で、小さい頃から、父親と一緒に近くの海によく潜りに行っていたのだ。

今回参加するのは、同好会の男性メンバーなのだが、この同好会にも、女の子が一人だけいるということだった。

あいにく、今、この場にはいないようだった。

そして、晃が部屋を出ようとしてドアを開けた時、また、誰かにぶつかってしまった。

それを見たダイヴィング同好会の部長が彼女を紹介した。

「ちょうど良かった!鵬翔君、彼女が唯一の女性メンバー、根本さんだよ。今年入ったばかりのニューフェイスさ。」

晃は、ニッコリとほほ笑んで、彼女に手を差しのべた。

「今度は転ばなくて良かったね。」

短めの髪を後ろで両側に束ねたお下げ髪の女の子は、賄顔をして、晃の顔を見ていた。


 合コンラリーにこそ参加しなかった直子だったが、晃との連絡は、直子が窓口となって行っていた。

そのことがきっかけで、二人はだんだん親しくなっていった。



 直子は、面前に広がる青い海を見つめながら、独り言のように話し続けた。

息子の太郎は、時折、妹の奈津をかまって、おどけた顔をしながらも、直子の話を聞いているようだった。

「プロポーズは、お婆ちゃんがしたんでしょう?」

直子は、5歳の子供がこんな質問をするのにちょっと驚いたが、きちんと受け答えした。

「まあ、この子ったら、どうしてそんなことを知っているのかしら?」

太郎は、得意げに、義母から聞いたと言った。

まあ、そんな事だろうとは思ったが、直子は話を続けた。



 晃は、都内の高校に入って上京して以来、夏休みに入ると、毎年、島に戻って、両親が営むペンションの仕事を手伝っていた。

直子と知り合ってからは、ずっと二人で帰ってきていた。

 直子はすぐに晃の両親とも打ち解けて、家族同様の付き合いをするようになった。

晃の両親も、控えめで、働き者の直子のことがすぐに気に行ったようだった。


 晃が大学の4年になって、夏に帰る前、晃の母親は、思いきって上京してきた。

晃に会うためではなくて、直子に頼みごとをするためだった。

上京してきた母親は、真っ先に、直子が下宿している家の近くの喫茶店で、晃には内緒で、こっそり直子を呼び出した。

そして、直子に、晃と一緒になって、ペンションを継いでくれるように頼みこんだのだ。

直子には、自分の夢もあったが、いつしか、こうなるような気がしていたので、母親の申し出に、快く応じた。


 晃が、そのことを知らされたのは、その夏、島に帰った時だった。

しかし、晃は慌てることもなく、直子にこう言った。

「君が決めたことなら、俺は何も言うことはないよ。」

次の日、二人は八丈富士の頂上で、二人だけの結納とも言うべき儀式を行った。

儀式といっても、浅間神社で誓いを立てて、指輪を交換しただけだったが、直子にとっては一生忘れられない思い出になった。

 そこから見る太平洋の青い海は、今まで見たどこの海よりも、眩しかった。

考えてみれば、今まで何度も、島に来ていたけれど、八丈富士に上ったのはこれが初めてだった。



 山頂に少し風が出てきたので、直子はそろそろ戻ろうと思った。

妹の、奈津は眠そうに目をこすっている。

「さあ、そろそろ帰りましょうか?」

「うん。」

太郎は、立ち上がると、来た道を戻り始めた。

実際には、5歳の子供が一人で歩くにはかなりきつい道だったが、太郎は当たり前のように一人で歩いて行く。

直子は奈津をおんぶして、太郎の後を追った。

歩きながら、太郎が振り向いて直子に尋ねた。

「ねえ、お母さん?島は好き?」

直子はためらうことなく答えた。

「ええ、世界中のどこよりも大好きよ。」





『穏やかな風に抱かれて』を読んで頂いた方はお分かりだと思いますが、前作の『scene−1』も『穏やかなぜに抱かれて』の登場人物が物語のキーマンになっています。

この『scene』シリーズでは、『穏やかな風に抱かれて』をはじめ、過去に連載を完結した作品の登場人物に別の角度からスポットを当てた物語を書いていくつもりです。

連載作品の方と合わせて読んでいただけたら、より一層楽しめると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読いたしました。 まだ、肝心の本編を読んでおりませんが、サイドストーリーはほとんど読みました。 決して悪い意味でなく、これといったどんでん返しのない話が、骨太に読めるのは、キャラの設定がし…
[一言] 拝読いたしました。 情景が目に浮かぶ、青い空と海、そして草原のようなものが私の脳裏に浮かんでいます。 丁寧な描写は本当に参考になります。 連載物の登場人物の外伝的な作品なのですね。 そち…
[一言] なるほど、壮大なドラマが始まる予感が感じられる短編ですね。長編を書きながら、さらにエピソードも加える。 小説って本当に人によって違うので、毎日、パソコンから目が離せません。 これからもがんば…
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