⑨あやかから見た四人
ゆうきの後を追って大学の校舎から駅に向かう。ゆうきの歩く速度に追いつこうとして、 ゆうきの隣を歩こうとするが、二足分ほどゆうきの方が歩くのが常に速い。私の隣を歩きたくないのか、それとも隣で顔を見られるのが嫌なのか、私には分からない。
いつも仲良しの二人組が廊下に響き渡るような声で喧嘩しているのを見るのは初めてだった。あいつもゆうきもお互いに空気を読むのに長けてると私は思う。あいつの場合は空気を読むというよりかは最悪の事態を避けているといった表現が正しい。一見バカそうなゆうきも、人の爆弾がどこにあるのか把握しており、その爆弾を作動させないよう上手に言葉を選んでいる。
そんな二人が爆弾の所在なんて気にしないで、本音をぶつけあった。二人を見ていて正直私はなにか爆発するんじゃないかと思って、怖かった。
ゆうきは今どんな気持ちなんだろう。あいつは今、大丈夫なのかな。
二人とも黙ったまま駅の改札を抜け、電車を待つ。しおりの家は一回だけ、行ったことがある。ゆうきが無理やりあいつに案内させて、家の前まで行ったのだ。
ぼんやりと駅のホームについている時計の長針を見ているとゆうきが口を開く。
「ごめんね。あんな気まずい空気にしちゃってさぁ~ 。他の学生に変な目で見られちゃったし。でもあやかちゃんがいてくれて良かったよ。ありがとう」
ゆうきが茶黒く錆びたレールを見ながら言った。私が気まずいなと思っていると感じ取られた気がする。
「ううん、私は何もしてないよ。でも、ゆうきがあんな行動とるとは思わなかったよ」
冗談ぽく言ってみたが、言った後にもしかしたら爆弾かもしれないと思った。すると、ゆうきが
「あいつ最近たるんでたからぶっ飛ばしてやったわ! でも、殴る気なんてなかったのにな。なんで殴っちゃったんだろう」
と少しどこか寂しげに言った。何か言おうと思ったけど上手い言葉が思いつかず、結局何も言えない。
しおりの家の最寄り駅に着く。
「しおりなんで学校辞めるんだろうね」
沈黙が耐えられず私はとりあえず頭の中で思いついたことを言う。
「まぁ、みんな色々事情はあるっしょ! それがあいつのことでも。でもさ、俺ら四人って友達じゃん? 何も言わずに大学辞めようとするって、なんか納得いかないっつーか、理由くらい知っておきたいっつーか……」
俺ら四人で友達、か。四人じゃなきゃいけない理由はどこにもなかったのにねって思う。
「そうだね。とりあえず話聞きにいこう。話したくないなら、それはもうどうしようもないけどね」
そう、聞かなきゃならない。私はしおりが大学を辞める理由、あいつと別れた理由を聞くまで、夏休みなんてのうのうと過ごせない。私にとっての春があの子のせいで違う季節に塗り替えられたことは忘れるわけにはいかない。
しおりの家の前につく。三階までの階段を上るだけで軽く息が乱れる。なんでしおりは三階に住むんだろう。私なら間違いなく一階に住む。すぐ外に出れるから、会いたい人に一秒でもはやく会えるからってね。
ゆうきがインターホンの前で立ち止まる。
「やっぱやめた方がいいかな?」
何を急に思いとどまっているのか。さっきあれほど納得できないって力説していたのに。私は頭で思ったことをそのまま言う。
「ちゃんと話は聞くべきだと思う。だって私たち四人で友達でしょ? いいよね? 押すよ?」
ゆうきが抵抗する隙を与えずにインターホンを押す。ゆうきは少し驚いているが、私が言ったことに納得している様子であった。
チャイムが部屋の中で外と比べてワンテンポ遅れて響いている。その音の後から床を歩く音が聞こえる。
「はーい! おおっ、めずらしいね? どうしたの?」
しおりが玄関の扉を半分ほど開け言う。顔はいつもの作り笑い。
「あ、しおりちゃんごめんねいきなり。ちょっと話したいことあるんだけど時間いいかな?」
ゆうきが素早く答える。さっきまで迷ってたのに言う時はスラスラ言えるのね。
しおりが目線を斜め上にズラして考えてから、「いいよ、入って入って」と言った。
部屋に入るとしおりらしい匂いがする。女子らしい匂いだけども、大学のイケイケな女子が使う香水のような匂いではなくて、石けんの香りのような清潔感も含んだような匂いだ。
グレーの起毛のカーペット上に座る。完全に冬用のカーペットだが冷房が効いていたのでそこまで気にならない。私とゆうきに、これでも使って、とクッションを一つずつくれた。
「それで話したいことって何?」
しおりがストレートに聞く。何を聞かれるか分かってるような顔をしているが一応聞いてみるといったような言い方だった。
ゆうきが私の方を向いて合図のようなアイコンタクトをとる。
「あ、そうそう。ごめん、違かったら申し訳ないんだけど、しおり学校辞めちゃうのかな? ってね? うん。今日学生課で見ちゃった」
私なりの変化球で言った。内容自体はストレートだが。
私の言葉を正確に受け取ったしおりは迷うことなく答える。
「あちゃー。見られてましたか。そうなんですよ、家の経済状況的に厳しくてねー。もともといつか辞めるのは分かってたんだけどね。後期が始まる前の夏休み中に辞めることになったのは最近のことだけど」
そう言うと、飲み物を用意するのか、しおりが立ち上がり台所へ向かう。
私とゆうきは何も言えなかった。『経済状況』と言われてしまうとなんで? とも言えない。そこにクエスチョンすることは爆弾であると、私とゆうきは思ったからだ。
でも、私は聞かなくてはならない。
「じゃあ、別れたことが理由じゃないんだ?」
ど真ん中のストレートで言う。それもかなり力がこもった直球。しおりは10秒ほど黙り込んだ。頭の中で言葉を選んでいるような顔をしている。
「別れたことが理由じゃないよ。理由はさっき言った通り。ただ、大学を辞めるってことをみんなに言えなかったのはそこが理由でもあるかな。ごめんね。あとはやっぱり寂しさも、かな」
しおりは謝りながら頭を軽くさげた。
しばらくの間三人とも何も言わない。
ゆうきがこの何とも言えない空気を打開する。
「あいつよ、最近うじうじ虫だったから、俺がぶん殴ってやったわ! 一発KOだわ!」
しおりは笑いながら、それはナイスパンチでした、と言う。私は、KOではないけどね、二人に合わせて笑いながら言う。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
あ、来た、と思った。顔をまだ見ていないがなんとなく分かる。とりあえず気まずそうな顔しておこうという顔が。そんなにあいつのことがいつから分かるようになったんだろう。
しおりが玄関に向かう。私は質素なこの部屋を見渡す。部屋のカレンダーを見ると、いくつかハートマークが付いている。
「どうぞ。みんなそろってるよん」
なんだか心臓の位置が落ち着かないような気持ちになった。