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⑥また学校で

あの日から一週間経った。学校に行くのは怖かったが、特にゆうきとあやかは何も言ってこなかった。もともと、俺とゆうきとあやかは同じ学部だから授業はかぶるけれども、しおりは他学部だから授業はかぶらない。それ故、会話する機会がなかったのだろう。

 俺としおりが付き合うことになってから、なぜか四人でときどき遊ぶことになり、ゆうきとあやかはしおりと友達になった。二人ともしおりの性格の良さに魅了され、天使だ、女神だ、と出会ったときに騒いでいた。しおり自身も大学に入ってからどのグループにもうまくとけこめていなかった時に、この新しい居場所ができたため、すごく喜んでいた。全員がお互いを信頼し認めあうことができる、そんな居場所だった。

 だけど、もう四人が揃うことはないだろう。


 

 習慣であるホットコーヒーを飲んでいる時に携帯が震えた。しおりからのLINEだった。一週間なにも連絡がなかったので、ブロックでもされたのかと思い込んでいたから驚いた。


「ごめん、いまから会える? 場所はどこでもいいよ」


 気まずくて行きたくないと直感的に思った。しかし、しおりからわざわざ会おうと言ってくれたからには、会う以外の選択肢はない。場所と時間を打って、行くという返事をした。どんな顔して行けば分からない。だけど、しっかり謝るというのは頭にいれて家をでた。



 待ち合わせのカフェに入ると、すでにしおりが場所をとって待っていた。こちらに気づき、しおりが顔でやぁやぁと言っているように感じる。ホットコーヒーを片手に、席につく。しおりが「きてくれてありがとう」と言う。「いやいや全然」と返す。お互いが下を向いて、自分の飲み物のカップを触ったり、液体の表面がすこし波打つのを見つめている。謝らないとと思っていてもなかなか話をきりだせない。躊躇しているうちに、先にしおりが口を開く。


「一週間考えたんだけど、私達別れない?」


 予想外の言葉に素直に驚く。しおりなら謝れば許してくれると、心のどこかで思っていた証拠である。あの日のことは本心じゃないと言って取り繕おう、と考えているが、その隙すらしおりは与えずに話を続ける。


「あの日のことが理由じゃないの。私は西條くんを利用していただけだったの」


 よく理解できない。それでもしおりは話を続ける。


「正確にいうと、あなたが私のお父さんに似ているの。誰にも言ってなかったんだけど、私の家は父子家庭で、お父さんと二人暮らしだったの。お父さんは私にとって唯一の家族であり、唯一の理解者だった」


 驚きというか、はじめて知ることばかりで唖然としている。何か言う気になれない。


「だけど、死んじゃったんだよね。過労で。私が大学受験のころ。突然すぎてショックとか通りこしてたよ」


 ニコニコしながら喋っている。つらい過去なのに。


「それでも、応援していたお父さんのためにも大学受験は続けることにしたの。それで、私達の通ってる大学のオープンキャンパスにもいったの。そしたら西條くんがいたの」


 まったく記憶にない。反射的に口が開いた。


「どういうこと? 俺のことあの時から知ってたの?」


 しおりはすぐに答える。


「ううん。あの時は別に西條くんかどうか知らなかったよ。友達と一緒にきてたよね? それで食堂でご飯食べてたでしょ?」


 確かにあの時は友達とカレーを食べて帰った記憶がある。そこまで仲良くない友達だったから辛かった気がする。


「で、近くに座ってたから、少しあなたの方見ていたの。会話もちゃっかり聞いてた。そしたら、西條くんの顔がすっごくつまんなそうだったの。友達には笑顔で話しているけど、ときどきみせる顔が」


 あの時のことが徐々によみがえってくる。


「私のお父さんも同じなんだよね。私のお母さんが出ていくときも、無理して私を引き取ったの。自分の気持ちに嘘ついて。私の思い込みかもしれないけど。でも、その時はただ似ているってだけだったし、まさかまた会えるとは思ってなかったよ」


 また、反射的に口が開く。


「だから、同じサークルにはいったの?」


 しおりが首を横にふる。


「それもたまたまなの。私はびっくりしちゃって運命すこし感じちゃったんだ。それで、知り合ってから短かったけど告白したの」


 今でも覚えている。振って泣かれるのが嫌だから、とりあえず付き合うことにしたんだ。


「西條くんは、そんなに私のこと好きじゃないのにOKだしたよね? 私を振って傷つけないように。その後も同じ。傷つけたりしないようにデートの誘いは全部断らなかった。言い方悪いけど、偽善で接してくれてたよね? 別に嫌味じゃなくて。その部分もお父さんとよく似ていたの」


 何か言いたかった。でも、体に力が入らない。また、自分としおりを客観的に見つめている。


「でも、それも今日で終わりにする。二年も付き合えて私はすごく嬉しい。むしろ振り回して申し訳なかったと思う。好きなのはほんとだよ、今でも。だけど、西條くんはきっとこの先も自分の気持ちに嘘ついていくことになっちゃう。優しいから。だから、別れてください。わがまま言ってごめん」


 気がついたら涙が自分の手に落ちていた。まだしおりはニコニコしている。そして俺は言っていた。


「本当のこといつまでも言えなくてごめん。今までありがとう」


 しおりはこちらこそと返した。


「それじゃあ、またね。 また学校で」


 そうしおりが告げると、しおりは店の出口へと歩みを進めた。そして、一度も振り返らず店をでた。呼び止めることもできたかもしれないが、体がそれをしようとはしていなかった。


 涙はいっこうに止まる気配はなかった。店員が奇異の目で見ているが気にならなかった。

 心が軽くなったように感じる。

 

 見えている景色のピントが時間が経つにつれ、合っていく感じがした。



 


 


 

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