④白いワンピース
暑い。
涼しげなワンピース着てきたのに、今日はその涼しさすらはね退けられる。夏休みがこっちにおいでと手招きしている。でも、私に夏休みは必要ない。
線路の分岐で激しく揺れを感じる。あと、30分くらいこのままだ。段々私の脳も、夏の日差しをめいいっぱいに浴びたアイスみたいに、トロトロしてきたような感覚になる。
「――私でていくから。あとはよろしく」
「よろしくってあの子はどうなる?」
「あなたが引き取らないの? なら児相かしら?」
「わかった。俺が引き取る。俺はあの子を愛している」
どうしてそんな顔しているの? お父さん… お父さん…
プシューッと電車が大きく息を吐く。長旅で疲れた毒素を出している。その大きな音でしおりは目を覚ました。
駅に着くと、しおりが白くて太い円柱に寄りかかって待っていた。左手には、紙のブックカバーがかかった本がある。 こちらの視線に気づくと、さっと本を閉じ、前髪を押さえながら、小走り気味で近寄ってくる。夏歌のMVでよく出てきそうな、白いワンピースに麦わら帽子、白いスニーカーを履いている。
――揺れる長いストレートの黒髪。
「やぁやぁ、おはよう。今日は暑いね」
おはようと小さい声で返す。
やぁが似合うのもしおりくらいだと、ふと思った。しおりにどこか田舎くささや、昭和じみたところを感じる。はじめましての人なら、第一印象は、いい子そう、と思うに違いない。
「さて、どこいきますか?」
しおりの透き通った高い声で聞いてくる。しおりとのデートは基本的にノープランでする。そっちのほうが楽しいとしおりに言われたせいでもあるが、計画をして色々段取りを悪くなったことが前にあり、それが原因だ。
とりあえずそこらへんを散策することに決めた。みなとみらいだから、2人で歩いているだけでもかなり絵になる。まさに休日を楽しむ理想のカップルだ。
特にしっかりとした話題はなく、カモメがいるねとか、海がきれいとか、見たものの感想をそのまま口から出した会話が続いた。赤レンガ倉庫の方に出店でケバブが売っていたので、買って食べた。どうして繁華街には、必ずケバブがあるのか話し合ったが、結論はでなかった。
しおりはどんな話でも真剣に聞いてくれる。そして何より相づちが上手である。うんうん、それでそれでといった普通の相づちなのだが、他の人比べてかなり自然である。気を遣われている感じはしない。しおりの悪いところは見つける方が難しい。
――それなのにどうして好きじゃないんだろう。
「今日はお疲れ様! 楽しかったね。ありがとう」
口角がすごくあがっている。本当に楽しそうだ。
「こちらこそ、ありがとう」
帰りの電車はすごく混み合っていった。休日なのにスーツを着たサラリーマンが大勢いる。しおりとは乗り換えポイントまで一緒である。
「じゃあ、ここでバイバイだね」
うん、と短く返した。ホームには人はそれほど多くいなかった。しおりはすぐ近くにある階段を使って違う路線に乗り換えをする。
「最後にちょっと聞いていいかな?」
「いいよ」
なんだろうと思い、レポートか課題のことだろうと予測した。
向かいのホームで電車が、轟音と風をたてながら通過している。その音と風が2人まで届いている。その証拠にしおりのワンピースは揺れている。
「私のこと好き?」
予想外の質問に体の汗腺が開いた気がした。心臓は間違いなく速くなっている。ここは間違えてはいけない場面だと体が教えてくれている。
「もちろん、す…」
突然、体が重くなった。声が出ない。声が出ないどころか、徐々に体の力が抜けていく。手も足も顔も動かない。しおりが答えを真剣な目で待っている。わけがわからなかった。すると、俺はどこかから自分としおりを見ていたことに気づいた。すると間もなく俺は言っていた。
「好きじゃない」
何を言っているんだ、そうじゃないだろ。なんでしおりにそんなことを言うんだ。
「え……」
そして長い沈黙。この何秒かが何時間にも感じた。今すぐ訂正しようとしたくても体の感覚がなかった。ただその青春が散っていく様を見ているだけだった。しおりは何かを言おうとしていたが涙をこらえきれず、逃げるように階段を駆け上がった。
待って、待って、待っ
「て、しおり!」
体の感覚と声が戻ったころには、しおりの姿は完全に見えなくなっていた。ただ聞こえるのは、駅員のこなれた声だけだった。