開戦初日の終わり
明里は山々の緑を見ながら暖かな春の風に吹かれ鳥の声を聞いていると、少し前まで異星人のアンドロイドと戦っていた事が嘘のように感じてきた。
「ここまで何もないと、さっきとの落差で気が抜けちゃうわね」
明里がそんな事を呟いていると、貴文が戻ってきて声をかけてきた。
「明里さん、ちょっと様子がおかしい」
「何かあったの?」
「山で監視してる人からなんだけど、アシガロイド達が道を戻ってるのが見えると」
「え?!撤退?」
「いや、全部じゃないみたいだ。残っているのも多いけど、戻って行くのも多いみたいだ。しかも赤いのが結構な数、その戻る集団に混じってる」
明里は少し考え、自分の考えを貴文に伝えた。
「強いのがここから移動してるのは、他で何かあったか、それとも人口も少なくて逃げ場のない私達を馬鹿にしてるのかしら?」
「村役場からの連絡でも同じ意見が出てたよ。ただ飛騨市で連絡が付いた場所があって、そこに増援で向かうんじゃないかっていう意見が多かった」
明里は貴文の言葉に喰いつくように質問した。
「どこ?どこと連絡がついたの?」
「県庁経由の情報だけど、神岡鉱山跡にある研究施設に立て籠もって抵抗している人達がいるって話でした」
「あのニュートリノとかの研究をしてるっていう?」
「そう、それです」
明里はその場所を聞いて少し落胆した表情を見せた。
「その場所だとここからは遠いわね・・・」
「そうですね。直線距離でも40㎞はありそうです。恐らく救出も脱出も無理でしょう」
貴文はさらに情報を明里に伝えた。
「それで県からなんですけど、白川村から脱出するなら郡上市から援護するそうです」
「援護?高山市を攻略するのではなくて?」
「ええ。さすがにまだ開戦初日で、組織編制等いろいろ追いついていないみたいで。ただ脱出するなら、脱出ルートになる156号線の郡上市側から攻撃をしてくれるそうです」
明里は貴文の『脱出するなら』とういう言葉に引っかかりを覚えた。
「県はどちらでもいいような言い方ね」
「はい。実際に判断は村に委ねられました。県としては村が頑張ってくれるなら、敵に二正面作戦を強いる事になります。でも飛騨市の状況を考えると、白川村を維持するのは難しいというのもあります。それに今の段階で、郡上市からの援護も効果的に行えるか疑問視してるようです。何もかもが間に合っていない状況で郡上市から援護するっていうのは、県のせめてもの温情ですね」
「温情?」
貴文は苦笑しながら、上司から電話で聞いた話をした。
「僕らが孤立してから県としては何も援助できてません。ここで脱出の援護もしないとなると、全てが終わった後に県内に禍根を残す事になりますから。って、県庁に出張中の上司がごり押ししたそうです」
「ごり押しねぇ。それは確かに温情だわ」
そう言って明里は軽く笑った。
「それで、村としてはどうするのかしら?」
「それについては話し合いの真っ最中ですね。籠城派に脱出派、少数ですが高山市の攻略を主張してる者もいるようです」
「攻略って、強気ねぇ。それで貴文さんは何派?」
「僕はどっちでも。籠城も脱出も結末は一緒かもしれませんので。まぁ、そう考えての一か八かの高山市攻略という意見らしいです。僕は違いますよ。ただ結末が一緒なら、生まれ育った村でとも思いますし、最後まで生き残る努力もしたいとも思ってます」
「つまり?」
「村の決定に従います。だってほら、僕って村役場の人間ですから」
それからは何も変化がないまま、時間だけが過ぎていった。
そして午後6時になった。
空から音が降り注ぐかのようにウーーーーーというサイレンの音が聞こえ、 昨日のように空に赤い鱗のドラゴニュートが浮かび上がった。
地球派遣団副団長のガルロカ・ヴァズであった。
ガルロカ・ヴァズは昨日の事務的な雰囲気は残しつつも、どこかばつが悪そうな感じだった。
「午後6時をもって本日の戦闘行動を終了します。明日以降も本日と同様に午前8時からの開始となり、午後6時に終了となります。なお、午後6時から朝の8時までは休戦とし、アシガロイドの能力は元に戻ります。夜間に現状の変更を試みる者は、相応の報いを受けることになるでしょう」
そう言うとガルロカ・ヴァズは消えていった。
「終了?」
明里がそう呟くと、貴文が携帯を取り出しながら答えた。
「そう言ってましたね。僕はこれから役場と連絡を取って指示を仰ぐので、皆さんはとりあえず現状維持でお願いします」
貴文の電話は長くかかった。その間に明里達は明里達で話し合い、ガルロカ・ヴァズの言葉に嘘はないだろうという結論に達していた。
貴文の電話が漸く終わり、貴文は指示を出し始めた。
「向こうの一方的な宣言ですが、信じていいだろうという事になりました。ここには少数の見張りを残して撤収です。見張り以外の人で自宅に帰れる人は帰宅して下さい。避難所の人口密度を下げたいのでお願いします。明日の予定については、日付が変わるまでに連絡がいきます」
貴文は他にも細かい指示をした後に、明里に声をかけた。
「明里さん、僕も一度戻りますから避難所まで送ります」
「そうね。さっきお義母さんに連絡したら、避難所で待ってるって言ってたからお願いするわ」
二人は避難所に戻りながらガルロカ・ヴァズの宣言について話し合っていた。
「しかし何なんですかね?昨日の説明には、こんな事一言もなかったのに」
「そうねぇ。ただ単に、昨日言い忘れただけじゃないかしら。ほら、何だか気まずそうな雰囲気だったじゃない」
「明里さん、それは大胆な予想ですよ。戦争を仕掛けておいて、一番初めの宣言にルールを入れ忘れるってありえないでしょう」
「彼らは戦争って言葉は一度も使ってないわよ。戦うとか試練とは言ってたけどね。そもそもゲームのつもりなんじゃない?」
貴文は暫く思案した後に答えた。
「確かにゲームのつもりかもしれませんね。相手に武器を与えたり、自分の手駒のアシガロイドの能力を低くしたり、ハンデを自らに課して遊んでいるとしか思えません。そしてこの時間設定・・・親にゲームの時間を決められた子供ですね」
「ふふっ、そうね。でも子供には見えなかったから、仕事でゲームをしてるんじゃない?人間にもゲームをするのが仕事っていう人もいる事だし。だとしたら、銀河連盟っていう組織は少しはまともな団体なのかもね」
「まともですか?」
「ええ、戦う時間を決めて残業をさせないのだから、少なくともブラック企業ではなさそうね」
明里は避難所で房江とさやかに合流した。貴文は村の会議に出席するからと役場に向かっていった。
「お義母さん、先生は?」
「村の会議に出るから、先に帰っててほしいと連絡があったよ」
「そうですか。遅くなっちゃいましたが、帰って晩ご飯の準備でもしましょう!私、お腹が空きました。さやかもお腹空いてるでしょう?」
「もうペコペコ~」
三人は帰宅して晩ご飯の準備をしながら、忠良の帰りを待つ事にした。
村の会議は紛糾していた。
しかし、それでも大勢は脱出へと傾いていった。誰もが逃げ場がない以上、敵中を突破して郡上市へ脱出するしか活路がないのは解っていたからだ。
そして問題になったのが、敵中を突破するような移動に耐えられない者や、そもそも動かす事自体が危険な老人や病人の扱いだった。
また、成功するかどうか解らない敵中突破に同行するよりも、生まれ育った村と運命を共にするという者も多かった。
残留を希望する人数は、敵中突破に車を使用しない事が決まると更に増えた。これは飛騨市からの避難者の情報で、渋滞による進行の停滞、パニックの増大、車が敵を引き付けそれによる被害の拡大等が確認されたからだ。
複数の人間から、『車を使用しなければ、もった沢山の人間が逃げれたはずだ』との証言があったことが、この決定の後押しとなった。
そして村長の決断で村に残る者と、脱出する者に分かれる事になった。
村に残る者は出来るだけ学校に集まる事。脱出組は明日の開戦と同時に尾神橋を渡り、郡上市を目指す事が決まった。
そして村長が村に残留する希望を出した為、副村長が脱出組の責任者となった。